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「もしかして、その時から?」
赤沢の声に意識が浮上する。
「え?」
「何で話聞いてないかな。その、高2の時から、ってこと?」
「それはない。うぬぼれすぎ。」
「なんだ。」
拗ねるような声に、赤沢の顔を見てみるけど、その顔はやっぱりポーカーフェイスのままだ。
「本当に拗ねてる?」
「拗ねてる。わかんない?」
ちらっと赤沢が私を見る。
「…赤沢のポーカーフェイスから表情読み解けって方が無理でしょ。」
「そう?」
そのポーカーフェイスが、嘘をつかれても気づけないんじゃないかと不安を呼び、清廉潔白だと思っていた赤沢がずっと嘘をついていたという事実が、私の中から小さなわだかまりを消し去ってくれない。
赤沢を信じたいのに。
もうあんな嘘はつかれるはずはないと、赤沢のこの半年を見ていれば、信じてもいいはずなのに。
「自分の表情、鏡で見てみて。」
「表情に出るから真実とも限らないでしょ。」
…確かに、そうなんだと、今更気づく。
「言葉だけが真実とも限らないでしょ。」
それでも、そう言わずにはおられなかった。
「…そうだな。菊花のことを傷つけたのも俺の嘘だからね。」
静かにそう言う赤沢の声には、反省した気持ちが載っているように思えた。
「あんな馬鹿な嘘、もう二度とつかないよ。誰も幸せにならない嘘、ついても仕方ないのにな。」
ため息とともに吐き出されたのは、赤沢の後悔なのかもしれない。
「誰も幸せにならない嘘、か。私が2番目でいいって言ったのも、そうだね。本当は1番目になりたかったのに、2番目でいいとか言って。もし赤沢に他に本命がいたとしたら、誰も幸せにならない嘘、だね。」
私だって、嘘はついていた。その程度の差はあると思うけど、誰も幸せにならない嘘、というところで見れば、赤沢と同じだ。
「何でそんな嘘ついちゃったんだろうね。」
ため息が漏れる。今となれば、その時の自分の気持ちを完全には理解できないと思える。
「目の前のことに必死で、大切なことを見失ってたのかもしれない。」
大切なことを見失ってた。
「恋をすると愚かになる、って誰か言ってた気がする。」
どこで聞いたかも思い出せないけど。
「確かに、愚かだったね。今も愚かかも。」
続いた赤沢の言葉に、赤沢の顔を見る。
「どうして?」
「今も恋はしてるから。疑ってる?」
ちらりと私を見た赤沢の視線は、とても…甘い。
「…疑ってはない。」
それは、赤沢が嘘を告白した後、私に向けてくれている視線で、大切にされていると感じられる視線だから。
赤沢を信じたい。
…そう考えている時点で、まだ信じ切れていないのだと、自分の小ささに呆れてしまう。
「私もまだ愚かなんだろうね。」
「そうでなきゃ困るけど。」
好きな人を信じきれないことも、恋が引き起こす愚かさの一つなんだろうか。
「ゴールデン・ウィーク、どこか行きたいところある?」
家の前に着くと、赤沢がふいに質問してきた。
「…尾道?」
「何で疑問形?」
「赤沢が行きたいと思わないかもしれないから。」
「そういうこと。まあ、いいけど。他にも行きたいところとかは?」
「神戸とか?」
「何で疑問形?」
「この間も行ったしな、と思って。」
「別にいいよ。日帰りできそうなところだと範囲も限られるしね。」
「というか、明日も会うのに、何で今?」
ついでに言うと、お酒を飲んだ後でちょっと眠気に襲われかけてるから、あまり考えられる気がしない。
「このタイミングのほうが菊花が本当に行きたいところ言うかな、と思って。」
「眠いのに無理じゃない?」
「寝ぼけてるとき、本音言うことあるんだよ。」
「悪趣味。普通に聞いてくれて大丈夫なんですけど。」
きっとそれがまだ私が赤沢の嘘を信じていた時のことだと気付いて、寝ぼけて何を言ったのか簡単に想像できてしまう。
「好きだよ。」
赤沢の不意打ちに、自分が赤面するのがわかる。
「そんな話、してない!」
「じゃあ、明日またどこに行きたいか教えて。」
赤沢はクスリと笑う。
「…分かった。」
外に出て、ドアを閉めようとして止まる。
「どうした?」
赤沢が私を不思議そうに見る。
「私も。」
その先を言わなくても、赤沢は嬉しそうに笑った。
…この気持ちに、嘘はない。




