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足柄小僧

とある事件から淡路と小十郎の元へやってきた子供を引き取ってから一か月が経とうとしていた。

子供の名前は長男が太平は7歳。次男が次平は6歳。そして、末の娘が小平は4歳である。

淡路と小十郎は三人の子供の面倒を見ながら慌ただしい中でも楽しい毎日を過ごしていた。


そんなある日、江戸の町では変わった唄が流行り出したのである。

夜の帳のその中で 寒空夜空に小判降り

長屋の男も女子も驚いて 狂喜乱舞の踊り舞い

義賊義賊の 足柄小僧

今宵は何処で福を撒く


淡路は魚売りの七郎から聞くと

「へぇ、義賊かい」

と呟いた。


七郎は笑いながら

「そうそう、金太郎の絵を描いた紙の上に小判を置いていくので足柄小僧ってみんなは呼んでいるようなんですけどねぇ」

あっしの家の前にもばら撒いてくれねぇかなぁ

とぼやいた。


淡路は笑って

「七郎さんのところだと泡になるからばら撒きがいがないって思われているんじゃねぇのかねぇ」

と告げた。


七郎は「違いねぇ」と答えた。

「あっしは宵越しの金は持たない主義だからな」


淡路は困ったように笑い

「あっさり肯定されても…」

とぼやき

「さて、今日はサバが良さそうだねぇ」

サバを貰おうかい

と告げた。


七郎は笑って「まいど」というとサバをポイポイと淡路の持っている桶に入れた。


淡路はお代を払うと豆腐屋へと向かった。

「今日はサバの味噌煮とアブタマにでもしようかねぇ」


今日、店で出す料理を想像しながら豆腐屋へと入った。


店主の豆吉は淡路を見ると

「お、いらっしゃい。淡路のねぇさん」

今日も豆腐と厚揚げでいいかい?

と桶に豆腐と厚揚げを入れた。


淡路は頷き

「豆吉さんのところの豆腐と厚揚げは江戸で一番だからねぇ」

と答えた。

豆吉は笑って

「まったく、淡路のねぇさんには敵わねぇな」

オマケだ持ってけ

と一つ多めに豆腐を突っ込んだ。


淡路は笑顔で

「悪いねぇ、ありがとさん」

と答え、店へと戻った。


最近は小十郎の仕込みの手伝いを太平がし、小平は淡路と一緒に板間や店の掃除を手伝うようになった。

次平は勉強が好きなようで町医者だった父親から貰った医学書を懸命に読んでいる。

小十郎も淡路はそれぞれが好きなことをすれば良いと思っていたので自由にさせていたのである。


小平は板間を拭き

「あわじ、綺麗した」

次は?

と雑巾を手に笑顔で告げた。


淡路はそれを見て

「綺麗になったねぇ」

ありがとうねぇ

と微笑み

「もうすぐ寺子屋の時間だから次平と行く準備をしな」

と告げた。


小平は「はーい」と答えると居間へと向かった。

太平も小十郎に言われて居間で寺子屋へ行く準備をした。


淡路はその時間を見計らって店を開けた。

朝5ツになると子供たちの寺子屋や表通りの店が開き、一気に人々の活気が江戸の町に溢れ出す。


その前に店を開いて朝ごはんを用意するのだ。

木戸が開くと同時に若い独身男性が淡路の店へ来てご飯をかけこんで仕事場へと向かうのである。


彼らが集って話をする話題はその時々で変わっていく。

今は足柄小僧という義賊の話で持ちきりであった。


高利貸しや悪徳商人の隠し小判を盗んでは裏長屋の貧しい親子などの元に落としていくというのだ。

表沙汰にできない金なので奉行所に訴えはないのだが撒かれた小判から恐らく死罪の10両は超えている。


淡路は越後屋の四番番頭の助六が

「いやいや、うちは真っ当な商いをしているので心配はないんですがねぇ」

まあ、こっちにも悪い噂が聞こえてくる門前屋とか呉一屋とかは浪人とかを雇っているとか聞きますけどね

「しかししかし、子供たちの中には尊敬している子もいるそうですよ」

と言うのを聞いて淡路は腕を組み

「うちの子たちにはそう言う風にはなって欲しくはないねぇ」

とぼやいた。


それに助六は

「へー、けど江戸の町の人たちは喝采してますけど」

淡路のねえさんは違うんですか?

