お菓子を食べる少女
いつもの滝の近くの四阿に着く。敷き詰められていたクッションを一つ手にとって、抱え込むとイスに凭れる。このクッションもいつの間にか、フィアロが用意してくれていたものだ。
「すみません、お待たせしました」
青みがかった明るいプラチナブロンドを跳ねさせて、すぐにフィアロがやってきた。
「今日はなんと街で評判の菓子屋のキャラメルですよ! 買うのに相当並んだんですから」
フィアロは自慢げにそういってくるが、でもさすがにそれはちとやりすぎなんじゃなかろうか。
「……。そんなにいいものを貰うのは、さすがに気が引けるなぁ……」
「ど……どうしたんです? らしくもない遠慮なんかして。リナリア様のために買ってきたんですから、食べてもらわないと困るんですけど……」
途端、シュンと落ち込んだように眉を下げてしまった彼に慌てて声をかける。
「いやいや、嬉しいよ!? 街で評判の菓子なんていったいどんな味なんだろう!? いやー、楽しみだなぁ! 早く食べたいなぁ!」
「それなら……どうぞ」
おずおずと手渡されたのは、きれいに包装された包みだった。かけられていた淡いグラデーションのリボンをおそるおそる解く。中から現れたのは甘い匂いを漂わせた、可愛らしい動物を象ったキャラメル。
それを一つ摘み、口に放り込んだ。
「んー、甘い!」
「どうです? おいしいですか?」
「うん! 甘ーくて、おいしい」
それにフィアロは満足そうに笑った。
どうもこのフィアロ、いわゆる世話焼き体質みたいで、わたしを可哀想な子と認定したのか、あれからこうやってかなりの頻度で色々なお菓子を恵んでくれるようになった。
今日も評判の菓子店で買ったというキャラメルを持ってきてくれて、申し訳ないなと思いながらも彼の優しさに甘えて頂いている。
「こんなに甘いものばっかりとってたら、すぐにぶくぶく太っちゃいそうだ」
「そんなこと気にしてないで、今まで食べられなかった分、いっぱい食べてくださいよ」
「でもさ、さすがにこれはちょっとやりすぎだよ」
その途端、またまた下げられた眉に慌ててフォローする。
「いや、嬉しいんだけどね? だけどわたしは君になにも返せないから。ずっともらってばかりでさすがに心苦しくなってきたというか、あまり高そうなものは逆に恐縮するというか……」
「うーん、そんなことは気にしなくていいんですけど、そういうものなんですかね……」
フィアロは困ったように頭をかいた。
「その、正直に言いますと今まで女性に物を贈ったときにリナリア様みたいに遠慮されたことがなくて……むしろこれはどこどこの何の店のものじゃないと嫌だとか、この店ならこれを買わなきゃ意味がないとか、散々言われてきたので……」
「ええ? フィアロくんってそういう感じ?」
庭師だと思って気安く接していたが、これは案外といいところのお坊っちゃんかもしれない。
「でもそれはね、たしかに贈るのは大変かもしれないけど、その子たちからはそれなりのちゃんとしたお礼が返ってくるでしょ? わたしはね、なにも返せないから。せいぜい庭に水を撒くくらいしかできないから」
「……そんなこと」
「ん?」
「なにも気にしなくていいのに。リナリア様はいつも愛くるしい笑顔でおいしそうにお菓子を食べてくれます。まるで花が水を浴びたかのように、いきいきとした満面の笑顔で本当に幸せそうに食べてくれます。そのお顔が見られるだけで僕は幸せです」
おいおい、わたしは庭の花と同列かよ。なんて照れ隠しに突っ込んでみても、頬が赤くなるのは止められなかった。
「それにリナリア様が見せてくれる魔術は今まで見たどんな綺麗なものよりも、なによりも純粋で美しくて……あれに代えられるようなものなどそうそうありません」
「そ、そう……そこまで?」
照れてるんだか、引いてるんだか微妙な顔をしたわたしに、フィアロは苦笑を浮かべた。
「……僕が今まで置かれていた環境は、そんなことばかりに気を使わないといけなくて、それが嫌で逃げるようにこの仕事に志願したんです」
フィアロが視線を伏せる。そうするとあの目の中に浮かんでいる淡い朱の花模様が、透けるようなまつ毛の向こうに消えてしまう。
「だけど結局は一緒だった。出世すればするほど、結局は今までと同じことの繰り返しだ。僕は……」
そこでフィアロは我に返ったように言葉を切ると、照れ笑いの向こうにその憤りを隠した。
