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「あれ、秋から着信がある。」
たくさんあった履歴を確認していたら、有馬の名前が並ぶ中に秋の名前を見つける。
「ああ、思い違いしてたことに気づいて電話かけたらしい。」
「何で赤沢が知ってるの?」
「俺のところにもかかってきたから。思い違いなのかどうか確認のために。」
「…秋、私が帰るときにも怒ってたんだけど、何でそう思ったんだろう?」
むしろ1時間ちょっとしただけで、そう思い至れるものなんだろうか。
「彼氏さんがそう言ってるって言ってたけど。園田の彼氏さんには感謝だね。俺だったら園田の勘違いを正せた気がしない。素直に読んでくれればそう取れる内容を曲解するわけだから。」
…まあ、私がその赤沢が秋に送ったメールを読んで、素直にそう取れたかどうかはわからないけど、秋の思い込みの原因にも、理由はあるんだと思う。
「秋も空も、私たちがそういう関係だとは全く思ってなかったから、私たち二人の結婚って言葉が結び付かなかったんじゃないかと思う。多分、だけど」
「園田もそう言ってた。…園田はちょっと早とちりなところもあるしな。」
その言葉に、秋が彼氏さんと付き合うことになった原因を思い出してつい吹き出してしまう。
「何で笑うの?」
「ううん。秋はそうかもな、と思って。」
今の今まで、秋が早とちりな子だな、と思ったことはなかったけど、学生時代には気づいていなかった一面なのかもしれない。
「で、園田の彼氏さんのおかげで誤解は解けた。でも、まだ怒ってたけどな。仕方ないけど。そのうち園田と宮内にも会おう。」
「そうだね。」
そうか、とりあえず秋の誤解は解けたのか。でもあったら絶対また怒られそう。…仕方ないか。
ふと、そういえばなぜ赤沢が私の地元の駅にいたのか、ということに疑問を持つ。
今の今まで、私と連絡が取れなくて家を引き払っていたから赤沢が現れたのだと思っていたけど、よくよく考えれば、あのタイミングであの場所にいるのは、とても不思議なことだ。
「赤沢、どうしてうちの地元の駅にいたの?」
「今更?」
今更気づいたのだから、仕方がないだろう。
「そう、今更。名前呼ばれた時はそんなこと深く考えもしなかったから。赤沢のことを秋と空に説明したりした後で疲れてて考えるのを放棄してたから。」
「やけにすんなり受け入れたな、と思ったけど、疲れてたわけか。おかげで拒否されずに助かったんだとは思うけど。」
「…確かに拒否してもよかったんだよね。…全然そうしようとは思わなかったけど。」
「菊花が疲れててよかったよ。」
赤沢がは、と息を吐く。
「それで、どうしてうちの地元に?」
「菊花に連絡が取れなくて途方にくれてた。」
「…途方にくれてた?」
何だかとても赤沢に似合わない単語に、つい聞き返す。
「連絡もつかない、住んでた家も引き払ってる、連絡がつきそうなやつも何も教えてくれない。…途方にくれるだろ?」
…確かにそうかもしれないけど。
「それで駅にいるとかないと思うけど?」
「菊花の手がかりがそれしかなかったから。地元は知ってたから、それだけを頼りに来てみたけど…。」
地元の話は普通にするから、それを覚えてたんだ。
「来てみたけど?」
「駅前の道は三叉路でどっちに向かえばいいかもわからないし、駅前で聞いてみても、菊花のうちを知ってる人に偶然会えるわけでもなかったし。」
…ああ、駅は出てみたんだ。
「交番に行かなかったの?」
「田村って名字が一杯いる土地で菊花の家にたどり着くヒントにはならなかった。」
うちの地元は、小学校も同級生に田村が10人くらいいるから、皆名前呼びだったってぐらい田村姓が沢山いる地域だ。
「あ、私がこっちに戻ってきたの最近だから、駐在さんも顔見知りでもなんでもないし、それだとわからないかもね。」
田舎とは言えベッドタウンとしては機能しているから、そこそこ人口はいる。私の家にたどり着くには、情報が少なすぎたかもしれない。
「それで途方にくれて、一縷の望みで駅で待ってみた。会えるかもわからないけど、終電まで待つつもりではいた。2時間くらい待ったところで菊花が電車から降りてきて…。菊花にまた会えたことに正直ほっとした。」
「会えなかったらどうするつもりだったの?」
本来なら、私は電車は使わない。今日は飲むかもしれないと思って電車にしただけだった。
「月曜日に会社に行くつもりだったけど。どうして?」
…確かにその方が確実そうだ。
「私、いつもは車で移動してるから、今日だから駅で会ったんだよ。」
「そうか。終電まで待つ可能性の方が高かったわけか。今日はどうして?」
「今日は秋と空に会って飲みに行くかもって思ったから。」
「…偶然に助けられたってわけか。でも、会えて良かった。…会えて良かった。」
最初の“会えてよかった”は自分に向けて、次の“会えてよかった”は私に向けて言われているかのような気分になる。




