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その少年が、目についたから

 

 案内された先は、薄暗い倉庫だった。


「今回はどういったご用途で?」


 ヘラヘラと笑いを浮かべた奴隷商人が、ゲスい内心を隠しもせずに聞いてくる。


「うん? ちょっと家事を手伝ってくれる手がほしくてね」

「……ここは使用人の斡旋所じゃないですが」

「事情があって、あまり気軽に雇ったりできないんだよ」

「へぇー……」


 なにを想像していたかは知らないが商人が期待していた答えとは違ったのか、彼は興味が失せたようで、それ以上深くは聞いてこなかった。


「お客さんの手持ちじゃここらへんですかね。あまり質がいいものは買えませんぜ」


 重い扉を開いた先。いくつかの檻があり、それぞれに商品(奴隷)が入っている。


「うちじゃあ使用人用ってのはあいにく置いてやしませんが、まぁお客さん自身で教えてもらったらちっとは使えるようになるでしょうや」


 商人は自由に見てくれとでもいいたげに、肩を竦めて促してくる。

 ここはどうやら、男性体の奴隷置き場のようだ。様々な種族の男性が幾人か檻の中に拘束されている。そのほとんどは、それぞれ違った種の特性をもつ獣人族たちだ。たしか、今の世の中じゃ獣人族を奴隷として扱うのはタブーじゃなかったかな。まぁ、こういった薄暗い裏の商売に倫理観とか法規とかを適用させること自体がおかしいんだろうけれど。ほかに人間が二、三人。そして奥のほうにこっちを睨みつけている耳長族(エルフ)が一人。


「この子は?」

「あぁ、そいつは使いものになりやせんぜ。ちっとも言うこと聞きゃあしませんから」


 商人は気のない返事をした。


「下手に耐魔性が高いせいで、奴隷印の効果がさっぱりなんでさ。なにもしてくれないって何回も返品されてんですよ。見目の良さから売れるは売れるんですがね、それもこのやつれようからここ十年はさっぱりでさぁ」


 奴隷印とは人間が開発した魔導具だ。強制的に他人を使役することができる、悪魔のような道具。ちなみにこの世界の人間が汎用している魔導具とは、ごく一部の地域からしか産出されない魔石を原動力にした、まるで魔法のような力を具現化させることができる道具のことだ。

 エルフの少年はほかの項垂れている奴隷とは違って、まっすぐにわたしを睨みつけてきた。こっちを見上げている瞳にはやつれた肢体には不釣り合いなほど、あまりにも薄暗い感情が渦巻いている。不思議に力強い瞳だった。


「……うん、じゃあこの子で」

「へぇっ!? 本当にいいんですかい? お客さん、使用人風情がほしいんじゃなかったんですかい? あっしがいうのもなんですが、こいつまったく言うこと聞きやしませんぜ。どう頑張っても使用人のマネなんかさせられませんが」

「いいって言ってるんだから、いいの。商売なんでしょ? さっさと売ってよ」


 商人が伺うようにこっちを見ている。無意識に被っているフードをずり下げて、顔を見られないようにした。


「本当にこいつでいいのかい?」


 いい加減、しつこい。

 早くしろと身振りで急かすと「まぁ売れるならなんだっていいが」とごちりながらも、彼を檻から出してくれた。


「特別価格にしときやすよ。そのかわり、返品は不可ってことで。くれぐれもよろしく頼みやすね」


 長年の頭痛の種がやっと売れた喜びからか、商人は晴れやかな顔でわたしの手に彼の奴隷印を押し付けてきた。それにフードの奥からニッコリ笑って受けとる。

 心配しなくても返品だけはしないから安心しろ。


「さぁ、行こうか」


 厄介払いとでもいうように追い払われた彼はぶすっとした顔で一言も発しないまま、渋々わたしのあとをついてきた。








 わたしはおそらく、転生したのだと思う。以前生きていた世界とはまったく違う場所で目覚めて、生前とは別人になっていた。

 なんとこの世界の両親曰く、わたしは希少種である“有魔族”であるらしい。そしてその生き残りがわたしたち家族だけだ、とも。

 なんとなく、そういうものかなと腑に落ちた。前の人生とはまったく違う環境、世界、種族、そして自分自身。でも不思議とそれが今の自分なのだという実感。ああ、今度はこの世界で生きていくのだ。

 希少種である有魔族は、ある理由から人間に迫害を受けていた。だからわたしの第二の人生は初めからずっと、息を潜めるような潜伏の日々だった。人間のフリをして、魔力を有するとバレないように。

 幸い有魔族が人間のフリをするのは造作もないことだったから、別にそれがイヤとも思わなかった。魔力で偽装してしまえば有魔族などとは一見ではわからないので、隠れ住むのはそこまで苦ではなかった。わたし自身前世は人間だったわけだし、人間のフリをするというよりも、もはや人間として生きていた、のに。

 数十年前のことだった。

 なんでかはわからない。おそらく人間の開発した最新の魔導具とやらのせいだと思う。

 わたしたち一家が有魔族だということが人間にバレてしまった。あまりに突然、なんの前触れもなく暴かれてしまったので、冷静に対処する時間もなかった。

 両親は人間たちにあっけなく捕まってしまった。わたしは運良く助けてくれた人がいて……それから色々とあったけど、今はずっと、極力人と会うことすらも避けて独りきりで生きてきた。

 ――だからもはや一目惚れに近かったんだ。わたしと同じ、希少種である“長耳族”。元の世界ではエルフと呼ばれる希少種。彼もまた、独りぼっち。この世界では迫害される側だ。


「さあ、着いたよ」


 目元を隠していた布を取ると、少年は警戒したように辺りをキョロキョロと見回した。


「ここが今日から君のおうちだ」


 両手を広げて見せてみると、彼は抵抗するようにあからさまに顔を歪めて背けてきた。








「さて、君のことはなんと呼ぼうかな」


 さっきから一生懸命に話しかけているんだが、いっこうに返事がない。


「名前はなんていうの?」

「……教えると思ったか」


 お、やっと声を聞くことができた。凛と通る涼やかな声。


「うーん……じゃあ、勝手に呼ばせてもらうね」


 わたしに買われてしまったエルフの少年は、どうでもよさそうにそっぽを向いている。

 薄汚れてはいるが、元はきれいな色なのだろう、甘いミルキーブロンドの波打つ髪。奴隷に貶されてもなお高貴な輝きを放つ、まるで新緑の森のような明るいリーフグリーンの瞳。おそらく造形でいえば、こんな端金で買えるような奴隷ではないのだろう。


「じゃあ、ローレル。君は今からローレルね。それじゃあローレル、おうちに入る前にちゃんとそこでひとっ風呂浴びてきて」


 勝手にローレルと名付けた少年は表情こそ変えなかったが、ヒクリと眉を引き攣らせた。


「そんな汚い格好で部屋に上げられないもんね。替えのタオルや衣服は全部置いてるから、しっかりきれいにしてから入ってきてよ」


 さて彼はこのあと、いったいどうするだろう。

 そんなことを思いながらわたしは一足先に、彼に背を向けて家の中へと入っていった。








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