18
返事をしない私に赤沢が視線を揺らす。
「菊花が納得できるまで説明するし、待つ。でも、自分に都合のいいことばっかり言ってるってわかってるけど、菊花からの返事はイエス以外は要らない。悪いけど、菊花のいない未来なんて考えられないから。」
私のいない未来を考えられない。
その言葉が、私の心を揺さぶる。
「私だって、赤沢のいない未来なんて…考えたくなかったよ。」
涙が決壊したように溢れてくる。
赤沢の指が私の目元を拭う。
「俺のいない未来なんて考えなくて良いから。結婚して?」
「もう赤沢のいない未来を考えなくていいの?」
「いいって言ってる。」
「本当に?」
「本当に。」
赤沢の念押しに…ようやく結婚と言う言葉が現実味を帯びる。
それと同時に、結婚が私たち二人だけの問題ではないことを思い出す。
「誰にも祝福されなくても?」
「え?…あ、園田たちか。一応誤解は解いたつもりだけど、あいつらだったら菊花の幸せを祝ってくれるよ。」
うん。秋と空はものすごく怒ってた。いつ誤解を解いたのか聞きたいことはあるけど、秋と空は一番の難関なんかじゃない。
「うちの兄たちも誤解してるから…。」
赤沢が目を見開く。
「2番目だって?」
「そう。ものすごくシスコンで心配性で、隠してたけどばれて。だから私と同じ誤解したまま。今も家で怒ってると…。」
「あー!俺バカ!菊花の家族にそう思われるとか考えてなかった!」
「普通は妹の恋路は知らないと思うよ。ちょっと行きすぎてるんだよね、うちの兄たち。」
「…とりあえず謝罪しにいかないと。菊花行こう。」
赤沢が私の手を持って動き出す。
「母さん、車借りるな。」
一階の奥のドアはダイニングで、そこに顔を出しただけの赤沢はさっさとドアを閉める。
「ヒデ!?ちょっとまちなさい!紹介してくれるんじゃないの?」
慌てた様子の赤沢のお母さんは、そのドアを開けて私に視線を向けるとぎょっとした顔になる。
「ヒデ!女の子泣かすんじゃない!」
赤沢を押し退けて私に向かってきた赤沢のお母さんは私の手をつかむと、また赤沢を押し退けてダイニングのドアに向かって歩き出す。
「ごめんね、うちのバカ息子が。無表情でひどいこと言ったんでしょ?」
ダイニングのドアを抜けて進んだ先は洗面所だった。
「とりあえず化粧落として?クレンジングはこれだから。」
控えめにしか化粧はしてなかったけど、確かに涙で崩れていた。
「ありがとうございます。」
「いいのいいの。バカ息子が悪いんだから。これ化粧水ね。」
私に化粧水を示すと、赤沢のお母さんは洗面所から出ていく。鏡を見て気付いてもらってよかったかもと思う。…この状態で有馬の前に出たら、赤沢の印象は更に悪くなりそうだ。
ありがたく好意を受けることにして、クレンジングに手を伸ばした。
「洗えた?」
赤沢のお母さんが洗面所に顔を出す。
「はい。ありがとうございます。」
私が顔を向けると、赤沢のお母さんがにっこり笑う。
「我が息子ながら美人捕まえたわね。はい、これ蒸しタオル。目元に当てて?」
「…えーっと、ありがとうございます。」
何て答えていいかわからなくて、とりあえずお礼を言ってタオルを受けとると目元に当てる。
「俺の彼女口説かないでくれる?」
赤沢が洗面所に現れたみたいだ。
「だって美人なんだから誉めるでしょうよ。と言うかあんたね、こんな美人捕まえて何泣かしてるわけ?振られたわけじゃないでしょうね。」
「うるさい。ふられてないし。」
「なら何で人に紹介もせずに連れていこうとするのよ。」
「彼女…菊花の家族にされたくない誤解されてるのがわかって。…謝りにいくんだよ。」
「誤解なのに謝りにいくって、あんたが悪いことしただけなんでしょ。誠心誠意謝ってきなさいよ。付き合い反対されて別れることになったら親子の縁切るわよ。」
赤沢のお母さんのあまりの言いように、つい吹き出す。
「うるさいな。言われなくてもそうするし。菊花も笑うなよ。」
その赤沢のすねた声に顔をあげれば、赤沢の表情もすねていた。
クスリと笑った後、赤沢のお母さんに自己紹介もまだだったことを思い出す。
「あの、田村菊花と言います。赤沢くんとは大学のゼミで知り合って…。」
「大学卒業した頃から付き合ってる。」
私の言葉をさらった赤沢にちょっとむっとする。
「ああ、ヒデかずっと隠してた彼女ね。そりゃ、手の内に入れて大事にするわよね。」
ものすごく誤解している赤沢のお母さんをどうするつもりなの、という気持ちで赤沢を睨む。
「母さんに会わせたら振られそうだから。」
しれっとそう言いのけた赤沢に、あの一連の騒動が赤沢のお母さんの耳に届いたらどうするつもりなんだろうと思う。
「振られるとしたら自業自得でしょ。」
真実は知らないはずなのに的を得たお母さんの指摘に、赤沢がぐっと詰まる。
「…何でそんなこと…。」
赤沢もまさかそんな指摘をされると思ってなかったらしく、ちょっと目が泳いだ。
「休みの日にデートにもいかずに寝てばっかりいる息子見たら、いつ振られてもおかしくないと思うでしょ?」
ああ、なるほど。と私が納得したのと同じように赤沢も納得していて、少しほっとしたみたいだった。