と驚いたように聞いた。


淡路はにっこり笑うと

「まあ、そうだねぇ」

おおと

「助六さん、時間だけど遅刻しないかい?」

と返した。


助六は慌てて残りを食べると

「おおー、こりゃ何時も淡路のねえさんに見とれてしまったようで」

ごっさんです

と慌てて飛び出した。


淡路は笑顔で

「まいどー」

と呼びかけて送り出した。


他の客もはっと時間に気付いて慌てて飛び出していったのである。

淡路は同じように手を振って送り出し、一人残って食べていた男性に笑顔を見せた。


男性は地方から出てきたとび職で半月ほど前くらいから淡路の店に来るようになった。

名前を佐助という。


佐助は淡路を見ると

「女将さんは義賊が嫌いのようですが」

と呟いた。


淡路はそれに

「義賊といっても盗人は盗人」

あの子たちに盗人を尊敬してほしくないってことだね

とあっさり答えた。


佐助は視線を伏せると

「まあ、小料理屋を営んで苦労知らずじゃぁしょうがないか」

と言い、お代を置くと

「ごっさん」

けどこの店の煮物は上手い

と告げた。


淡路は笑顔を見せると

「ありがとさん」

と答え、ふっと

「話は聞いたんだろ?」

殺される前にやめた方が良いと私なら足柄小僧に言ってやるけどね

と見送った。


佐助はふっと笑うとそのまま仕事へ向かう人々の中へと姿を消した。


淡路が置かれた皿を集めて店の奥に視線を向けると小十郎が立っており

「とび職か」

と呟いた。

「かなり身が軽いようだな」


淡路は頷くと

「そうだねぇ、礼儀も正しいし…殺される前にやめてくれりゃぁいんだけどねぇ」

と呟いた。


小十郎は淡路の口ぶりから

「そうか、彼が足柄小僧か」

と聞いた。


淡路は頷くと

「恐らくね」

と答えた。


元々、遊郭の格子をしていたのだ。

様々な人種の人間を見てきたので人を見る目はあるのである。


小十郎は「そうか」と答えると

「確かに奉行所に捕まる前に雇われの浪人に斬られるかもしれないからな」

と呟いた。


淡路は頷くと静かになった店の中から暖簾の向こうの陽があたる明るい通りに目を向けた。


同じ頃、淡路と小十郎と交流の深い自称・巨勢頼方は江戸の町を歩きながら人々のざわめきがいつもと違う事に気付いていた。


11月にもなると気温はかなり落ちて雪が降る日もある。

長屋ではその日暮らしの為に寒さに震えて生活に困っているモノも少なくはないのだが…頼方は横にそっと付き添うように歩いている行商風の男に

「先の長屋でも足柄小僧とか言っているのが聞こえたが」

何だろうな

と呟いた。


行商人風の男は視界に小料理屋が見えると頼方に

「それでは調べて参ります」

と人々に紛れて姿を消した。


頼方はそれを横目で一瞥し小料理屋の中へと入ったのである。

淡路の店である。


店の掃除をしていた淡路は頼方を見ると

「この前はあの子たちに服をすまないねぇ」

と告げた。


頼方は笑顔で

「いや、あの子たちの両親が殺されたのも薩摩藩というこちら側の不正を見抜けなかったことが原因だったのだ」

そんなことぐらいしかできないが

「あの子たちは息災か?」

と聞いた。


淡路は笑顔で

「今は寺子屋に行ってるよ」

