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機甲世記(軽量版)

作者: TIXXI

降り注ぐ銃声の雨、崩れ行く瓦礫の音。数時間前までそこに人が住んでいたとは思えない。頑強な甲殻に身を包んだ無数の化け物が、逃げ遅れた人々の血肉をむさぼる。

2367年、6月10日、夕暮れ。地上からまたひとつ、町が消えようとしていた。

バーンズ「隊長!12時より2体!」

ヘイレル「マンジェロ!12時に2体!迫撃!!」

『12時』に背を向けたまま彼は叫ぶ。ソルドール(歩兵人形)マンジェロは迫りくる2体に接近戦を仕掛ける。彼らに向かう敵は7体。既に囲まれている。ヘイレルは6時の方向の1体を近接射撃でしとめ、次の標的に向き直る。同時にバーンズが1体のセンサーを撃ち抜き、マンジェロがソードで2体を切り捨てる。だがその間にも敵が敵を呼び既に11体。状況は悪化している。

バーンズ「隊長!こっちへ!」

ヘイレル「!!」

バーンズが撃った1体が激しくもがいている。撃たれたのがセンサーだったためこちらがどこにいるが判らないのだ。その1体の真下を退路として包囲を抜けようということか。ヘイレルは即座に応じる。

ヘイレル「マンジェロ!!」

4体目をしとめにかかっていたマンジェロを呼びとめる。マシンであるマンジェロに応答の言葉はない。しかし全てを察したかのようにヘイレルの後を追う。

ー人類の時代は終わりを告げた。自らの業によってー

ーバイオウェポンズー

人類により兵器として、DNAに欠損を持って造られた彼らは、欠けたDNAを捕食によって補うようになった。捕食を生殖行動としたのだ。

彼らは捕食、融合、分裂、共食い、進化退化を繰り返し、全ての文明を焼き、あらゆる生物を食い尽くした。そこには不毛の大地しか残らなかった。


バーンズ「クラーツ小隊、バジハール小隊壊滅!」

走りながらバーンズが言う。どの隊も戦力の消耗が激しい。彼らの隊も既に1人を失っている。

ヘイレル「ウィルマーは⁉」

バーンズ「ウィルマー小隊は健在!ルーク1!ナイト2!!」

ヘイレル「残るルークは1か…」

ルークとはガンナー(戦車)の事だ。ナイトはパワージャケット(人型戦車)の事を指す。この時代では、よく戦力をチェスの駒になぞらえる。

敵の大将は大型のバイオウェポンズ。これが無数にいる小型、中型の個体に指示を与えている。蜂の女王のようなものだ。先ほどヘイレル達が戦っていたのは小型。中型は高さ3mを越える。大型は巨大な竜のような姿で、移動は遅いが力が強い。甲殻も硬く、ルークの大口径砲でなければ致命傷をあたえられない。

―せめて戦闘機やミサイルがあれば―

だがこの時代にそんなものはない。200年前、世界が滅ぶ原因になった事故。人工粒子『イーター』流出事故。この粒子イーターに一定以上の相対速度で衝突した物質は、例外なくプラズマ化し消滅する。弾丸程度ならば当たらない可能性も高いが、巨大な飛翔体はほぼ間違いなく当たる。このことにより、飛行兵器は存在意義を失った。イーターは世界に流れる摂理すら変えてしまっていた。

バーンズ「『大型』の居場所がわかりました!確定ではありませんがfの7!!」

彼らは戦場の位置取りをチェスボードになぞらえて共有している。ヘイレル達はdの5を12時方向に走っている。

ヘイレル「近いな!他の小隊は⁉」

バーンズ「コジマ小隊 hの5、トレイル小隊 hの7、タスカー小隊がdの7ですが戦力ビショップ1で民間人を護衛中!」

ビショップとはドールマンサー(人形遣い)の事だ。

ヘイレル「ウィルマー!!」

無線に向けて彼は叫ぶ。

ウィルマー「聞こえていた。現在f3に移動中、7分かかる。f4のビルが射線上に入る。排除してくれ。」

コジマ「それは俺達が行こう。ポーン1、ビショップ1で充分だ。」

トレイル「大型を目視で確認した。fの7だ。まずいな、既に根をはり始めてる。」

大型のバイオウェポンズは移動後に巣を定めると、大地に根をはり、要塞のような形態をとる。装甲はさらに強固となり、ルークでも撃ち抜くのが難しくなる。そして同時に、要塞化した大型は、周囲の安全を確保するため、全配下に殲滅を指示する。そうなっては勝ち目はない。

