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意地っ張りな少年

 

 案の定、いつまで経っても彼は入ってこなかった。


「やっぱり一筋縄じゃいかないかー……」


 彼の様子から従順に従ってもらえるとは思ってもいなかった。奴隷印の効力が弱いのであれば、彼がその気にならなければ言うことなど聞く道理もないのだろう。

ただ彼はわたしの元から逃げられないだけだ。


「……なにしてるの」


 中に入ってくる様子のない彼に痺れを切らして外に出ると、彼は来たときと同じ格好のまま、ボーッと突っ立っていた。

 振り返ってきた彼はマントを外したわたしの姿を見て、思わずといったように目を見開く。


「おまえ……!」

「ん? ああ、そうだよ。ただの人間に買われたと思った? じつは有魔族でしたー!」


 じゃーんと効果音をつけて格好つけてみたけど、彼からのリアクションはいまいちだった。

 買い物のため魔力で髪を茶色に染めていたから、元に戻した頭髪や瞳の色でどうやら彼は気づいたようだ。

 有魔族は鮮やかな髪色が特徴の種族だ。人間にはおおよそありえないような奇抜な髪色の者も多い。わたしの両親もそれぞれ見事な紅色と銀色の頭髪だった。おそらく、魔力量の多い人たちだったのではないかと思う。すでに比べられるような同族もいなかったので、本当のところはわからないが。

 そんな両親から生まれたわたしも、両方を受け継いだ随分と派手な頭をしていた。

 朱色の髪に、ところどころ混じる銀の房。その様が母さんの好きなフェアリーフィッシュに似ていた。


「リナリアっていいます! これからよろしくね!」

「……そんなことより風呂の入り方がわからない。手伝え」

「ええ!?」


 自己紹介をまるっと無視された挙げ句、ブスくれた顔でそう告げられて本気で驚く。


「商館ではどうしてたの?」

「水をかぶせてもらっていた」


 それかぶせてもらってというか、ただ頭からぶっかけられていただけなんじゃ。


「その前は?」

「なぜそのようなことを告げなければならない」


 なんか……思った以上に可愛くないぞ。返品され続けた理由もわかる気がする。

 仕方なくハァとため息をついて、外に備え付けている木の浴槽に彼を押し込む。


「っ! なにをする!」

「頭からお湯をぶっかけてあげるんだよ。はい」


 言うなり私の手から勢いよく飛び出した生暖かい水流に、ローレルの大きな目がさらに見開いた。


「おまえっ……くそっ!」

「口開けてると、入っちゃうよ」


 容赦なく頭からお湯を浴びせかけていく。みるみる間にビショビショになっていくローレルから、薄汚れたボロ布を剥ぎ取った。


「おい! なにをする! 返せ!」

「心配しなくても少年は恋愛対象外だよ。嫌なら次から自分でやってよね」

「見るな! 穢れる!」


 なにやらワーワー喚いている彼は無視して、お手製の石鹸をよく泡立てて頭だけ洗ってあげる。次にその石鹸を渡して今度は自分で洗うように促すと、憤ったように奪われて、プンスカと一人で洗い出した。

 その様子を見るともなしに見る。

 仲良くなるのに時間はかかりそうだとは思っていたが、もしかしたらずっと心は開いてもらえないかもしれない。


「洗ったぞ。湯を出せ」


 全身泡だらけのまま偉そうにそう言われたので、黙って蛇口のほうを指差す。キョトンとした顔で見られて、またまたため息が出てしまった。


「……なんだ」

「そこ。捻ったら水が出るよ」

「先ほどのようにおまえが湯を出せばいいだろう!」

「毎回毎回つきっきりで介助してほしいの? 次から一人で洗えるように自分でやってよ」


 ローレルはまたムスッと不機嫌そうに黙り込むと、渋々蛇口と格闘し始めた。

 この子、なんだか世間に疎いな? おそらく元はけっこうないい家の出身だったのではないだろうか。








 四苦八苦しながらいい年した少年をお風呂に入れてやり、それからやっと彼を家へと上げる。

 あちこち埃が溜まって物が雑多に積み上げられている家の中の様子に、ローレルの眉間が深くなった。


「このような狭く汚い家に住まなければならないのか……」

「あの奴隷倉庫よりマシでしょ。嫌なら君が掃除したら?」


 その途端、またローレルの目が丸くなった。


「私が、掃除……?」

「うん。だってそのために君を買ったんだし。え? ほかになにするつもりだったの? なにができるの?」

「この私に……掃除をさせる、だと……」


 ワナワナと震えだしたローレルは、怒りと困惑に顔を赤く染めている。


「ただ飯ぐらいにさせるつもりはないよ。君だってこのおうちに住んで生きていくんだから、なにかやってもらわないと」

「それは……おまえが勝手にやったことだろう!」


 怒鳴りつけてきた声は、有り余る憎悪に満ちていた。


「私なんて放っておいて、あのまま朽ちゆくままに捨て去ってくれればよかったものを! それをおまえが勝手に掘り起こして、ここにこうして連れて来た! それは私の望んだことではない!」

「そうだね、そうかもしれないけど」


 色白の頬は紅潮し、口端は禍々しく歪んでいる。


「でも誰だって生きたいように生きられるわけじゃないじゃない? 今の環境で、それでもなんとか適応して生きていくしか……」

「きれいごとはもうたくさんだ!」


 ローレルはきれいな髪をくしゃくしゃにかき乱すと、近くにある部屋へと勝手に入ってバタンとドアを閉めてしまった。

 あのー、そこ、わたしの寝室なんですけど。

 仕方がないので、しばらくそっとしといてやるかとそのままほっとくことにする。お腹が空いたらそのうち勝手に出てくるだろう。

 こんなとんでもない同居人でも、いつもは一人きりの家の中に誰かがいると思うだけでなんだかソワソワしてしまっている、自分。そんな自分自身に嘲笑ってしまう。

 さて、仕方がないから明日は特別に手の込んだものでも作ってあげようかな、なんて考えながら、わたしもまずは一休みにするかと長椅子の上に横になった。









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