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 神妙な面持ちで赤沢がうちの玄関のドアの前に立つ。

 乗ってきた車は、一番近いコンビニに置いてきた。そこから歩いてうちに来たから、誰も私たちが家の前にいる気配には気づいていないだろう。

 赤沢を勇気づけるつもりで隣に並ぶと、赤沢が小さく頷く。

 触れた手をそっと握ると、赤沢が強く握り返してきた。


「手を繋ぐの好きじゃないと思ってたけど、菊花だと違うな。」


 ぼそっと呟くような言葉に、この2年半手を繋ぐことがなかった根本的な理由を知る。

 そしてそれが、喜びをもたらしてくれた言葉だと、赤沢は気付いているだろうか。




「菊花お帰り。」


 ドアを開けた有馬は、赤沢には視線を向けず私に笑いかけると、私の手を取ろうとして初めて赤沢を見た。

 …と言うより睨んだ。

 赤沢はその視線をまっすぐ受け止めると、深々と頭を下げた。


「菊花さんに辛い思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした。」


 でも有馬は赤沢と繋いでいた私の手を引き剥がすと、無言のまま私を玄関に引き入れようとする。


「有馬、聞いてよ!」


 私は精一杯の抵抗をする。


「あ、これが例のやつね。」


 後ろから聞こえてきた声に顔を向ければ、皐月が立っていた。必要もないのにいつもはかけている眼鏡を外したのは、何かする気満々なのかもしれない。


「有馬、どうしたの?」


 リビングから母が顔を出す。


「お客さん?皐月も揃ってどうしたの?」

「久しぶりに友達に会ったんです。有馬も菊花も知り合いだから、ちょっと話しようか、って言ってたところで。」


 知り合いでも何でもないのに赤沢の肩に皐月の手がかかり、赤沢の体を起こす。


「あら、いらっしゃい。でもあんたたち、玄関先で騒がないで中に入りなさいよ。」


 母はそれだけ言うと、さっさとリビングに引っ込んだ。


「騒ぐかもしれないから店に行くね。」


 有馬の声には返事はなく。唯一止めてくれそうな相手に反応がないことを諦めるしかなさそうだ。


「店に来て。」


 冷たく赤沢にそう言うと、有馬が私の手を引いて離れの店へ歩き始める。

 申し訳ないと赤沢を見れば、赤沢は優しい目で首を振った。


「桜佳は来るんですか?」

「たぶん来るよ。」


 皐月に対する有馬の返事に、ため息しか出ない。


「会わないんじゃなかったの。」


 有馬の手を引けば、有馬がにっこり笑う。


「菊花は会って欲しかったんでしょ?」

「欲しかったけど、二人とも何かする気でしょ?」


 わざわざ店に移動するなんて、それ以外に考えられない。


「謝りに来たっていうなら、言い分くらいは聞きますよ。」

「聞いた上でどうするかは、話の内容による。」


 …赤沢に兄たちの制裁を受けてもらいたくはない 。けれど、逃げるすべもない。


「暴力はやめてね。」

「…つい手が滑ったら仕方ないよね?」

「有馬!」

「足が勝手におどりだすこともあるかもしれないね。」

「皐月も!」


 私の言葉は、二人に無視されてしまった。


「さて、言い訳とやらを聞きますか。」


 店のドアを閉めると、有馬が赤沢を睨む。


「菊花さんにきちんと好きだと告げず誤解させたまま付き合い続けていたのは、僕の弱さでした。失いたくないと思って菊花さんの気持ちが分かりやすいように卑怯な方法を選んでしまいました。大変申し訳ありませんでした。」


 頭を下げる赤沢に、有馬が、は、と息を吐く。


「最低ですね。」


 皐月の視線も厳しい。


「私が2番目でいいって言ったのも悪かったんだよ。1番目にして、って言えば良かっただけの話なんだから。」

「それならこいつが最初から1番目にするって言えば済む話だよ?」


 反論を思い付けずに、口を開くことができない。


「僕が1番目にすると言えば、菊花さんを傷つけずに済んだと思います。」


 下を向いたままの赤沢の声に有馬と皐月が首を振っている。


「菊花がどれだけ無理してたかわかる?」


 有馬の言葉に、頭を下げたままの赤沢が、はい、と頷く。


「へぇ。どこが無理してたってわかるんですか?」


 皐月の挑戦的な物言いに、いつもは冷静な皐月も熱くなってしまっているのがわかる。


「意に添わない格好は無理していたんだと思っていました。」

「わかってたんなら!」


 有馬が赤沢に近付こうとするのを、慌てて止める。


「菊花止めるな。」

「止めるよ!嫌だもん!」

「菊花、止めても無駄ですよ。」


 皐月も動こうとするのを、視線で止まるよう懇願する。

 カチャリ。

 ドアが開く音に、一瞬有馬と皐月の視線が動く。


「どうなってる?」

「桜佳。」


 その声にいくらかほっとして、入り口にいる桜佳に顔を向ける。桜佳が止めてくれるんじゃないかという期待もあった。視界の端には赤沢も顔をあげたのが見えた。


「まだ、話は始まったと…。」


 そこまで言った桜佳が一瞬止まる。


「桜佳?」


 私の疑問の声が終わらないうちに桜佳は赤沢との間合いを詰めると、気が付けば赤沢の体は後ろに倒れていて、それを追いかけるように、激しい音を出して道具を置いたカートが横に倒れた。


「赤沢!」


 赤沢に駆け寄ると倒れた赤沢はお腹を抱えるようにうずくまっていてゲホゲホと咳き込んでいる。その姿に桜佳に何をされたかがすぐにわかる。


「桜佳!」


 私の横に立つ桜佳に視線をあげれば、冷たい目で赤沢を睨み付けていた。

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