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「違う。菊花と体を繋げた時から付き合ってるのは菊花しかいない。菊花はずっと2番目じゃなかった。」
…2番目じゃなかった?
「どう…いうこと?」
「そのままの意味だよ。俺が付き合ってたのは菊花だけ。」
なにを!
体ごと振り向こうとすると、弛んできていた赤沢の腕に力が込められて振り向けない。
「嘘!結婚決めた彼女がいるでしょ!」
前を向いたまま気持ちと一緒に暴れることも出来ずに、声だけで抗議する。
流されてしまえば、一時は幸せかもしれない。でもその幸せが赤沢のちょっとした執着から来るものなら、終わりも見えている。
終わりの見えている恋など、もうしたくはない。赤沢に好きだと言われて嬉しい気持ちは間違いない。でも、一時の幸せにすがることはやめると決めたのだ。
私の決意を感じたのか、耳元にため息が落ちる。…もう赤沢に終わりを告げてもらいたい。それがこの恋の一番いい結末なんだと思うから。
「自業自得だとは思うけど、直前まで菊花の話だったのに、結婚するつもりって書いたのが、何で別のやつと結婚する話になるんだろうな。確かに誰ととは書かなかったけど、あの流れなら菊花としかないだろうに。話をスムーズにするつもりが、余計に話がややこしくなったみたいだし?俺には園田の思考回路が理解できない。」
赤沢が話している内容が頭の中を上滑りする。
…園田って秋のことだよね?
えーっと、話をスムーズにするつもりがややこしくなった?
結婚?
「え?」
「プロポーズする前にねじ曲がった情報が本人に届くとか、カッコ悪いな。」
力を緩めた赤沢の頭が私の肩に乗った。
「あ…かざわ?」
ようやく頭の中で繋がった情報が、信じられなくて振り向く頭の動きもぎこちなくなる。
ふいに頭を上げた赤沢の右目と目が合う。
その目は、何だかいつもの赤沢の目じゃなくて、私の地元の駅で見た弱気な目だった。
手を離した赤沢が、私の体を自分に向かせる。
「菊花、俺と結婚して。」
急に現実に戻されたみたいに、肩に置かれた赤沢の手の熱を感じる。
この熱は本物?
いや、でも!
「2番目にするって!」
私が本命なわけがない!
「あれは自分の気持ちを言わなかった俺もずるかったと思うし、居もしない本命のことを思って嫉妬してくれる菊花を見て自分を好きでいてくれるって安心したかったのもある。ごめん。」
嘘だ。
「卒業前にも付き合ってる彼女いたじゃない!」
「卒論発表の前には別れてた。言わずにごめん。」
だって!
「社会人になってからも彼女いたでしょ!」
「菊花以外いないし。…それいつのこと?」
「就職してすぐくらいの時!」
少し間があって赤沢が首を横にふる。
「覚えがない。」
「だって、腕組んでた!背の小さいフワッとした子と!」
そこまで言うと、赤沢がハッとする。
ほら嘘だ。
「あれは!酔っぱらいに絡まれただけ!…確かに言い寄られはしてたけど、きっちり断ってる!」
…ものすごく複雑な気分になるのは致し方ないよね?でもまだ赤沢は嘘をついてる。
「今の彼女と幸せそうにしてた!」
「だから、俺の彼女は菊花以外いないんだって!」
肩に置かれた赤沢の手に力が入る。
「この前に連絡くれた日に会ってたでしょ!」
赤沢の目がさ迷う。
「この前って…飲み会があっただけだけど?」
「9時頃に赤沢が好きそうなフワッとした子と歩いてるの見た!」
赤沢が目を見開いた。ほら、言い逃れ出来ないでしょ!
「それは!二次会に向かってたときだよ!…たまたま側にいたのを彼女と勘違いしたんだな。」
「だってその人に笑いかけてた!」
赤沢だって自分が興味関心のないことには無愛想だって自覚はあるだろう。赤沢がため息をつく。
「社会人なんだから、同じ部署の人から話しかけられれば普通に笑いもするよ。ちなみにそのフワッとした人は年甲斐もなくあんな格好する人で40近いから。」
…嘘でしょ?
私の視線を赤沢が困った顔で受け止める。
「他に聞きたいことは?」
「赤沢の都合のいいときにしか会ってなかった!」
「単に2番目だって菊花の勘違いを続けたかっただけで、仕事に夢中になってただけだった。ごめん。」
「どうして!」
「菊花は、普通に仄めかしたりアプローチしても全然気付きもしなかった。」
アプローチ?にわかに信じがたいけど、赤沢の目は真剣だ。
「いつ?」
「3年の夏前くらいかな。」
3年の夏前…。私も赤沢を好きになっていた頃だ。でも。
「そんなこと感じもしなかった。」
「だろうね。脈がないのかと思って彼女つくれば、傷ついた顔するから、やっぱり好かれてる気はする。でも、やっぱりアプローチしても反応がない。俺のことを好きなのかどうかわからなくて、それ以上はっきり菊花に言葉にすることも出来なかった。」
「秋も空も赤沢が私に気があるなんて気付いてもなかった!」
あの二人すら気付いてなかったのに私が気付くわけもない!
「俺は菊花と二人の時にしかそんなこと言わない。それに人に気付かれるように感情漏らしてるつもりはない。」
赤沢がため息交じりに笑う。




