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「菊ちゃん久し振りだね。」
空の笑顔にほっとする。空は今幸せな恋の真っ最中だ。
「本当だよ。菊ちゃん社会人になったらとたんに付き合い悪くなるし。」
ちょっと不機嫌な様子の秋は、私をにらむ。
この二人は大学のゼミで仲良くなった二人で、赤沢のことも良く知っている。
…だから、あの恋のことは話せずにいた。
「ようやく仕事になれて余裕が出てきたんだって!」
本当はいつ来るかわからない赤沢のために予定を入れないようにしていただけだ。いや、この2人に会うのを意図的に避けていたせいもある。…本当に何をやってたんだろう。
「はいはい。菊ちゃんは真面目だね。」
本気でそうは思ってなさそうな秋は、すでに不機嫌さを捨てている。ずっと会う約束を果たさずにいた私に、怒っていたことを示しただけだ。
「そうそう、不真面目な秋は付き合いはじめてすぐに同棲するし?」
からかうように秋を見れば、知らなかったらしい空が目を見開く。会ってはいなくても連絡は取っていたから二人の動向はしっている。
「秋!付き合いはじめたって聞いてたけど、それは聞いてない!」
実は私も本人が隠そうとしていたことを何かの拍子にぽろっとこぼした言葉で気付いただけだ。
「何のこと?」
秋はしらばっくれることにしたみたいだ。
「うそだって目が言ってるけど?」
空の指摘する秋の目は、確実に落ち着いてない。
「このあと秋んち行こうか?」
私がそう言えば、秋がうう、と唸る。
「私だって、何をどうしてそうなったのか知りたいよ!」
がばっとテーブルに突っ伏す秋は本気で言ってそうだ。注文したてで何もテーブルになくて良かった。
「え?秋は無理矢理同棲させられてるの?」
空が心配した表情になる。
「新作が読めるって言われて…すぐに読みたいって確かに言ったけど…それって同棲することになるの?」
顔をあげた秋の言葉に空と顔を見合わせて、同時に首を横に振った。
…秋の彼氏さん、腹黒溺愛系か。
初めての彼氏が腹黒溺愛系とか、流石秋。持ってるものが違う。
「ならないよね?そうだよね?作家先生の頭の中は偉大だよね。それで同棲することになるんだよ?」
「えーっと、秋。合コンした時の幹事と付き合いはじめたとは聞いてたけど、何の作家なの?」
聞きたいことは色々あるけど、順を追って解明していこう。
「BL」
私は空を見て、空も私を見た。
「…女性?」
私が怖くて口にできなかった言葉を、空が口にした。
「違う!合コンの幹事だったっていったでしょ。」
…確かにあれは性別男だったと記憶しているけど。
「そっちに目覚めたの?」
秋のお陰でそちらの知識も多少は蓄えている。
「違う!ノンケだった!私だって騙された!」
つまり?そっちだと思って油断してたらぱくっと食べられたってことか。
「油断大敵。」
「忠告遅い。」
恨めしそうに見られても、その経緯を知ったのは今だからね?
そのタイミングでランチプレートが目の前に並んだ。
「秋にしては警戒心無さすぎだね?」
空が不思議そうにサラダをつつく。
確かに顔で言い寄られることの多かった秋は、それを捌く術を身に付けていて、警戒心の塊だったと言っていいだろう。
「だから油断してたんだって!」
敵に剣を刺すかのようにメインのハンバーグにフォークをさす。折角の肉汁が流れ出ちゃうよ?
「油断してたからって、同棲まで許すとは思えないんだよね。」
私の言葉に空も頷く。
警戒心の強い秋がいくら腹黒溺愛系に絡めとられたからって、同棲までいくわけはないと思うのだ。というか一回くらいなら過ちとして処理しそうかな、と言うのが私の秋のイメージだ。
「人として尊敬はしてるから。」
不服そうに呟く秋に、ああ成る程と納得する。
「秋が尊敬するなら、同棲までいくかもね。」
空も頷く。
「結婚式には呼んでね。」
「何で同棲すら流されただけなのに結婚の話になるわけ?!」
声を潜めて叫ぶという高等技術を披露した秋に、私と空は首をかしげる。
「人として尊敬してるなら結婚もありでしょ。」
「ないわ!」
そもそもなぜ流されたのか秋は自覚がないらしい。
「秋が尊敬するって相当だよ?」
私が空を見れば、空も頷く。
「作品が素晴らしいんだよ。」
「秋は常々言ってたよね?作品には人間性が出るって。良かったね、尊敬できる人と巡りあえて。」
空は純粋に喜んでいる。
「だから、それとこれは違うでしょ!」
秋だけがまだ現実を認められないらしい。
「ま、秋の彼氏さんなら、うまくやるよ。」
流されて同棲まで持ち込んだのだ。結婚も早いかもしれない。
「何で友達の心配しないの?!」
私も空も秋の言葉に目を瞬かせる。
「「幸せそうだから?」」
空とシンクロした言葉は、我々の総意だ。
ぐちぐちと不幸せそうなら別れを勧めるが、秋のこれはのろけにしか聞こえない。
「絶対間違ってる!」
また秋がハンバーグにフォークを刺す。空と顔を見合わせると、クスリと笑い会う。
「意外ではある組み合わせだけど、いい組み合わせだね。」
空がうんうん頷きながら、秋に視線を向ける。
「何で自覚ないのかな?」
「それか秋でしょ。まあ幸せそうで何よりだ。」
本当にそう思う。
つきりと胸が痛むのは、幸せな恋をする秋を見て終わらせてしまった幸せでなかった恋を思い出したせいだ。
まだ赤沢との幸せを望んでいるからではない。…たぶん。