少し考えなきゃと思うことは在るんだけどねぇ

と呟いた。


頼方はホゥと言うと

「少し聞かせてもらおうか」

それに聞きたいこともある

と告げた。


淡路は頷くと踵を返して店の奥の居間へと入った。


淡路の考え事は次平のことである。

それについては小十郎が代わって伝えた。

「次男の次平だがあの子は勉学も出来るし何よりも勉学が好きなようで」

恐らく将来的には三人の父親と同じ医者になりたいと思っていると思ってな

「淡路も俺もその力になりたいと思っているんだが」

そう告げた。


先の阿佐布の事件が無ければ父親の側で医術を学び医者になっていたのだろうと想像できたので余計にその夢をかなえてやりたいと思っていたのである。


頼方はそれを聞くと大きく頷いて

「わかった、それについてはこちらも当たってみよう」

と答え

「それで、この辺りで足柄小僧という話は流れてきているか?」

と聞いた。


淡路と小十郎は顔を見合わせると頷いた。


淡路は頼方の質問に

「表沙汰にできない小判を盗んで長屋とかに金太郎の絵を描いた紙と一緒に置いていくんだよ」

と告げた。


頼方はそれに

「なるほど金太郎の絵か、それで足柄小僧か」

と呟いた。


淡路は頷き

「この辺りじゃその話で持ちきりなんだけどねぇ」

と溜息を零した。


頼方は淡路を見ると

「それで、淡路。お前はどう思っているんだ?」

と聞いた。


この店を頼方が後ろ盾になっているのは自分が江戸を離れている間に起きたことや人々の関心事などを聞くためである。


頼方は現在紀州と江戸を行き交う身であるが、常に江戸の状態を知っておく必要があったのだ。

だが、それは江戸城内よりは江戸の町…つまり町人など市民の暮しの変化を知るということであった。


それを頼んでいるのが淡路と小十郎である。

それだけ淡路の人を見る目や様々な面で信頼しているのである。

もちろん、横から淡路を掻っ攫った小十郎についても信頼はしているのだ。


淡路は頼方に聞かれ「そうだねぇ」というと

「噂は出ているけど奉行所は動いていないってことは盗まれた方は表沙汰にできない金子なので届をしていないと思っているんだけど」

門前屋や呉一屋などが用心棒まがいの浪人を雇っているらしいから

「心配ではあるんだよ」

と告げた。


頼方は目を細めると

「つまり、淡路は誰が足柄小僧か知っているということか」

と告げた。


淡路はにっこり笑うと

「当たりならあるね」

とさっぱり答えた。


このさっぱりとした気っ風の良いところも頼方には好ましかった。


淡路は頼方に

「半月前位に江戸へ出てきた佐助というとび職の男がいてね」

恐らく彼が足柄小僧だと思っているんだけどね

と答えた。


頼方は「それで」と更に先を促した。

どう対処するのが望ましいか言外に聞いたのである。


淡路はそれにふっと笑うと

「まあ、これは小料理屋のしがない思い付きってことで聞き流してくれると良いんだけどねぇ」

と言い

「きっと良い目になると思うね」

身体能力が高いから

「盗人なんてことをするよりももっと良い働きがあるんじゃないかとね」

と告げた。


頼方は頷くと

「なるほど」

と答え

「一考しておこう」

と告げた。


