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「ここも、駄目だね…。」
私が行こうと思っていた店は、残念ながら貸し切りだった。もう一つ思いついた店は臨時休業で。何だかとことんついてないのは、私の日頃の行いのせいなんだろうと思えるほど。あと残るのはチェーン店の居酒屋か、大衆酒場みたいなところで、落ち着いて話は出来そうにない。
「あの店でもいい?」
私も良くはないけど、選択肢としてはチェーン店の方が区切られてる分ましだと結論付ける。
「悪い菊花。ここまで連れて来てもらって何だけど、やっぱり人のいるところじゃ話したくないことだから、店はやめよう。」
…そうだよね、一応地元に近いところで、誰か知り合いでもいて聞かれたら困るよね。
…でも、じゃあどこで?
「私の部屋引き払っちゃったから、場所は提供できないんだ。」
「そうだな。」
驚きもない赤沢の肯定の返事に、赤沢がわざわざ私の借りていた部屋に足を運んだのだという事実を知って、少しだけ嬉しくなる。私の地元の駅にいた時点でそれ以外は考えられないのに、今の今まで抜けていた。ああ、ここで喜ぶとか馬鹿だな私。
「…俺の家でもいい?」
「だって、お母さんいるでしょ?」
少し非難めいた言い方になってしまったのは仕方ないと思う。赤沢はずっと実家に住んでいるから、もちろん母親と同居している。そんなところに婚約者でもない女を連れてくるなんて、普通の神経をしていたらいい気分になりはしないだろう。私が学生時代によく顔を出していたとかならまだ説明はつくかもしれない。でも、一度も赤沢の実家に行ったことなんてなかったから、婚約者ができた今、見知らぬ女を連れ込む息子を怒らない母親はいないと思う。
たとえそれが我々の関係をきれいさっぱりなくすための儀式だとしても、2人きりで話すことには違いないし、そんなことを理解してくれる人がいるとも思えない。
「今日は夜勤だからいないよ。」
「そう、なの。」
赤沢の母親は看護師で、だから夜勤なんかがあるわけだけど、そうだからと言って、赤沢の家に行っていいものかと迷う。誰かに見られてしまう危険性はあるわけだから。2人きりでいたことにあらぬ疑いをかけられたら?
「心配することはないから、うち行こう?」
私の不安を読んだ赤沢の言葉に、赤沢が言うなら大丈夫か、とどこかで納得する。
「わかった。」
秋も深くなってきているから暗くなるのは早いけど、時間的にはまだ夕方と言ってもいい時間だ。大学に近い赤沢の家まで1時間ちょっととして、話は2時間もあれば終わるだろうから、終電までには余裕で家に帰れるだろう。
終電までに、私と赤沢は人生が交わることはなくなるのだ。
「園田たちと最近会ったりしてる?」
うちの地元から2つ隣の駅まで移動するときには、赤沢は口を開くことがなかったから、必要以上に話すつもりがないんだと思っていた。だから、ぼんやりと外の暗闇を見て英気を養っていた。これからの話に耐えれるように。
だから、何を問われたのかすぐに理解できなかった。
「え?」
「園田たちと会ってる?」
赤沢にもう一度問われて、問われていることにようやく思い至って、はっと意識を戻す。
今日会った、と言いそうになって、赤沢のメールの内容を知らないでいる方がいいのかあまり働かない頭で考える。
…いや、知っていた方が赤沢も話が早くていいだろう、とすぐ結論付けて、頷く。ほとんど考える力は残ってない。今日は色々ありすぎた。
「今日、会ったよ。」
「…そうか。」
何かを含んだような赤沢の反応に、知らない方が良かったのかと思ったけど、もう今更だ。
また英気を養うために窓の外を見る。
「髪切ったんだな。そっちの方が菊花らしいし似合ってるよ。」
まだ耳は赤沢に残していたから、赤沢の言葉を残らず拾う。あれほど褒めてもらいたくてしていた格好ではなくて、元の私の格好の方が良いと言われたことに、殊の外胸が痛む。
あの私の努力が無駄な努力だったと、本人の口から伝えられてしまった。
「それはどうも。」
そっけない返事にして、自分の気持ちが湧きあがらないように気を付ける。ああ、そうだ。
「彼もね、そう言ってくれる。」
自分の気持ちがあふれださないように、嘘で蓋をする。
「そう。」
あっさりと返された返事に、勝手に傷つく。…何で私は変わらないんだろう。今日で終わりだって頭ではわかっているのに。
顔を外に向けていて良かった。にじんだ涙は気付かれるわけがない。
前に住んでいた部屋では簡単に張れていた虚勢が、今となっては張れなくなっていた。もう個人的に会うわけがないと油断していたところもある。髪を切って自分の好きな格好にして、自分は変われたんだと過信していた部分もある。今日の一日が色々ありすぎて、疲れてるのも影響しているかもしれない。
できると思っていた嘘をつくことが、難しいかもしれないと、ようやく気付く。




