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「鈍くて自分の気持ちを表に出すのが得意じゃなくてそこがまたかわいいんだったよな?」


 桜佳の言葉に、うずくまっていた赤沢が起き上がって頷く。よろめく赤沢を支えるために腕を組む。


「か…わいい…妹さん…がいるんでしたね。」

「二人とも知り合いなの?!」


 二人の会話に、初対面ではないことがわかる。


「取引先。」


 桜佳がそう言って大きなため息をつく。


「菊花…さん…だったんです…ね。」


 けほ、けほ、とむせ込みながら赤沢が桜佳を見る。


「菊花の名前呼ぶな。赤沢君に名前呼ぶ資格なんてないだろ。」

「桜佳! 赤沢だけに責任がある話じゃないの!」

「責任がない話でもないだろ。」


 桜佳が赤沢の胸倉をつかむ。


「ちょっと、桜佳! やめてよ!」


 桜佳が本気を出したら、有馬や皐月の比じゃないのは明らかだ。


「菊花、離れろ。」

「いや! 赤沢が殴られるのも嫌だし、桜佳が殴るのも見たくない!」


 必死に赤沢の腕をぎゅっとつかむ。

 桜佳が静かに息を吐く。…諦めてくれた?


「有馬、皐月、赤沢君から菊花離して。」

「嫌! 絶対嫌!」


 更にぎゅっと赤沢に縋りつくと、赤沢が私の腕を軽くたたいて、首を横に振った。


「お兄さんたちの怒りは当然のことだよ。いいから。」 

「良くない! だったら、私も!」

「何が私も、だよ。菊花、ほらこっちに来い。」


 呆れた声の有馬が、私を赤沢から引き離そうとする。


「やだ! どうして私の恋愛なのにお兄ちゃんたちが赤沢に罰を与えるの!? 私がいいって言ってるんだからもういいの! もうやめてよ!」

「菊花の兄だからですよ。」

「そんなのおかしいよ! 私の兄だったら、私の好きな相手に何してもいいの?!」

「違う。こいつは菊花をないがしろにした。」

「そうかもしれない。だけど、それを受け入れてたのも私なの! それでいいって言ったのも私なの!」

「ちょっと、あんたたち。騒ぐにしても…。」


 急に開いたドアから、母が顔を出す。


「ちょっと、何やってるわけ?」


 母が赤沢の胸倉をつかんでいる桜佳をにらむ。


「こいつが菊花を…。」


 赤沢の胸倉をつかんだままの桜佳に、さっと近寄ってきた母に足を踏まれる。…母は兄たちに対してやや暴力的ではあった。最近では見ることもなかったけど。昔なら間違いなく蹴ってた。


「何だよ!」


 桜佳が母に食い掛る。


「とりあえず手、離しなさい。人様によってかかって何かするとか、空手で習ったわけ?」


 母の言葉にバツが悪そうに桜佳が手を離す。


「このカートが倒れてるのは、もう何かした後ってこと?」


 母が私たちの顔を順番に見る。

 桜佳も皐月も有馬も、母とは目を合わせようとはしない。私は小さく頷く。


「ちょっとあんたたち!…まあ、説教はあとでいいわ。あの、ごめんなさいね。桜佳空手習ってたから、結構強烈なパンチだったんじゃない? 大丈夫?」


 母が赤沢に申し訳なさそうに声をかける。


「いえ、大丈夫です。」

「まあね、子供の喧嘩に親が口出すのもどうかと思うけどね…。」


 そう言いながら母は私たちをもう一度順番に見る。


「えーっと、彼は菊花の彼氏ってことでいい?」

「はい。お付き合いさせていただいている赤沢と言います。」

「俺らは認めない。」


 赤沢が挨拶するのを速攻有馬が拒否した。それに母がため息をつく。


「…一体何があったかは知らないけどね、うちは別に平々凡々な家だし、菊花が付き合う相手に口出す必要ってないと思うわけ。」


 …そもそも母はどちらかと言えば放置気味な人だから、そんなこと言いもしないだろう。


「だけど!」


 桜佳の反応に、母が桜佳をじっと見る。


「あんたたちが菊花のことかわいがってくれてるのはわかってるし、ありがたいとは思ってるわよ。でもね、菊花はあんたたちの所有物じゃないわけ。」

「所有物だとか、考えたこともないですよ!」


 皐月が首を横に振る。それには有馬も桜佳も頷いている。私も物として扱われていた気はしないから、同じように頷く。


「なら何で菊花の恋愛に口出してるの?」

「心配してるからでしょ。それ以外にないでしょ。」

「菊花に辛い思いをしてほしくないからです。」

「菊花を泣かすやつなんか許せるわけないだろ。」


 ほぼ同時に3人が声を上げたせいで、何を言っているかははっきりとわからなかったけど、とりあえず私を心配してくれているんだということだけはわかる。


「別々に言ってほしかったけど、まあいいわ。あんたたちが菊花を心配してるってのは何となくわかった。けど、あんたたち、自分の恋愛に家族から口出されたい?」

「…別にいいけど。」


 唯一桜佳だけがそれに同意した。


「桜佳は別にいいって言ってるけど、家族が何と言おうと自分が決めた相手を選ぶでしょうよ。だから家族に口出されてもいいわけでしょ。」

「…そんなこと、ない。」

「自分が頑固だってわかってる? こっちは小さいころからそれに困ったって言うのに。」


 呆れたように言う母が、子供の性格を見極めていたということに、少し驚く。


「それはそれ、これはこれ。菊花の話と俺のことは無関係だ。」

「どう無関係なの。」

「俺は俺の責任で傷ついても何してもいいと思ってる。だけど、菊花はできたら傷ついたりしてほしくない。」


 桜佳の言葉に、有馬も皐月も大きく頷いている。

 母はと言えば、呆れたように3人を見て、大きくため息をつく。

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