そして、立ち上がると

「では、また来る」

と背中を向けた。


淡路はそれに

「偶には客として来て欲しいけどね」

と微笑んで告げた。


頼方はハハハと笑い

「わかった、近いうちに今度は客として来る」

と立ち去った。


小十郎は淡路を見てそっと肩を引き寄せた。

「俺は良い相方をいただいたな」


淡路は小十郎に凭れ

「それを言うなら私の方だね」

と一時の温もりに身と心を浸した。


太陽はノンビリと空を渡り、南天へ差し掛かる頃になると再び店にパラパラと客が訪れる。

真昼九ツは昼飯時で太平に次平に小平の三人も寺子屋からご飯を食べに戻ってくる。


同じ血を受けた兄弟でも性格はやはり千差万別で太平は明るく元気で寺子屋の子供達とも直ぐに馴染んだのだが、次平はどちらかというと静かに本を読んでいる時が多い。

小平は愛らしく店に戻ると進んで店へと出て淡路の手伝いをしたがるのだ。


その分、店にやってくる客人には老若男女問わずに可愛がられている。


昼ご飯を食べて少しすると再び三人は寺子屋へと戻り、勉強をする。

そう言う毎日であった。


太平は胸を張って

「俺は小十郎みたいに料理作ってこの店盛り立てる」

と言い、小平も

「じゃあ、小平もー」

とはしゃいでいる。


淡路も小十郎も楽しんでやってくれるならそれが一番だと思っている。

ただ次平はそう言う時はそっと席を離れるのだ。


次平は淡路と小十郎が思っている通りに医者になりたかったのである。

だが、両親はおらず淡路や小十郎に面倒を見てもらっている身で『店を継がずに医者になりたい』というのは言いにくかったのである。


次平は店の裏手で父親の形見である医学書を開くと

「…足柄小僧が小判を落としてくれたらなぁ」

とぼやいた。


ぼやきに上から声が響いた。

「けど、その小判は他人の小判だけどねぇ」


次平はハッと顔を上げて直ぐに下に向いた。


淡路は次平の隣に座ると

「私は他人のモノに手を付ける人間にはなって欲しくないと思ってる」

きっと次平や太平や小平の父さんや母さんも同じだと思うけどね

と言い

「それよりちゃんと気持ちをぶつけてくれなきゃ私も小十郎さんも何もできないし分からない」

違うかい?

と次平の顔を見た。

「まったく隠し事のない家族もないと思うけどねぇ」

けどここ一番って時には本当のことを話して欲しいね


次平は俯きながら

「けど、俺…淡路と小十郎の世話になってるのに…」

と呟いた。


淡路はにっこり笑うと

「私も小十郎さんも太平にも次平にも小平にも自分の進みたい道へ進んで欲しいと思っているんだよ」

と言い

「なんでもやってやれるとは思っていないけど出来るだけ進んでいけるように助けて行こうと小十郎さんも私も思ってる」

それじゃあいやかい?

と聞いた。


次平は首を振ると

「あのさ、俺…医者になりたいんだ」

父さんのような医者になりたいんだ

「だから、丁稚とかじゃなくて…お医者さんの元で勉強したいんだ」

と告げた。


淡路は次平の頭を撫でると

「わかった」

良いところがあるか探しておくから

「今は寺子屋で文字や数の勉強をするんだよ」

とにこりと笑った。

「その代わり、医者になるなら良い医者になるんだよ」

いいね?