ヘイレル「トレイル、戦力は?」

トレイル「ポーン1、俺だけだ。」

ヘイレル「f6に後退しろ!合流する。」

トレイル「それじゃ間に合わない!現地で合流だ。先に始めてるぜ。」

バーンズ「トレイル軍曹!無茶だ!!」

トレイルからの返事はない。死ぬ気だ。爆発の音がした。大型の怒号が聞こえる。トレイルがそこで戦っている。

ーやらせねえよ…この…化け物が!!ー

無線にトレイルの声が入る。音が小さいのは無線を投げ捨てたからか。そして何かがひしゃげる音と、こらえるような苦痛の声。

ーへっ…くそっ!…ちったあ痛そうにしろ…―

トレイルの声は、そして消えた。勝ち誇るような大型の雄たけびが前方と無線の両方から響く。

バーンズ「…トレイル軍曹…」

ヘイレルも目をすぼめ、歯を食いしばるが、すぐに元の表情にもどす。悲しんでいる時間はない。


ヘイレル「見えたぞ!大型だ!」

1kmは先だろうか、倒壊したビルの群れから顔を出す巨大な姿は、赤く、禍々しい。表面の色が黒く変色していく。要塞化が進んでいるのだ。

―ギャアアアア―

大型は再び雄たけびを上げる。だがその直後、f4から爆音がひびく。コジマ小隊だ。

コジマ「ウィルマー!f4、ラインを確保した!このままf3の確保にあたる。あとどれくらいかかる?」

ウィルマー「2分だ!ヘイレル!大型はf7のどこだ?」

ヘイレル「中心やや4時より」

ウィルマー「…その場所ならあと4分で射程に入る。」

ガンナーの砲撃が4分後に始まる。それまで大型の要塞化を止めなければならない。

バーンズ「行くしかない…ですね」

ヘイレル「ああ…」

大きく息を吸って、2人と1体は飛び出す。

大型の周りを守備するのは20を超える小型と8体の中型。中型がいる時点で、ポーンとビショップでは勝ち目は薄い。爆発にも耐えうる装甲。弾丸のような種子で射撃も行う。

ヘイレル「マンジェロ!前へ!」

マンジェロを先頭に、ヘイレル、バーンズの順に並ぶ。

中型の射撃が始まる。マンジェロの装甲がそれを弾く。前方に迫った小型のセンサーをバーンズが撃ち抜く。続けてヘイレルが絶妙のタイミングで足を撃ち、釘付けにする。これを射撃に対する盾にする気だ。

―うまくいった―

そう思った瞬間、バーンズののどに小型の爪が斬りかかるが、その小型が悲鳴を上げて倒れる。その後ろに現れるソルドールのシルエット。

???「すまない!遅くなったな。そのまま進め!」

無線から聞き覚えのある声。

バーンズ「タスカー軍曹!」

ヘイレル「民間人はどうした!」

タスカー「ビルの1つに避難させてある。とりあえず安全だ。」

タスカー「俺も後方から上がる!ギルシーダ(ソルドールの名)!」

タスカー「左前方の中型!左舷から足止めしろ!」

ヘイレル「マンジェロ!ギルシーダに合流。中型を仕留めろ!」

ソルドール1体では抑えるのがやっとの中型だが2体ならば話は別だ。ギルシーダが斬撃を受け流し、そのまま固定。マンジェロがその背後を取り、首の付け根、装甲の隙間に一撃!大きな唸り声を上げて中型が倒れる。中型を1体仕留められ、バイオウェポンズが陣形を変えはじめる。だがもう遅い!そこは既に大型ののど元!

上を見上げる。巨体は既にそのほとんどが黒に変色している。だが手遅れではなかったようだ。頭部の付け根一帯がまだ変色しきっていない。

ヘイレル「…トレイル…」

トレイルが命と引き換えに残したものの、それが全てだった。爆薬でダメージを受けた部分だけ要塞化が遅れている。時間にしてほんの数分。だが、そのわずかな差で彼が守ろうとしたものは、重く、尊い。

ウィルマー「ヘイレル!無事か?射撃準備完了だ!」

ヘイレル「…ああ!」

5つの影は再び動き出す。一瞬早くバーンズが後方へ走り出す。ヘイレルが!タスカーが!ソルドール達が!一斉にグレネードを撃ち、バーンズに続く!激しい爆発を受け、大型の触手が地面から這い出す。トレイルを死に追いやったあの形態!