「そういえば最初にリナリア様にあげたビスケット、覚えていますか?」
「あーあれ? 美味しかったなぁ」
素朴な味がして、何枚でもいけそうだった。
「あれあれ、あんなのがいいんだよ。いや、お高いお菓子がダメってわけじゃなくてね? でも正直にいうと、またあんなのが食べたいなぁーって」
「あれ、僕の手作りなんです」
驚いて目を剥いたわたしに、フィアロはどこか気恥ずかしそうに笑い返してきた。
「えっ……すごいね!?」
フィアロは恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑っている。
「また食べたいって思ってもらえてたんですね」
「そら、もう! 当たり前じゃないですか」
「だったら、今度はリナリア様のためだけに作ってきますね」
なんだか綺麗な顔面のエルフ男子にそんなことを笑顔で囁かれたものだから、不覚にもちょっとドギマギしてしまった。
「あっ……あのねぇ、あんまりそういうこと、軽々しく女の子に言っちゃダメだよ」
君、顔面も性格もいいんだから、すぐに惚れられちゃうよ。
「軽々しく言った覚えはありませんよ」
ちょっと不本意そうに言われて、いや、たった今言ったやんけと思わず突っ込みそうになった。
翌日、フィアロは早速手作りのビスケットを持ってきてくれた。
「おおー……!」
可愛らしい包み紙の奥から現れたそれに、思わず歓声をあげる。
「どうぞ」
「では、遠慮なく」
この手作りのビスケット独特のザクザクっとした食感で、硬すぎずにホロリと口の中で解けていく感じがなんともいえず美味しいんだよなぁ。
あっという間に平らげていくわたしに、フィアロが嬉しそうに顔を綻ばせている。
「フィアロはほかになにが作れるの?」
「うーん、焼き菓子を作ることが多いですけど、なにか食べたいものがあればリクエストは受け付けますよ?」
おおーっと再び感嘆の声を上げたわたしに、フィアロが面映そうに笑う。
「言ってみてもいい?」
「どうしました? 慣れない遠慮などなさらず、さぁ」
フィアロに促されて、言うだけタダだと言ってみる。
「あのさ、ポテトチップスとか食べてみたいんだけど……」
「ポテトチップス?」
こっちじゃおやつといったら甘いものが主流だからなぁ。
もちろんこんな贅沢な食事環境に不満はない。だが人間贅沢になればなるほど、さらにその上の贅沢をしたくなるもの。お上品な甘味ばかり頂いていると、たまにはちょっと羽目を外してジャンキーチックにいきたくなるというわけだ。
だから前世に好んで食べていたアレを、ぜひとも食べられたらと思ってしまった。
「芋をさ、薄く切って油で揚げて、塩を振りかけたやつ」
「ああ、芋のフライですか」
フィアロは少し驚いたようだった。
「そんなものが食べたいんですか」
コクリと頷くと、訝しげに「……ちゃんと食事をもらえてますよね?」と確認された。
「あの……誤解のないように言っておくと、毎日これ以上ないくらいに豪華な食事を食べさせてもらってます」
「それなら、なぜ」
「好き、だったんだよ」
前世の記憶はすでに遙か彼方に霞む霧のように頼りない、けど。
「遠い昔、好きだったんだよ。売られたものもよく食べてたけど、たまに母さんが手作りしてくれてね」
あんなに薄くも切れないし、パリパリにもならなかった。でも、それでも。
「大好き、だったんだ」
そう呟いた声が風に浚われて消えていく。ふと巻き起こったかすかな感傷が、今まで忘れていた記憶を不意に蘇らせてくる。
「わかりました」
ふとフィアロを見遣ると、彼はなんともいえない顔でわたしを見つめていた。
「リナリア様の記憶の味を再現できるかわかりませんが、むしろご自分で作られたほうが確実でしょうが」
「ううん、誰かがわたしのために作ってくれるってことが大事なんだよ」
わたしの声を掻き消した風が、今度はフィアロの淡いブループラチナの髪をくしゃりとかき乱していく。
「あなたがそう願うのならば、それならば僕がその願いを叶えさせてあげたい」
……フィアロくんって、いつも穏やかで無邪気な感じなんだけどさ。ときどき、妙にどストレートに思い切ったことを言うときがあるよね。本人には自覚がないみたいだけど。
「ありがとう。期待してるよ」
「任せてください」
そう言って、フィアロは少し寂しそうに笑った。




