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興味を示した少年

 

 やっと部屋から出てきてくれたところで、ローレルはなかなか口をきいてくれなかった。部屋に閉じこもることはなくなったし、言われたことは渋々してくれる。

 だけど、それだけだ。

 相変わらず一緒に共同生活を送るというよりは、ただ同じ場所に住んでいるだけといった風情で、あまりの懐かれなさに自分でも苦笑が出る。

 でもそれでも、この家に自分じゃない誰かがいて、様々な表情を見せてくれる。眠そうだったり、疲れていたり、ボーッとしていたり……あと今日のごはんは美味しそうに食べてるなとか、あ、これはきらいなやつだなとか、お風呂は案外と好きだよな、とか。あんなに嫌がってたくせに畑仕事には意外と精を出す、とか……毎日を過ごすたびにローレルの新しい表情が見つかっていく。それがなんだか楽しくて、心がほんわりして……こんな気持ちになるのは一体いつぶりだろう。

 口ではいつでも出ていっていいなんて言っておきながら、本当は心の中では、いつまた一人ぼっちで置き去りにされるのだろうかと少し恐ろしくさえ思っていた。








 ローレルはここにきてからというもの、ずっと寝室のベッドを占領している。夕食が終わると話しかけるわたしを無視してさっさと一人、そこにこもって寝てしまう。目の前で固く閉じられているその扉はまるでローレルの心みたいだ。

 今日もとっとと寝室へと引き上げたローレルを見送って、シンと寝静まったあとの家の中を一瞥する。そしてため息をつくと、わたしは音を立てないようにと外へ出た。

 ――さて、これからまた一仕事といきますか。

 念のため髪と瞳を魔力でブラウンに染め上げ、古びたマントを羽織ると、フードをしっかりと深く被り込む。

 わたしが今住んでいるこの場所は名前もついていないような森の中の奥深く、到底徒歩では辿り着けないような所だ。周りには獣道しかなく、人が通れるような道はほぼない。一歩森の中に踏み込んでしまえばたちまち自分がどこにいるか、わからなくなってしまうだろう。

 そんな森の中のわずかな獣道を辿って、わたしは直近の転送ポイントを目指して歩いていた。

 転送ポイントとは魔力を使って移動できる、有魔族特有の道みたいなものだ。生憎とどこにでも移動できるわけではないのだが、魔力の道標のようなものをつけていればそれを目印にそこまでは魔力で飛んでいける。

 家の近くに設定してある転送ポイントである朽ちた小屋へと辿り着くと、そこから今回の目的地の近くにある次の転送ポイントまで飛んだ。








 着いたのはとうの昔に朽ち果て、捨てられた水車小屋。辺りに人がいないのを慎重に探ってから、外へと出る。ここから手押し車を引っ張って近くの廃材置き場に行くのだ。……近くと行ってもかなり歩くけど。あまり人のいるところに転送ポイントを設置しても、万が一バレたらいけない。人間はすぐに嗅ぎ付けてくるから。だからこんな幽霊が出そうなおどろおどろしい場所で妥協するしかない。――多分、幽霊の目撃談のうちのいくつかはわたしのことかもしれない。

 とにかく、人間を甘くみてはいけないことは身をもって知っている。

 淡い月明かりが照らす小道を息を潜めながら、なるべく物音を立てないようにして急いで歩く。今ごろローレルはいい夢を見ているのだろうかと、ふとそんなことを思った。

 そんなこんなでいつもの道のりを辿った後。やっと見えてきた廃材の山に、フゥと一息つく。ここは人間にとって一種の粗大ゴミ置き場だ。いらなくなって置き場所に困るような資材の余りや廃材、壊れた家具や武器などを置きにくる人間もいれば、、その中から使えそうなものを取っていく人間もいる。

 こんな不気味な森の外れにそびえているゴミの山に、好き好んで夜に訪れる人間は滅多にいない。フラフラと彷徨い歩く幽霊の目撃談があれば、なおさらだろう。だからこの時間がわたしにとって、まさにうってつけだった。

