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「いらっしゃい。」
出迎えてくれたのは、どこかで確かに見覚えのある人だった。一瞬驚いたように目を見開いたその人は、私たちが誰かすぐに思い当たったようで目を細めた。
5年か6年くらい前のことだったけど、私も合コンなんて一回しかしてないし、ずっと席についてひたすら飲んでいた相手側の幹事の顔くらいはおぼろげに覚えている。おぼろげに。こんな顔だったとは記憶の片隅にある。
「ただいま。リビング使うから仕事部屋にこもってて。」
秋の一言に、秋の彼氏がとたんにむっとなる。
「秋の友達なんだから仲良くしたいな。」
「作家先生なら空気を読め場を察しろ。」
秋が無茶ぶりしてるな、と思うと、彼氏さんがこてんと首をかしげる。そうか、この年でもこのしぐさが似合う男がいるのかとぼんやりした頭で考えてると、秋が私をじっと見ていた。
「作家先生が想像力に事欠いてるみたいだからかいつまんで説明してもいい?話に混ざってほしくないけど説明しなきゃいなくならないと思うから。」
かいつまんで説明と言っても、秋が知る私と赤沢の話は、何かがあった、と文字通りの内容でしかない。
それに連絡もせずに(我々は聞いたのだけど秋は問題ないと連絡もしなかった)部屋に来たのだから説明責任もあるだろう。特に支障はないから頷くと、秋が部屋のすみに 彼氏を引き連れていく。座っといてと言われて空と二人ソファに腰を据える。
「だから女同士でしたい話なの!部屋に行って!」
交渉が決裂したのか、ぼそぼそ話していた秋の声が高くなる。
「じゃ、そのメール見せてよ。」
秋の声に釣られたのか、彼氏さんの声もいくぶん大きくなった。
「見せたら部屋にいくのね?赤沢君のアドレス消したりしないよね?連絡先消したりしたら部屋借りるから!」
…どうやら彼氏さんが納得してないのは男からの連絡らしいと勘づいて空を見れば、空もそう理解したらしく、面白そうに隅の二人を見ていた。
「…とりあえず見せてよ。」
返事を保留にした彼氏さんに、やっぱり単なる嫉妬だな、と思う。
「連絡先とか消さないって約束してくれたら見せる。」
今までにこうやって嫉妬に駆られた彼氏さんに誰かの連絡先を消されたのか、秋は頑として譲らない。
「わかった約束するから、見せて。」
「見たらいくのね?」
「行きます。約束します。」
秋のこれ以上の譲歩を諦めたらしい彼氏さんに、秋がスマホを差し出す。
「これの後にどうしてか聞いたらこのメールがきた。」
秋がタップする画面を見つめていた彼氏さんが顔をあげる。
「これって」
「作家先生の意見は要りません!部屋に行って!」
貴重かもしれない作家先生の意見をさっと遮ると、秋は彼氏さんに1つのドアを指差した。
「わかったよ。」
仕方ないと言いたげな彼氏さんは立ち上がると振り向いて、ごゆっくりと挨拶をしてそのドアをあけた。でも彼氏さんはもう一度振り向いて私たちの方を見た。口を開いた瞬間に、冷たい秋の声で、行って、と言われると、苦笑してそのまま部屋を出ていった。
「秋はツンデレか。」
私の感想に、秋が嫌そうに顔をしかめる。
「デレてませんけど!」
この家のソファは3人掛けで、私を空と挟むように隣に秋が不満げに体を落とす。それをクスリと笑ったのは空だ。
「本人の前ではツンだけど、のろけてる時とか十分デレだよねぇ。」
「のろけた記憶なんて一っつもないんですけど!」
「私の話の前に、十分のろけてたよ。ね、空。」
空を見れば、空も頷く。
「あれは秋ののろけに間違いないと思う。やっぱり恋愛となるとBLに向ける愛とは違うんだね。」
「のろけてないし、それに私の話をしに来たわけじゃないし!菊ちゃん、さっきまで泣いてたのに、何で今普通に話してるわけ?!」
今普通に話している理由?
「ここに移動しながら、私悲劇のヒロインじゃないんだから、って自嘲しちゃったからかな?」
確かに私は恋に破れてしまったけど、そもそも結果は分かり切ったことだったわけで、ついでに言うと本命さんからすれば2番目の彼女なんて許されないことをしてたのも確かなわけで、ヒロインぶって泣く理由なんて、一つもないんだとたどり着いてしまった。
今日は祝日だったことを公開したあと気づいた。まあいいか。