ヘイレル「マンジェロ!左舷から!」

タスカー「ギルシーダ!右前方バーンズを守れ!」

全力で走っていたバーンズが屈み込み、振り返る。そこに迫る2体の中型。マンジェロとギルシーダは、バーンズの前面で交差し、中型の腕にぶつかる。バーンズへの斬撃を逸らしたのだ。バーンズはじっくりと狙いを絞る。手にするのは大型ライフル。目指すのはトレイルが残したあの傷跡。

バーンズ「行っけぇ―!」

ライフルから放たれた光の帯が、大型ののどに突き刺さる。信号弾だ。

ヘイレル「ウィルマー!」

ウィルマー「ああ!捉えた!」

ガンナーの砲撃が始まる。一撃目が着弾する。根元やや上部。やはりダメージは少ない。二撃目、胸部に着弾。わずかに外れている。しかしヘイレルには確信がある。ウィルマーの腕なら、次は外さない。そして三撃目が着弾する…はずだった。


無線を貫く爆音。はるか上空に飛び去る砲弾。コジマが何かを伝えようとしているが、爆発の残響でうまく聞き取れない。だがそれだけで充分だった。彼らは後方で何が起こったのかを悟った。

ヘイレル「…ウィルマーが…やられた。」

バーンズ「…そんな…」

タスカー「クッ…」

信号弾が上がる。撤退の合図だ。もはや大型を倒す手立てはない。それはこのコロニーを捨てるという事だ。次々にe1から3機の難民船が飛び立ち、最後の1機が30分後に出発する。あてなどない。ただ西を目指すだけだ。彼らの希望は今、絶たれた。


呆然と立ち尽くすバーンズに、大型の触手が迫る。ヘイレルはバーンズに飛びつき、それをかわす。

ヘイレル「バーンズ!迷うな!走れ!」

バーンズが我に返り走り出す。

ヘイレル「マンジェロ!6時!中央の1体に突撃!」

今は6時が前方になっている。マンジェロが小型5体の群れに飛び込む。その瞬間にも触手の攻撃は続く。ヘイレルに触手がのびる。

タスカー「ギルシーダ!ヘイレル後方!受け止めろ!」

ギルシーダが触手を受け止める。左腕がちぎれ飛ぶ。時を同じくマンジェロが群れの中央を切り崩す。そこを5人が一直線に突破する。同時に群れの各個体に零距離射撃。追っ手を防ぐ盾とする。

ヘイレルは12時に向き直る。それに気づいてタスカー、バーンズも足を止める。

バーンズ「…隊長?」

彼は静かに答える。

ヘイレル「…先に行け…」

バーンズとタスカーは黙り込む。

ヘイレル「何をしている!早く行け!」

背を向けたまま彼は叫ぶ。目を合わせれば辛くなるからだ。捨てられる側も、捨てる側も。

タスカー「…行くぞバーンズ…」

バーンズ「…隊長…」

2人と1体は走り出す。


足音が遠くなる。ヘイレルは静かに目を閉じてつぶやく。

ヘイレル「さて…と…」

考えているのだ。戦う術を。生き残る事はできないが、無駄死にするわけにもいかない。難儀な事だと彼は少し笑い、目を開いた。

ヘイレル「行くとするか…」

ヘイレルは9時の方向へ走り出す。目的は武器の確保。彼がいるのはfの6。クラーツ小隊が全滅したe6に向かう。

マンジェロをf6に回避を指示し、おとりにする。

ヘイレル「!あそこか!」

500mほど先に人型兵器が崩れ伏せているのがわかる。太いシルエットと4mはあろう大きさ。パワージャケット(ナイト)だ。コックピットの外壁が剥がされている。パイロットは…既に食われたあとだろう。装備のほとんどが使われずに残っている。彼はナイトの大腿部からグレネードが3個を剥ぎ取り、もと来た道を引き返す。

ヘイレル「マンジェロ、上空から退避!10m!7時の方向へ群れを誘導しろ!」

さらに注意を引かせる気だ。ヘイレルは手薄になった大型の近く、9時側のビル脇に姿を隠し大型グレネード2つにマーカーをつける。マーカーとは小型の発信機で、ソルドールにより的確な指示を与えるためのものだ。そして3つのグレネードそれぞれにリモコン式の発火装置を取り付ける。それら全てをその場に置き、さらに気づかれないように大型の前面に回りこみ、大型から4時方向にあるビルの屋上に向けてマーカーを発射する。