次平は大きく頷いた。


それに勝手口から太平が姿を見せると

「次平、そうだぜ」

この店や淡路や小十郎や小平は俺が守っていくからお前は良い医者になるんだぞ

と元気に言った。


次平は小さく何度も頷いた。


小平も小さく覗き込んでにっこり笑った。

「小平もー」


小十郎は子供達や淡路を見つめると静かに笑みを浮かべた。

三人は顔を見合わせると近くの長屋へと遊びに出かけた。


小十郎も淡路も彼らを見送るとそれぞれ仕込みの続きと店の準備を始めた。

暮六ツになると酒と夕飯を食べに客が来る。

それまでに開店準備を済ませておかないといけないのである。


太陽が空を渡り西に沈む頃になるとパラパラと客が訪れる。

板間に座り他愛無い話に花を咲かせるのだが、今日も話題は足柄小僧のことであった。


裏長屋に住む大工の男は

「俺の家にも足柄小僧様がきてくれねぇかなぁ」

そうしたら嫁っこもらえるんだがなぁ

と酒を飲みウッウッウッと泣いた。

淡路は困ったように笑いながら

「何言ってんだい」

ハ作さんは良い男なんだから

「まっとうに働いてりゃ良い子がくるよ」

と肩を叩いた。

ハ作は淡路を見ると

「じゃあ、淡路のねぇさんが俺の嫁っこに~」

と手を伸ばした。

それに周りから拳骨が飛び、淡路は苦笑を零しながら

「悪いが小十郎さんがいるからねぇ」

と答えた。


小平はアブタマの乗った皿を持ってくると

「はい」

ありー

とハ作の隣に置いた。


ハ作は小平の頭を撫でると

「小平ちゃんが後もう10歳以上年がいってたらなぁ」

と鼻を啜って酒を飲んだ。


淡路は小平の頭を撫でて

「小平には小平が好きになった人と添い遂げさせる予定だからねぇ」

よっぽどいい男じゃなきゃ私と小十郎さんが許さないよ

と腕を組んだ。


それに誰もが笑った。


ふっと淡路は既に真っ暗になった外の通りに目を向け

「…足柄小僧は大丈夫なんだろうかねぇ」

と小さく呟いた。


狙われるかも知れない店の主人たちは既に手を打っているだろう。

今日か。

明日か。

そう考えて迎え撃つ手を打っているに違いない。


淡路はそう考えていたのである。


同じ闇の中で佐助は一軒の大店の蔵へと忍び込んでいた。

軒から蔵の上の窓へと入りハッと目を見開いた。


蔵に隠れていた浪人が矢を射ってきたのである。

蔵の闇の中で待ち構えていたのだ目が慣れているのである。


佐助は太ももを射られて顔をしかめると直ぐに窓から屋根へと上がった。

そして、外へと逃げ出したのである。

が、それを屋敷の外で待っていた浪人が追いかけたのである。


足を怪我すれば逃げるのも困難である。

屋敷の中で殺してしまえば奉行所に目を付けられるが外ならその心配も減るというものである。


佐助は舌打ちして痛む足を動かして屋根から屋根へと飛び移って逃げた。

幸いだったのは外で佐助の後を追いかけていた浪人がその姿を見失ったということである。


夜四ツになって木戸が閉まると通りにも静寂が広がった。

人々はそれぞれの長屋へと戻り眠る時間なのだ。


淡路も外へ出ると暖簾を下げ店の横手の路地に目を凝らすと

「…誰だい?」

と声をかけた。


それに足を引き摺りながら佐助が姿を見せた。

「ぶ、ぎょうしょに…訴えるなら…訴えても構わないが…」

そう言い、前のめりに倒れ込んだ。


暖簾を落とした音に小十郎は慌てて外へ出ると淡路と倒れている佐助を見て

「…淡路の危惧が当たったようだな」

と佐助を抱き上げた。

「まあ、遅かれ早かれこういう時は来たな」


淡路は頷き暖簾を拾うと店の中へと入った。


小十郎は板間の上に佐助を乗せて

「その辺りの医者には見せられないがこのままというわけにもいかないな」

と呟いた。


そこに行商人風の男が姿を見せると

「宜しければ私が手当てを」

と告げた。


淡路も小十郎も男を見つめた。

敵か。

味方か。


男は二人の前に膝をついて頭を下げると

「ご安心ください」

私の主は巨勢頼方様です

「右観と申します」

と告げた。

「頼方様より足柄小僧の内偵と動きを見張っておりました」

呉一屋の蔵から小判を盗もうとしたところを返り討ちにあったのです


