寝ぼける少年
いつの間にか眠ってしまったみたいだ。
テーブルに突っ伏していたわたしを、ローレルが揺さぶっている。
「ここで寝るな。風邪を引く」
そんなに時間が経ってないのか、まだ頭が重い。ふらつく意識を揺り起こすために目を擦る。
「ベッドに行ったほうがいい」
力強い腕に引っ張られて体を起こす。どこか呆れたような新緑の瞳が、わたしを見ている。
「……今、どれくらいだろう?」
「まだ少し夜が更けたくらいだ」
ローレルが腕を回して体を支えてくれるので、ふらふらと立ち上がる。
「弱いじゃないか、お酒」
「そうだねー……どうやら強くはなかったみたいだ」
そういうローレルはあまり酔っていないみたいだ。
「次からは気をつけるよ……」
「まぁ、たまにはいいんじゃないか」
いつもは辛辣なローレルが珍しい。
「明日に残らないといいんだけど……」
「そうだな。ほら、もう行こう」
支えられてなんとか寝室まで辿り着く。とにかく眠たくて、ふらつく体を倒すようにバタリとベッドに横たわらせた。避けるように促されて、モゾモゾと端に寄る。隣に入ってきたわたしより少しだけ大きめな体に、眉を潜めた。
「そろそろもう一つベッドがほしいよ……」
「別にいいだろう。こうして使えば問題ない」
「狭いんだよねぇ……」
「仕方ないだろう」
フンと鼻を鳴らされる。
「いいから、寝ろ」
「うん……おやすみ」
背中から感じる体温にまた眠気を誘われて、わたしは一つ欠伸を浮かべて再び眠りに落ちていった。
ふと、夜中に目が覚めた。
アルコールが入った分、今日は眠りが浅かったみたいだ。深夜特有の密やかな静けさに混じってローレルの穏やかな寝息が聞こえてくる。
なんか、圧迫感がすごい。
そう思って身をよじろうとするも動けない。見るとローレルの長い腕がお腹に巻き付いている。後ろから抱き枕のように抱きしめられていた。
「……マジか」
あの、ローレルが。いくら寝ぼけているからといって本人がこれを知ったら、どれだけ激怒することになるだろうか。
「ローレル、ちょっと……」
本人のためにもと思ってその手を退かしてあげようと思うが、跳ね避けようとした腕は力が入ってますます力強く抱きしめられる。
「ええー……」
これはちょっと、予想外だ。
なんとかもがこうと身をよじらせるが、ますます力を込められてぐぇと変な声が出る。
「ローレル……」
しばらくもがいてみても離れる様子のないローレルに、わたしは早々にため息をついて諦めた。
もういいや。明日の朝になって現状を知れば、ローレルだって考えを改めてくれるだろう。これで新しいベッドの作成に前向きになってくれれば。
「いいや、寝よう……」
せめて苦しくないようにと、上を向こうと体勢を変えたそのとき。
ヌルリ。
なにか生暖かいものが耳を掠めて、思わず肩が跳ねた。
「ヒェッ……!?」
驚いたわたしをよそに、なんとローレルは寝ぼけなまこなまま、私の耳を唇で食み始めた。
「なにしてるの……? ローレル?」
返事はない。どうやらこの抱き枕状態といい、本当に夢うつつでのことみたいだ。ローレルもああ見えて酔ってしまっていたのだろうか。
……明日起きたら注意しておこう。
あまりにもな出来事のせいで眠気はどこかへと吹っ飛んでしまったが、まだ外も暗い。起き出す気にもなれず、朝まではと我慢することにした。
そういえばエルフ族の風習について聞いたことがある。彼らは親愛の情を現すときに、互いの耳を食むのだと。
これは、もしかして……ローレルにもかつてそのような相手がいたのかな。アルコールも入った酩酊状態でもしかしたら愛する人の夢を見ていて、わたしはその人と勘違いされている……?
その途端ズキリと走った胸の痛みに慌てて自分の想像を打ち消す。たとえそうだとしても、だったら今だけは彼にいい夢を見せてあげたらいいじゃないか。今の彼はなにもかもに見放されて、わたしに買われてここにいるしかないのだから。
くすぐったい、どこか甘いその行為とは裏腹に、胸の奥はなんだか冷たく締め付けられる。その意味を深く考えることはやめにして、なんとかまた眠れないかとまぶたを強く閉じた。
ローレルがやっと起きてきたのは、いつもよりも少し遅い時間だった。
いつものように簡単な朝食をつくっていると、いつもよりも眠たげな目をしたローレルがやってくる。
「あ、起きた? おはよう」
そう声をかけても返事が返ってこないのは毎日のことだ。
「昨日は途中で寝ちゃってごめんね。ベッドまで運んでくれて助かったよ」
目の前に鹿肉入りの豆のスープを出すと、ローレルはだるそうに席に着く。
「それでさ、やっぱり考えたんだけど、あのベッドに二人はさすがに狭いからさ……」
「要らない」
短く、でも鋭く返された。
「置く場所もないし、素人大工で作れるような代物でもない。第一敷物はどうする? また街に下りて買いにいくのか。そんな危険を冒してまで私は欲しくない」
にべもない言い方だった。
こちらに一切視線を向けることもなく、まるで拒絶されるかのように言われた。
「そ……そう?」
納得がいかないながらも一旦引き下がる。
どうやら今日は一段と寝起きの機嫌が悪そうだ。また別の日に見計らって切り出したほうがいいかもしれない。
「それよりも、だ。せっかくの鹿肉をなぜ豆スープと一緒にする? 鹿肉は鹿肉だけで出してほしかったんだが……」
どこかはぐらかすように話題を変えてきたローレルに気を取られ、この話は一度胸にしまっておくことにした。