ヘイレル「マンジェロ!マーカー1へ移動!全速!」

そして彼自身も大型に突撃を開始する。まずはハンドグレネードを一撃。大型の腹部に着弾。のどの傷には当たらなかったがそれでいい。今は彼がおとりだからだ。小型が、中型が、そして触手が動き出す。近づきすぎず離れすぎず、敵の注意を引きつける。

ヘイレル「マンジェロ!武器を捨てろ!」

指示を続ける。

ヘイレル「マーカー1、マーカー2のグレネードを拾い、大型前面に移動!!」

がら空きとなった大型前面を横から突く。マンジェロが空高く飛ぶ。真横には大型ののど。あの傷跡。

ヘイレル「マーカー1を大型に!」

マンジェロが大型の前面を通過する。グレネードを敵ののど元に残して。そしてヘイレルはスイッチを押す。降り注ぐ閃光。地を揺らす爆音。さすがはナイトのグレネード。歩兵のものとは桁が違う。しかし敵の装甲はその威力すら上回る。だが充分だ。3分、いや2分でも要塞化を遅らせる事ができればいい。そのわずかな差で救えるものがあるからだ。

続けて次の起爆スイッチを押す。今度は大型9時方向のビルから光があふれ、崩れ落ちる。1つだけ置き去りにした大型グレネードだ。

ヘイレル「マンジェロ!マーカー3へ!」

そう言って自分も8時方向へ走り去る。今度はビルの崩壊をおとりとして自分の姿を隠す気だ。e6へ向かう。


大型から少し離れたビルの陰に姿を隠しながら、様子を伺う。マンジェロは大型の目と鼻の先、ビルの屋上で息を潜める。あとはタイミングを見計らって、マンジェロにグレネードを抱えたまま特攻をかけさせればいい。時間にして4分後といったところか。

既に撤退を告げるあの信号弾から15分が経過している。最後の一撃がうまくいけば、難民船は無事飛び立つだろう。そしてそのための準備は全て終わっている。彼は役目を果たしたのだ。だが彼に帰る場所はない。

ヘイレルはズボンのポケットからタバコの包みを取り出す。残っていたのは1本のみ。それは必然だったのかもしれない。思えばよく戦ったものだ。大型バイオウェポンズの突然の襲撃。あまりの数に軍も侵入を防げなかった。早々に本部は壊滅し、生き残った兵士達だけで、西に準備した難民船に臨時本部を作った。そして…

多くの仲間が死んだ。多くの民間人が犠牲になった。結局、街を守る事はできなかったが、それでも難民船まではやらせずに済みそうだ。

…家族は無事なのだろうか。避難していたとすれば既に飛び立った難民船の中だろう。…もう確かめる術はないが…。せめてたどり着く先に、人の住む街があることを祈るのみだ。

彼はライターに火をともす。タバコに口をつけゆっくりと吸い込みながらライターの火を近づける。

ヘイレル「いよいよ…最期か…」

今になってようやくできたようだ。怖い事に変わりはないが、それを包み込むような静かな感覚。

―これが、覚悟か―

タバコを含んだ口元が静かに微笑む。そしてタバコに火がつこうとしたその寸前。叫ぶ声が聞こえた。


???「来るな!来るなよ!」

子供の声。ヘイレルは駆け出す。

ヘイレル「誰だ?生存者か?」

建物と建物の間の小さな路地。そこに転がるのは2体の小型の残骸。最後までうごめいていた一体が地面に転がる。その奥にいるのは10歳ほどの少年。頬に十字の傷。手にはナイフを持っている。この小型を倒したのはこの少年だ。頬の傷は浅くはないが致命的ではない。その傍らには人が一人倒れている。少年の母親だろうか?生者の気配がない。残念だが生きてはいないだろう。

ヘイレル「坊主。よくがんばったな。」

少年は大声で泣き出す。ヘイレルは少年を抱きとめる。

少年「…お母さんを助けて!」

倒れていたのはやはりこの子の母親か。

少年「おれをかばって…お願いだよ!」

不可能だ。既に死んでいるのだから。命を懸けてこの子を守ったのだろう。その願いを想うといたたまれなくなる。難民船に乗る事はもはや絶望的だからだ。何とかして助けたいが…どうする事もできないのか?

