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交流する少女

 

 いつものように庭でのんびりして、フィガロとどうでもいい他愛のない話をして、それからブラブラと部屋に戻ってきたある日。

 珍しいことに、わたしを待っていただろうローレルがソファに凭れかかりながらスヤスヤと熟睡していた。そうっと音を立てないように近づいて、ローレルの隣に座り込む。

 いつも険しく寄せられている眉間の皺は今はない。その寝顔はいっそ、あどけない。長い金のまつ毛があの輝くリーフグリーンの瞳を覆い隠していて、その表情は伺い知れなかった。

 陶磁器のようななめらかだった肌は少し荒れていて、目の下にはここにきてからずっと消えない隈が相変わらず浮かんでいる。

 わたしはとにかく、いつも見れないようなローレルの姿が珍しくて、ただその寝顔を食い入るように見つめていた。部屋に通り抜けていったそよ風が、ふわりと金の髪を揺らしていく。

 まるで絵になるような光景だった。ここに来てから何人も綺麗なエルフを見かけたが、その中でもやはりローレルの美しさは群を抜いている。

 ふと、ローレルのわたしよりも長めの耳が目に留まった。ローレルはあの森の家で、いつも夜中に私の耳を食んでいた。それにどんな意味があるのだろうか。

 なんの意図もない。ただ、その耳に手を伸ばそうとしただけだった。


「……っ!」

「寝ているあいだにいたずらを仕掛けようとする悪い手は、これか?」


 いつの間にか、ローレルに引き寄せられて抱き締められていた。下から見上げてくるその顔を恨みがましく見下ろす。


「もしかして、寝たふりしてた?」

「ふりではない。途中までは本当に寝ていた」


 気配で目が覚めたんだと、ローレルは悪びれもせずに言った。


「あまりにもマジマジと見てくるものだから、なにをするつもりかと思ってな」


 ローレルが垂れてきた朱銀の髪に手を滑らせていく。


「その意味も知らずに軽々しく人の体を触ろうとするのはやめてくれ」

「だったらいい加減教えてよね。君がいつもしているあの癖、いったいどういう意味があるの」


 ローレルは気まずそうな顔をして黙った。最近は直球で尋ねているんだけど、それでも彼はいまだにその問いに答えてくれる気配がない。相変わらずのだんまりに、もういいよとため息で許した。

 人にはそんなことを言うくせに、自分はやめようとはしない。ほら、今だって髪を触っていた手がするりと耳の外縁を撫でている。

 ローレルはしばらくそうやって、黙り込んだままわたしの耳や髪を弄んでいた。









 ローレルは長いことそうしていたが、やがていつものごとくラズラルさんが呼びに来て、そして去っていった。

 その後ろ姿をラズラルさんは頭を下げて見送っていたが、廊下の向こうにローレルの姿が消えたのを確認すると、そっと扉を閉めて中に入ってくる。


「リナリア様」


 ラズラルさんはローレルに止められているにも関わらず、こうして時折彼の目を盗んではわたしに会いに来る。

 そして彼女はいつも懐から包みを取り出すと、おずおずとわたしに差し出してくるのだ。


「ラズラルさん」


 苦笑しながらその包みを受け取ると、ラズラルさんはホッとしたように肩の力を抜いた。

 ラズラルさんはこの部屋にいるしかないわたしの状況を憂慮しているのか、時折こうして顔を見せてくれる。そしてこうやっていつもなにがしらの手土産を持ってくる。

 最初は要らないと固辞しようとした。だがしゅんと気を落としてしまったラズラルさんに受け取ったほうが気に病まれないことに気づいて、それからは潔くもらうことにしている。

 ラズラルさんはいつもいろんなものを持ってきてくれる。

 最初は本だった。それからあとは刺繍道具や編物セットなどももらった。そちらはてんで心得がない。

 ローレルもたまに盤上遊戯などを持ってきてくれるが、さすがに刺繍のやり方などは聞けないので、もらったついでにこうしてラズラルさんに教えてもらっている。

 さて、今日はいったいなんだろう。


「……わぁ!」


 包みを開けて、思わず感嘆の声を上げた。


「リナリア様の髪に映えると思いまして……」


 照れたように頬を赤らめながら視線を伏せたラズラルさんに、毎度ながら見惚れてしまう。

 ほんっとーにびっくりするほど綺麗な人なんだよな。これで騎士でもあるってんだから驚くしかない。


「いつもありがとう。こんな立派なものを……」


 ラズラルさんが今日持ってきたのは、イエローゴールドでできた髪飾りだった。細やかな細工を施されたそれには小花がいくつもあしらってある。触るのもどこか躊躇うような、そんな繊細な金細工だった。


「よかったら、お付けしても?」


 物怖じしながらおずおずと頷くと、ラズラルさんはどこか嬉しそうにいそいそとチェストから櫛を取り出して、さっそく髪を梳かし始めた。

 ――正直、まだ完全に心を許したとは言い難かった。いくらラズラルさんがこうして顔を見せに来てくれても、二人のあいだには越えがたい壁があった。

 わたしがローレルをお金で買ったことは事実だし、それにそうやすやすとあのときの殺気だった表情や声を忘れられるわけもない。

 それは彼女も重々承知の上なんだろう。ローレルづてにもう気にしないでくれと伝えてもらったにも関わらず、まだ罪滅ぼしは終わっていないとでも言いたげにこうしてやってくるのだから。

 お互い手探りの、どこかぎこちない交流。それでも彼女はわたしに向き合おうとでもしているかのようにこうして訪れてくるから、わたしもその時間だけは逃げ出さずに彼女に向き合うつもりで過ごしている。

 ラズラルさんはホゥと息をつきながらも、丁寧な手付きでわたしの髪を櫛っていった。ぎこちないけど、優しくてちょっとくすぐったい感触。

 ラズラルさんはたっぷりと時間をかけて、余すところなく櫛ってくれた。それからふわりと髪をまとめると、頭頂部に近いところで一纏めにまとめてくれる。パチリと嵌ったそれに、ラズラルさんが安心したようにまた息をついた。


「……よくお似合いです、リナリア様」


 どこか控えめに微笑んでくるラズラルさんに、わたしも微笑みを返す。


「ほんとにありがとう」


 それからラズラルさんと少し刺繍の練習をして、そしてローレルからもらった盤上遊戯で少し遊ぶ。

ラズラルさんとの静かな時間はこうして過ぎていった。








 控えめなノックの音がして、見張りの騎士が顔を覗かせた。


「ラズラル、ルィンランディア様がお呼びですよ」

「わかった」


 いつもラズラルさんがここにいると、こうやって声をかけてくれる騎士だ。ラズラルさんとは親しい仲なのか、けっこう打ち砕けた様子で話している。ちなみに、わたしが部屋を出ようとしたときに止めてきた、あのアッシュゴールドのサラサラの髪の優男系騎士の人だ。

 ラズラルさんは頷くと、短く礼をしてすぐに部屋を出ていった。

 








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