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起きてきた少年

 

 翌日、ワクワクしながらローレルが起きてくるのを待っていた、んだけど……。


「起きてこない……」


 太陽はすでに頭上を回っている。

 いつまで経っても寝室から出てこない様子の彼に、わたしは何回目かわからないため息をついた。


「でも、そっかー……そうだよね……」


 仕方なく冷めきった食事を寝室へと持っていく。


「ごめんけど入るよー……ごはん、おいとくからね」


 部屋の中はカーテンを閉め切ったままで、薄暗い。こんもりと盛り上がったシーツの中からはなんの反応もなかった。








 ローレルは変なところで我慢強い、意地っ張りの、頑固な少年だった。

 毎朝色々と試行錯誤して食事を作っては出てくるのを待つんだけど、いい匂いに釣られることもなく、部屋から一歩も出ない。これはたぶん、無言の抗議だ。抵抗だ。まるでわたしへの、宣戦布告。

 そんな彼の引きこもりはなんともう一ヶ月半にも及んでいた。

 カーテンを締め切ったままの暗い部屋の中で一日中、あろうことかわたしのベッドを占領し、声をかけても部屋に入っても、返事すら返してこない。顔を見るのはかろうじてときどき庭へと連れ出して、浴槽へとぶち込むときくらい。

 さすがの死にたがりの彼も汚いのはイヤなのか、そのときだけは大人しく従うけど、それ以外は口もきかずにずっとだんまりで、だんだんなんで彼を買おうと思ったのかわからなくなってきた。

 ……そうだ、そうだった。こうなったのも元はといえば家の手伝いをしてほしくて買いに行ったはずなのに、彼という商品に一目惚れしてつい衝動買いしまった自分のせいだった。


「ローレル。食事、ここに置いておくよ」


 こんもりと盛り上がったシーツの山にそうため息をつきながら声をかけ、サイドテーブルへとサンドイッチを置く。

 どんなに死にたくても空腹の辛さには勝てないもんな。つくづく、生きるってのは難儀なものだ。


「……ねぇ、あのさあ」


 でもわたしも彼をこんなふうに甘やかしたくて買ったわけじゃない。こうやって一緒に暮らしていく以上、ともに生きる努力をしたいわけだ。……ぶっちゃけますと綺麗事だけでは生きていけない以上、やることはやってもらわないと困るわけ。


「そんなにわたしと顔を合わせたくないのなら、いっそここを出ていくって選択肢もあるよ」


 もちろんそのときはこの奴隷印は返す。

 その途端に布団の山がビクリと揺れる。


「無理強いはしないから、どうするかは選んでよ。わたしは家のことを手伝ってくれる人が必要なんだ。君がこのままなにもしないつもりでいるのなら、それはちょっと困るんだよねぇ……それに君が去るのならまた別の奴隷を買わないといけないし……」

「っ……おまえ! おまえが私を選んだくせに、今度は自分の都合で追い出すのか!」


 その途端派手にシーツが跳ね上げられ、中から顔を真っ赤にしたローレルが現れた。


「私を追い出して代わりを買うだと……!」

「いやいや……追い出したいわけじゃないけど、だったら君も働いてよ」


 怒りに燃える新緑の瞳が爛々とこっちに向けられている。


「君の世話をやくのもそれはそれで楽しいけど、でも毎日のやることは待ってはくれないんだよ……?」

「だったら……!」


 怒りのあまりに震える声をどこか他人事のように聞いていた。


「だったらおまえは私になにを望む。私になにをしろと言う!」


 なんで彼を買ってしまったのか。それは……。

 ――わたしも君も、一人ぼっちだと思ったから。わたしの痛みをわかってくれるのは君しかいないと思ったから――

 そう呟きそうになって、ハッと我に返る。


「……うーん、少なくとも引きこもらずに部屋の外に出て食事してほしいかな。あとは掃除と洗濯に畑仕事、薪割り、家の補修! それとまずは雨漏りをどうにかしてもらいたいんだよね。そして扉の隙間も! 早いとこ埋めないと、いっつもそこから虫が這い寄ってきて……」

「待て待て、待て!」


 みるみる間に、ローレルが青褪めていく。


「いったいどれだけこき使う気だ。そんなこと、したことなど……」

「家の補修なんかしたことないのはわたしも一緒だよ。二人で試行錯誤しようよ?」


 ニコリ、そう笑ってみせると、ローレルはまた歯を噛み締めて顔を歪ませた。








 それからローレルは少なくとも捨てられたくはないとは思ったのか、朝はちゃんと起きて居間にやってくるようになった。

 朝ごはんを作って、テーブルに置く。暖かなスープの匂いが部屋に漂う。それを合図にローレルは仕方無しにといった顔で、部屋から出てくる。


「おはよう」


 相変わらず、返事はない。

 テーブルに向かい合って座ると手を合わせ、それぞれ種族特有のいただきますの挨拶をして、それから黙々と朝ごはんを食べる。

 朝ごはんが終われば、外の小川に設えた炊事場へとお皿を持っていくのはローレルの役目だ。ローレルが拙い手付きで皿を洗っているあいだにわたしは簡単に家の中を掃除する。そしてローレルが皿を洗い終わったのを見計らって洗濯物を持っていき、今度は二人で洗濯をする。それがだいたい毎日の日課だった。


「なぜおまえはその魔力を使わない?」


 いつもは終始無言で作業するローレルは、この日は珍しく自分から話しかけてきた。


「おまえが正真正銘有魔族だというのなら、この程度の家事など一瞬で終わらせることができるだろう」

「おまえじゃなくて、いい加減に名前で呼んでほしいなぁ……リナリアって立派な名前があるんだけど」

「わざわざこんなことをさせる意味はなんだ」


 まあ、一方通行の会話しかできないのはいつものことだけどね。


「魔力が使えるっていっても、やれることに限界はあるからね……それに別に今までこうやって生きてきたから」


 たしかに魔力を使えば今よりもずっと早く、ラクに終わらせることができるのだろう。そんなことをわざわざ時間をかけてやっているなんて、他種族からするとナンセンスに見えるのかもしれない。でも。


「こんなに努力を重ねたって、その日を生きていくのも精一杯だって、なんだか生きてるって実感できるって思わない?」

「意味がわからない」


 だけど私の心の繊細な機微は、生憎とローレルには伝わらなかったようだった。


「一瞬で終わることを時間をかけてさせられて、バカみたいだとしか思えない。こんなのただの嫌がらせだ」

「ハァ、そうですか……嫌がらせのつもりはないから安心して」


 立ち上がって洗い上がったばかりの洗濯物を、干し場に持っていく。


「それにあまり魔力に頼ってると、人間に勘づかれちゃうかもしれないからね。今の人間はほんとに侮れないからさ」


 人間の開発した魔導具。あれにはわたしたちでさえ敵わないような、とんでもない力が秘められている。

 両親の変わり果てた姿を思い出して、ゾッと鳥肌が立った。


「先に行ってるね」


 返事を返さず、暗い瞳で俯いているローレルへとそう声をかけた。









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