少年「…死んじゃったの?」

ヘイレルは答えられない。

少年「俺のせいなんだ…そうなんだろ?」

少年の目から涙があふれる。

少年「俺もきっと…ここで…」

ヘイレル「バカな事を言うな!」

少年が言い終える前に、彼は叫んでいた。

ヘイレル「母さんが…どんな気持ちでお前を守ったかわかるか?」

彼は何を言おうというのか。

ヘイレル「どれだけお前が生き延びる事を願ったかわかるか!?」

それを言ってどうなるというのか?助かる可能性は無に等しいというのに。

ヘイレル「お前の母さんは、自分の命を投げ出してまでお前を助けたんだ。」

彼は自分も愛すべき人達に救われてきた事を思い出した。

ヘイレル「お前は、母さんのその想いを抱えて生きなければならない。どんな状況でも、最後の最後まで、生きる事を捨ててはいけないんだ。」

彼の目に再び光が戻った。

ヘイレル「行くぞ坊主。母さんにお別れを言うんだ…その想いだけ、連れて行ってやれ。」

少年「…うん…」

少年の目にも決意が宿る。生き延びるための『決意』

大型の方向で爆音がした。マンジェロが最後の体当たりを行ったのだ。

ヘイレル「走るぞ。」

少年「うん。」


二人は走り出した。現在位置e6から難民船の待つe1を目指す。距離にして約5km半だが、予定離陸時刻までは10分を切っている。彼らの足では絶望的だ。だがここは数時間前まで人間が住んでいた街だ。使えるものが必ずある。ヘイレルはあたりに気を張り巡らせる。ビルに激突した自動車。これは乗れそうにない。主を失い横たわるパワージャケット。だめだ。コックピットが潰れている。転倒したバイク。…これもだめか。燃料タンクがやられている。

ヘイレル「くっ!」

投げ出しそうになる気持ちを、のどの奥で噛み殺す。

―まだだ、他には何か―

そう思った時だ。誰かに名前を呼ばれた気がした。

???「…eの5だ!」

? 何の事だ?この声は…無線からか。

???「生きてるなら、eの5に向かえ!ヘイレル!」

タスカーの声だ。ヘイレルは即座に問い返す。

ヘイレル「タスカー!ヘイレルだ。一体何の事だ?」

タスカー「ヘイレル…生きてたか…今どこにいる?」

意味がわからないまま彼は答える。

ヘイレル「eの6から5に向かうところだ。」

タスカー「そうか!ならばそのままeの5の中心に向かえ。」

ヘイレルは何の事だと問い返そうとするが、タスカーがそのまま言葉を続ける。

タスカー「ギルシーダをeの5に向かわせた!人が乗れるように出力を上げてある!」

―そういうことか!―

彼はようやく理解した。タスカーは、仲間たちは、ヘイレルを見捨てる事などできなかったのだ。

ヘイレル「お前達はもう着いてるのか?」

タスカー「まだだ。こっちは自力で何とかなる。ギルシーダだけ先に戻らせて手を加えさせた。」

バーンズ「散々考えてこの手しか見つかりませんでした。一緒に生き延びましょう!」

ヘイレルに熱い想いがこみ上げる。だが、涙するにはまだ早い。無事に脱出できたその時まで。

ヘイレル「わかった。e5中心に向かう。子供を1人確保したが、2人乗れるか?」

タスカー「出力だけなら2倍はある。それくらいなら問題ないはずだ。だが難民船も襲撃を受けているようだ。長くはもたない。急いでくれ!」

ヘイレル「見えた!あれか!」

瓦礫と瓦礫の間、200mほど先に見つけた!ギルシーダだ。肩のアジャスターコイル(揚力発生装置)を無理矢理増設し固定している。ここに乗れという事か。ヘイレルは走りながら少年を抱え上げ、ギルシーダの肩に飛び乗った。

ヘイレル「いいぞタスカー!」

タスカー「ギルシーダ!全速で帰還しろ!」

ギルシーダが勢いよく走り出す。時速60kmは出ているか。つかまっているのがやっとだ。

―ガアアアアアア―

大型の咆哮がこだまする。ついに要塞化が完了したか。小型と中型が殲滅戦に行動を切り替える。難民船が心配だ。間に合うか?