淡路は「そうだったのかい」と言い居間のほうから心配そうに覗いている三人に

「大丈夫だから寝なさい」

と告げた。


それに次平が駆け寄り

「俺も手伝う」

と告げた。


男は頷くと

「では」

と答えて、手当てをした。


酒で消毒をして矢を抜き、止血をする。

次平も懸命に手伝ったのである。


怖がる小平を太平が抱きしめて見守っていた。

そして、佐助を居間と運び右観は夜の闇の中へと消え去った。


小十郎は淡路に今日は二階で子供達と一緒に寝るように言い、一晩中佐助の様子を見守った。


それは勿論、見張りという意味もある。

何かあったとしても二階を死守すれば良いということである。


夜は深々と降り、月明かりだけが町を包み込んでいた。

それも夜明けを迎えると闇は拭いさられ、淡路が起きる暁7ツには辺りは白み始めた。

その中を頼方と右観が姿を見せたのである。


小十郎は店先の物音に刀を手に店へと行くと戸に向かって声をかけた。

「店はまだ開いてはいないが」


声に頼方は

「それは承知している」

と答えた。


小十郎は安堵の息を吐き出すと戸を開けて彼らを招き入れた。


頼方は中に入ると佐助の横に座り

「さて、どうするかだな」

と告げた。


佐助は目を開けると

「奉行所に差し出されても仕方がないことをしてきたんだ」

覚悟はできている

と答えた。

「だが、ご禁制の密輸をして儲けているあの店や他にも裏で阿漕な商売をしている商人を見逃していると江戸の町も終わる」

もちろん俺がやってきたことは間違っている

「だが他にやりようが思いつかなかった」


頼方は「なるほど」と言い

「盗人家業から足を洗うつもりはあるか?」

と聞いた。


佐助は「だが」と拳を握りしめた。


頼方は腕を組んで

「もし、足を洗う気持ちがあるのなら俺の元で密偵として、この右観の片腕になってもらいたい」

と告げた。

「その身の軽さと目の付け所については右観も評価をしている」


佐助は驚いて頼方を見た。

「あ、んたは」

誰だ?


頼方は佐助を見ると

「俺は紀州藩藩主徳川吉宗だ」

ここでは巨勢頼方だがな

とウィンクした。


佐助は目を見開いて頼方を見た。


淡路と小十郎は黙ったままそのやりとりを見ていたのである。

頼方は笑みを浮かべると

「どうせするなら盗人なんて形じゃなくて叩き潰すくらいの勢いでねぇとな」

金子をばら撒いても盗人は盗人だ

「ばら撒かれた者もその時は助かったかもしれんが何れそれが繰り返されれば寄りかかってくるようになる」

それは本人の為にはならない

と告げた。

「それよりも世の中の土台をかえねぇとな」

暮らしやすい世の中にするために努力する方が良いと思うが?


…そのために俺に力を貸してくれ…


佐助は痛む足を引き摺りながら正座をすると両手を着いて頭を下げた。

「宜しくお願いします」


淡路も小十郎も安堵の息を吐き出した。

怪我が治る間はこの店の二階で佐助は身を置くことになった。


頼方は淡路を見ると

「じゃあ、俺も右観も今日は淡路の店の朝ご飯を食べていくか」

と店へと出た。


淡路は笑みを浮かべると

「じゃあ、先ずは買出しに行ってこないとね」

活きの良い魚を仕入れてくるよ

と桶を持って出かけた。


小十郎も飯の仕込みを始め、太平もそれを手伝い始めた

店の拭き掃除は小平がしようとすると次平が「俺も手伝う」と二人で板間を拭き始めた。


右観は淡路が出掛けた後に頼方を見ると

「頼方様があのお方をお目に留める理由が分かる気がします」

とそっと呟いた。

頼方はふわりと笑い

「惚れた腫れたで添い遂げることができないのが…家督の重圧というモノだ」

だが淡路は俺にとってはこれ以上ない存在だ

「どんな形であってもな」

他の男に取られて袖の相手でもな

とアハハハと笑った。


今日も小料理屋の淡路はいつものように開店するのであった。

人々の心と活力を満たすために。


最後までお読みいただきありがとうございます。


続編があると思います。

ゆっくりお待ちいただけると嬉しいです。

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