 ただ困るのが、時折面白がってわざわざ夜更けに訪れてくる人間。幽霊なんていないと、自分が捕まえてやると、わざわざ武器を持ち出して構えている人間がたまにいるから、そういうときは要注意だ。そういうときは仕方がないが、大人しく別の廃材置き場に行くしかない。だが今日はそういった変な人種がいる気配もない。ホっとして、ゴミの山からめぼしいものを素早く見つけ、拾い上げた。








 まあまあかな。ま、こんなものか。気づいたら夜空の月はすでに傾きかけていた。

 いけない、そろそろ帰らないと。

 重さに軋む手押し車を一生懸命に引っ張り、転送ポイントまでよろよろと進む。いつになく熱中してしまった。最近捨てられたのか、比較的新しい木材があったので、つい夢中になって発掘してしまった。

 急いで転送ポイントを経由し、あの森まで帰ってくる。またここからが長い道のりなんだよな。

 家にたどり着くころには、空は白々と明るくなりかけていた。

 フゥフゥと息が上がりながらも、なんとか資材庫代わりの納屋に手押し車ごとぶち込む。思った以上に時間を食ってしまった。仕分けはまた後でだ。

 ゴミの山に潜り込んでいたからさぞかし臭い匂いが辺りをプンプンと漂っていることだろう。

 ローレルが起きてくる前にひとっ風呂浴びなければと服を脱ぎ捨てていると、ガチャリと重い音がして、中から眠たげに目を細めたローレルが顔を出した。


「……あ」


 ほぼ半裸状態で目が合ったローレルはわずかに目を見開いたが、リアクションらしいリアクションはただそれだけだった。まぁ彼はわたしにはまったく興味がないからね。


「おはよう……起こしちゃったかな」

「ああ、煩い。眠れるものも眠れやしない」


 形のいい鼻がひくひくと動き、顔を顰められる。


「それに……なんだ、この匂いは」

「ごめんごめん、すぐに流すから」


 川から引いている水道じゃ間に合わないと、慌てて魔力でお湯を溜める。


「朝食の準備が出来たら声をかけるから、もう少し寝ててよ」


 そもそも、いつもならまだローレルは夢の中で微睡んでいる時間だ。起きてほしいときには全然起きてこないくせに、こういった寝てていいときに限って起きてくるなんて、なんと間が悪い。


「急げ。私はお腹が空いた」

「だったら代わりに作ってくれてもいいんだけどね?」

「……っ」


 ローレルはまた顔を真っ赤にして目を釣り上げたが、ちょうど肌寒さにくしゃみを連発したわたしの姿に状況を思い出してくれたようだった。








 朝食を済ますとあとのことはローレルに任せて、また資材庫へと戻る。

 一つ一つ点検してから清掃して整理しておかないと、あとで大変なことになる。最初のころにぶち込むだけぶち込んで放置していたら、鼻がもげるような異臭が充満していたことを思い出し、思わず身震いした。

 いつもだったらこんなに大量に持って帰ってくることはないんだけどな。今回はローレルもいるから、なにか使えそうなものがないかと少し張り切りすぎてしまった。

 それに、できればもう一つベッドがほしいんだよな。ローレルが寝室を譲る気がないとわかった以上、自分で寝床をどうにかして確保するしかない。ボロっちい木の長椅子に掛け物だけで横になるのは、あまりにも寝心地が悪い。

 さすがにベッドはなぁ……資材も圧倒的に足りないし、一人で組み立てられる気もしない。ローレルは……聞かなくてもわかるな。絶対に手伝ってくれない。聞くまでもない。それに作ったところで敷物をどうするかという問題も残っている。

 並べたてた資材を前にウンウン唸っていると、ふと人の気配を感じた。振り向くと、入り口にもたれてローレルが立っていた。


「……なんだ、ここは」

「ああ、資材庫だよ。大したものは置いてないけどね。なにかほしいものがあったら、ここの資材を使って作ってもいいよ」


 ローレルは冷めた瞳で資財庫の中を一瞥すると、フンと鼻を鳴らした。








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