タスカー「よし!こっちは今到着した。あとはお前だけだ!」

ヘイレル「ああ!持ちこたえてくれ!」

残り1500m

コジマ「難民船周辺の敵を排除した。だがこちらも最後のソルドールがやられた。戦力ゼロだ。次の襲撃を受けたらもたない!」

ヘイレル「クッ!あと少し」

残り1000m

―見えた!難民船!…え?―

ヘイレルの視界にギルシーダの背中が映る。だいぶ遠ざかってギルシーダも体制を崩し、倒れる。続いてヘイレルの体に走る衝撃。地面に叩きつけられたのか。

少年の姿が見えない。一緒に振り落とされたのでないとすれば、ギルシーダの所か?ヘイレルが目を凝らすとギルシーダの脇に小さな影が動いている。立っている様子を見ると、どうやら無事のようだ。

しかしなぜ振り落とされた?彼がつかまっていたのはギルシーダの肩に増設されたアジャスターコイル。その部品ごと落とされたようだ。それには数箇所に銃撃を受けたあとがある。…これは…敵の銃撃!中型か!

―どこだ!どこに!!―

ヘイレル「!!」

後方、12時方向を見た彼は愕然とした。

彼は無線に向けて言う。

ヘイレル「ギルシーダがやられた。船から200mの所に少年がいる。回収してくれ。」

タスカー「確認した。お前はどこだ?」

ヘイレル「俺はそこから900mあたりだが…帰れそうにない。敵の群れに遭遇した。」

彼の目前には、無数の敵がひしめいていた。


バーンズ「…そんな…」

仲間たちは言葉を失う。ヘイレルが、このまま逃げれば難民船まで巻き込んでしまう。

ヘイレル「少年の回収を頼む」

タスカー「…わかった。子供の回収はバーンズが向かった。」

ヘイレル「お前達の旅が…平穏である事を祈る。」

何かをこらえていたタスカーが、崩れ落ちるように語りだす。

タスカー「ヘイレル…すまないヘイレル…!俺たちにはもう…打つ手がない…」

その声は、自らの無力を噛み締めるかのようだ。ヘイレルはその声をなだめるように言う。

ヘイレル「もう充分だ…礼を言う。」

彼が無線を切ろうとしたその時だ。

???「うそつき!」

少年の声が割り込む。落ちていた無線を拾ったのか。タスカーとのやり取りを聞いていたようだ。

ヘイレル「…坊主か…」

少年「おじさんは言ったじゃないか。必ず生き残るって。最後まで諦めないって!うそつき!」

声の感じからして、移動していない。

ヘイレル「何をしている坊主!早く行け!」

少年「いやだ!おじさんが来るまで待ってる!」

時は一刻を争う。ヘイレルが威嚇し足止めしているが、敵の群れはいつ動き出してもおかしくない。

ヘイレル「俺の事は気にするな!船に乗れなくても脱出の手はある!!」

嘘だ。そんな考えがあるとは思えない。少年にもそれはわかる。

少年「嘘じゃないか!」

ヘイレル「嘘じゃない!」

少年「約束できる?」

ヘイレルは言葉につまる。約束などできるわけがない。少年がさらに続ける。

少年「俺は必ず、何があっても生き残る!約束する!おじさんも約束できる!?」

ヘイレル「…ああ、約束する。」

ヘイレルの言葉に優しさが戻った。背中を向けたまま静かに問いかける。

ヘイレル「坊主…名は?」

少年「俺は…カズマ!」

ヘイレル「俺はヘイレル。ダグラス・ヘイレルだ。俺も約束する。必ず生き延びて、お前に会いに行く。」

その言葉に嘘の気配はない。

ヘイレル「カズマ…強く生きろ。仲間だけでなく、自分自身も救えるほどに。俺よりも強くだ!」

少年「うん。強くなって待ってる。」

ヘイレル「その時までお別れだ、カズマ…未来で会おう。」

少年「うん!」

少年はようやく走り出した。バーンズがそれを受け止め、船の方へ更に走る。ヘイレルが、しびれを切らして動き出そうとする大群を銃撃でけん制する。そして…タバコの包みを再び取り出す。先ほど吸えなかった最後の1本。その1本にようやく火をともし、大きく吸って、そして吐いた。

後方から高速回転するエンジンの音。その音が遠ざかってゆく。難民船がついに飛び立ったのだ。

ヘイレル「そう急かすなよ…この一本を吸い終えたら、相手をしてやる。」

そう言って大群を見据える。弾薬は残りわずか。状況は絶望的だ。だが彼の目に陰りはない。そこに宿るのは、覚悟ではなく、生き延びるための決意。

―約束か―

少年を救うために交わした、嘘の約束。だがその嘘はヘイレル自身にも生きる決意を与えていた。

ヘイレル「助けられたのは…あるいは俺の方なのかもしれないな…」

彼はまた少し笑った。タバコを投げ捨て、群れの中心に飛び込んでゆく。そして、少年との約束を想いながら、再びつぶやく。

―未来で、会おう―

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