元気になった少年
ローレルは本当にムカつくくらい、我慢強くて意地っ張りの、頑固な少年だった。
あれからなんとか体を拭いたり着替えさせたり、水を飲ませたりとか、そういうことはさせてくれるようにはなった。でもあの煎じ薬だけは断固として 絶対に受け入れようとはしないのだ。
どれだけわたしが頼みこんでも懇願しても、土下座しても泣き喚いても、絶対に口にしない。
「君だっていつまでもこんなことされるの、イヤでしょう!?」
そう問い詰めたって、明後日の方向に目を眇めて知らんふり。頭を掻き毟って怒りに悶えても、我関せず。
結局涙目で煎じ薬を口に含みながら、ローレルに迫る羽目になる。
ローレルはいつもの如く、有無を言わさずのしかかってきたわたしをそのきれいなリーフグリーンの瞳で見上げてきた。
君の言いたいことはわかっている。毎回毎回こんなことをして、自分でも美しい少年に襲いかかる危ない奴みたいだって思ってるさ! でもだったらいい加減に自分で飲んでくれよ!
苛立ちのままに柔らかな唇に唇を押し当てると、そこは諦めたのか、ローレルは比較的すぐに口を開いてくれた。だからその口に薬を流し込んで、それからローレルが飲み下すまでしばらく待つ。
このあいだすぐに唇を離そうとしたら、その途端にローレルは薬を吐き出そうとしたのだ。本当に油断のならない奴! そうやってなかなか飲み込まないローレルのために、なぜわたしがここまで体を張らなければならないのか。……それは、わたしのエゴで彼を助けているだけにほかならないからなのだけど……でもこれはさすがにいろんな意味で涙目になる。
そんなこんなでろくに家のことも手につかないまま、ローレルの看病に明け暮れて五日目。
その日はいつの間にか、ローレルのそばで寝入ってしまっていたみたいだった。
カーテンから薄く差し込んでくる朝日に目が覚めた。うつ伏せていた頭を起こすと、ベッドから上半身を起こしているローレルと目が合う。
「ローレル!」
ずっと赤く火照っていた頬は熱が引いて、元の滑らかな白磁色に戻っている。気怠げに細められていた目もいつものように開かれていて、その様子からやっとローレルの熱が下がったことがわかって、心底ホッとした。
「やっと熱が下がったんだね! よかったよ……本当に心配したんだから」
一人でベラベラと喋るわたしを、ローレルはなんともいえない顔でまじまじと見つめている。そのことにハッと気づいた。
「……その、ごめん。ローレル」
そうだ。そうだった。彼は別に生き延びたくもなかったのに、それを無理やりこうして治したのはただのわたしの自分勝手な願いだった。
「君は……ここまでしてこの世界に留まりたくもなかったかもしれない。だけどわたしには君が必要なんだ。だから生きてほしかったんだよ」
そう視線を下げながら謝るも、ローレルからはすぐに返事は返ってこない。
「君の意思を尊重しなかったことは謝る。君にここにいることを強いていることもわかっている。でも、それでもわたしは……」
「……なにに対して謝っているのか知らないが」
不意に聞こえてきたローレルの声は、思っていたよりも静かだった。
「どうせ謝るのなら、私にあのようなとんでもなく苦い薬を無理に飲ませたことを謝ってほしいものだ」
「っ……! あれはっ!」
「私には、薬は効かない」
言われた言葉に目を見開いた。
「幼少のころから毒に慣らしてきたから、薬物に対する耐性が高いんだ。おかげで薬も効きづらい体になってしまった」
ローレルはどこか遠くを見遣りながら、そう呟いた。
「あんなことをされなくても、休んでさえいればそのうち勝手に治る。こんななりをしているが、私は見た目よりも頑丈なんだ。だからこの程度なんてことはない。……留まるとか、生きてほしいとか、いったいなんのことだ?」
……なんてこった。それじゃあ私のこの数日間の我慢と羞恥はまったくのムダだったということなのか。わたしはただ、絶世の美少年の柔い唇をむやみやたらと奪いまくったただの変態だったというわけか……!
「もう少し、早く……教えてほしかったな……」
へろへろとイスにもたれながら訴えると、ローレルは目を逸らしながらこれ見よがしに唇に手なんか当ててみせた。
やめて……! その動作は本気で心が抉られるから、それ以上はやめて!
「ごめん……ごめんね、ローレル」
心からの謝罪を絞り出すと、ローレルはその仕草のままチラリとわたしを見る。それから考えるように視線を宙に巡らせた。
「……まぁ、誰かに必要とされるのはそう悪い気もしない」
そうポツリとこぼされた言葉に、バッと顔を上げる。
「汗をかいて気持ちが悪い。風呂を浴びてくる」
聞き返す間もなく、ローレルは足早に寝室を出て行ってしまった。
これを機にローレルはなんと、打ち解けてくれるようになった! ……なんてことが起こるはずもなく、結局彼は相変わらず無愛想でツンツンで、可愛くない少年のままだった。
それでもあのことがあってから、ローレルがそばにいてくれるだけでその存在に支えられていることに気づけた。たとえローレルの本意でなくても、それでも彼はここにいることを、当分はわたしと生きることを選んでくれたんだと、そう思えた。
だからローレルに例え壁を作られていても、彼のことをなにも教えてもらえなくても、今はそれだけでもいっか、と思っていたのだけど。
「っひぇっ!!」
畑に生えた雑草の草取りをしていると後ろから急に耳を触られて、びっくりして奇声を上げる。勢いよく振り向いて見上げた先のローレルは驚いた顔をしていた。
「……ローレル? どうしたのかな?」
ローレルは呆然としたように自分の手元とわたしを見比べている。
「なにか用?」
「いや……」
そのままローレルはなにを言うでもなく、立ち去っていく。
あの発熱事件からずっと、ローレルがちょっとだけおかしい。いつもの態度は全然変わらないんだけど、なぜかあれからこうやって時々なんの前触れもなくわたしの耳に触ってくるようになった。
はじめは嫌がらせか、なにかの意思表示かと思っていたんだけど、どうもそうではないらしい。毎回毎回逆に驚いたような反応をされ、微妙に言葉を濁しながら立ち去っていくところを見るに、ローレル自身も自覚していない、無意識の行動かもしれない。
なんにせよ、驚くから急に触るのはやめてほしい。だけど遠回しにそう伝えるも、本人からは触ってない、言いがかりをつけるなとわけのわからない逆ギレをされ、強引に話題を変えられる始末。これはいったいどうしたらいいのか。
「ローレル、」
別の一画で作物に水やりしていたローレルを呼ぶ。なんの警戒もせずに振り向いてきた彼の耳をちょんと突いてやった。
「いつもの仕返しだよ!」
ローレルの手から桶が転がり落ちた。
「どう? 急にされたらびっくりするだろう? これに懲りたら君も……」
言葉は続けられなかった。
ローレルが赤くなった頬を隠すように片腕を口に当てる。そのまま呆然と見返されたのち、はっとしたように顔を背けて足早に去ってしまったから。
「えっ……?」
いつもだったらとんでもなく辛辣な罵声をこれでもかと浴びせられて、冷たい目で睨めつけられて終わり、なのに。
なに、今の反応……なんだか見てはいけないようなものを見てしまったような気分だった。