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「足延ばすなら車で?」


 大手を振って賛成、という気持ちではないけど、赤沢の案を最後まで聞いてみようと思った。


「いや、今回は車は使わないつもり。美術館は電車で行けるし、駅から歩ける距離だから。」

「…車の方が楽じゃない?」


 美術館に行くのはターミナル駅とうちの地元を結ぶ路線上の位置ではあるけど、電車を使わなくてもいいんじゃないかと思うのだ。


「あの時、俺らは車はなかったし…それに車だとずっと菊花に触れられないから。」


 赤沢の言葉に、ふいにドキリとする。


「…電車は人目があるけど?」

「バカップルみたいにイチャイチャしたいわけじゃない。触れてる体の一部だけでも菊花をずっと感じたい。」

「…それがバカップルじゃないの?」

「違う。」


 不満そうな声にちらりと赤沢を見れば、赤沢は私をじっと見ていた。


「何?」

「菊花に触れたい。」


 その目には熱がこもっていて、私はあわてて前に視線を戻す。


「今はダメだよ。」

「さすがにしないよ。」


 クスリと笑う赤沢の視線から熱が引いたのを感じて、ほっとする。

 …今はまだ。


「ごめん。俺の考えだけでホテル取ったから、菊花が嫌だって言うんなら、考える。」

「…普通に、日帰りどころか通勤してる距離で旅行とか思わないよね?」

「ま、そうだろうね。」

「赤沢は本当にそれでいいの?」

「菊花がそれでいいなら。できたらそれがいい。」

「…旅行って言っていいのかな?」

「いつもと違う、ってところが大事なんじゃないの。」

「そう?」

「それに…俺は家でゆっくりする方が性にあってるくらいだから、あんまり出かけなくてもいいし。」


 …そういえば、赤沢がそんなことを言っていたのは記憶にある。


「本当は旅行とか行きたくない?」


 あの誤解が解けた後、日帰りできる距離ではあったけど遠出することは何度かあった。


「菊花がいれば正直どこでもいい。」

「それ、答えになってなくない?」

「菊花といられるなら、どこへでも行くよ。」

「…私が違うところに行きたいって言ったら…それでもいいの?」


 赤沢の答えに言葉に詰まりそうになる。…赤沢が私を大切にしてくれていると感じることはいくらでもあったけど、こんな風にストレートに気持ちを言葉にして重ねられることは、そんなにないから。

 自分の耳が赤くなっているだろうことはわかる。


「俺の案が却下されるのは残念だけど、菊花が嫌がるなら仕方ないよ。そもそも旅行らしからぬ旅行なのはわかってるし。」

「分かってるんじゃない。」


 私が質問したことに対する答えが今頃返ってきたことに少し呆れる。


「あ、あそこ空いてる。」


 目的地について駐車場に車を入れたところで、赤沢が空いていたスペースを指さす。


「ありがとう。」


 車をそのスペースに入れながら、何と答えようかとちらりと考える。


「菊花、そっち狭くないか?」

「ん? 大丈夫だよ?」


 助手席側のスペースが広いと感じたのか、赤沢が私越しに運転席側のスペースを確認する。


「まあ、大丈夫か。」


 運転席の座席にかかっていた重みが抜けた、と思った瞬間、赤沢に唇を奪われる。

 何も構えていなかったから、するりと私の唇に滑り込んできた赤沢の舌は、容易に私の舌をからめとる。


「ん…ふ。」


 口から洩れた声が、久しぶりに聞く自分の艶のある声だと感じて、急に恥ずかしくなる。

 唇を離した赤沢が、濡れた自分の唇の端を親指で拭いながら、指をぺろりと舐める。


「いい?」


 濡れたように見える赤沢の瞳が、私の目を射貫く。ゾクリとした、嫌悪とは違う何かが背中をかける。

 その「いい?」が何を指すのか、言われなくてもわかる。

 口を開きかけた瞬間、店から出てきた人影に、我に返る。


「ダメ。ここ駐車場!」

「ケチ。」

「ケチじゃありません。人に見せる趣味はありません!」


 その私の言葉に、赤沢がちらりと出てきた人影に視線を向ける。


「そう?」

「そう、じゃない。…おなかすいたし、店に入ろうよ。」

「残念。」


 そう言いながらも赤沢の目は、既に通常運転だ。


「残念そうにないんですけど。」


 少し恨みがましく赤沢を見れば、赤沢の目がきらりと光った気がした。


「もう一回?」

「店に行きます!」


 運転席のドアを開けると、諦めたようなため息が聞こえる。


「菊花がつれない。」

「…変なことばっかり言うからでしょ。ほら、店に行くよ。」

「まあ、店で旅行の話でもしようか。」

「あ、それはいいよ。」


 助手席のドアを開けた赤沢が怪訝そうな顔で私を振り向く。


「赤沢のプランでいいよ。」


 赤沢は何度か瞬きした後、薄く口を開いた状態で私の顔をまじまじ見る。


「いいの?」

「自分で提案しといて、何でそんなに驚くわけ?」

「いや、俺はいいと思ったけど、一般的には却下されてもおかしくないとは知ってる。」

「普通は、却下されるだろうね。」

「いいの?」

「いいの。私も赤沢とゆっくり過ごしたいって言うのには違いないから。さ、店に行こうよ。」 


 普通の旅行じゃないってことはわかっている。

 だけど、赤沢の提案の通り、赤沢とゆっくり過ごしたいと思った。

 もう一度赤沢を信じるために。


 もう一度赤沢を信じてみようと、昨日決めた。

 決めたからって信じられるかどうかはわからないけど。

 もう、後悔ばかりしたくはなかったから。

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