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 最近は見ることもなかった普段着で、その格好は大学時代を思い出させてくれた。そしてそのことに、休日を一緒に過ごすことができない相手だったのだと思い知らされる。


「誰?」


 達哉くんが私のとなりに並ぶ。


「友達。何か用があるみたいだから、私はここで。」


 赤沢の口から残酷な言葉を聞かざるを得ないだろう。本当は待てずにスマホを買い換えたのだって赤沢の口から直接別れの言葉を言われたくなくて、連絡をたってしまっていたのだけど。自業自得とわかっていても自分の身はかわいい。出来るだけ傷付かなくて済むように、赤沢からの残酷な言葉を聞くことなく終わりにして、大きな傷ではなく、じくじくした弱い痛みだけで済まそうと思っていた。

 でも、赤沢は自分の幸せのためにけじめをつけに来たのだ。だから、いつもは見せることのない弱気な態度も見せているんだろう。

 私が本命に余計なことを言えば、余計なことをすれば、自分の幸せが崩れてしまうから。


「いやだ。」


 予想外の達哉くんの言葉に驚く。達哉くんの手が私の腕にかかる。


「えーっと、達哉くん?彼と話があるから、先に帰って?」


 …さすがに無関係な人と聞きたい話じゃない。


「いやだ。菊花が悲しそうな顔してるのに一人にしたくない。」


 きっと、達哉くんの好意は喜ぶべきことなんだろうと思う。でも、今の私は、喜ぶどころか本当に困ったと思っている。


「菊花が困ってる。」


 すぐそばで発せられた声に驚く。勿論赤沢がいることを忘れたわけではなかったけど、いつのまにかそばに立っていたことに、自分の気持ちを言い当てられたことに驚いていた。

 赤沢の指摘に達哉くんがむっとなる。


「あんたに言われたくない。」

「ごめんね、達哉くん。私が彼と話をしたいの。だから帰って?」


 本当は話をせずにすむならなかったことにしたい。でも、わざわざ私の実家の最寄り駅まで来た赤沢が、話をしないという選択肢を選ばせてくれるとは思わなかった。

 どうせ対峙せざるを得ないのであれば、もう終わらせてしまいたかった。


「菊花…。」


 何かを言いたげに私の名前を呼んだ達哉くんはぎろっと赤沢を睨む。


「早めに帰してもらえますか?」

「それは…。」

「菊花が帰ってこないと菊花の家族が心配するんで。僕らは家族公認なんで今日デートに行ったことは菊花の家族も知ってるから。」


 その中の事実なんて少ししかない。だけど、赤沢の不安が減るように、その嘘に乗ることにした。私が本命さんに危害を加える気がないのだという理由の1つにはなりそうだから。


「達哉くん、そんなに遅くはならないから大丈夫だよ。」


 肯定はしないけど否定もしない。たぶん赤沢は勘違いしてくれるだろう。

 ほっとするかと思ったのに、赤沢は信じられないとでも言うように目を見開いた。

 …1か月前まで自分と関係を持ってた相手が家族公認の彼氏がいるとか…まあ、考えないか。

 赤沢の視線が私を射抜く。赤沢の中で私がどんな立ち位置になったんだろうと考えて、意味のないことだと振り払う。


 いっそ、嫌われた方がいいのかもしれない。赤沢から完全に嫌われてしまえば、赤沢とどうにかなるなんて幻想は完全に抱けなくなる。もう結婚を決めた相手に幻想を抱くのは間違っているけど。

 秋と空と話していたとき、なぜ赤沢が私と連絡をとりたいのかという話になったけど、私は心のどこかで、空の言った関係の継続希望という話が本当にそうならばそれでもいいと思ってしまった。諦めると決めていたのにそんなことで繋がり続けることでもいいと思えるくらいに、まだ赤沢のことを欲していた。

 だから、いっそ嫌われてしまえば、そんな望みすら叶わない。


「菊花、連絡して。」

「わかった。」


 達哉くんの連絡先なんて知らないけど、そんなことはどうでもいいことだ。

 私だって赤沢のことを好きなのだ。浅ましい気持ちも持ってはいるけど、好きな相手に普通に幸せになって欲しいと思っている。その幸せの完成のためには私が不要だと理解している。


「気を付けてかえってね。」


 行こうとする達哉くんにとっさに出た気遣う言葉は、達哉くんが小さい頃からうちに遊びに来ていた時からのくせみたいなものだ。


「僕の台詞でしょ。」


 苦笑した達哉くんが私に手を振って赤沢のことを睨んでその場を後にする。


「菊花。」


 もうこうやって呼ばれることもこれで最後になるのだと思うと感傷的な気分になるけど、今はまだ浸るわけにはいかない。

 私は今から嘘をつく。最後の嘘。

 もう赤沢のことを好きではないとの嘘を。達哉くんとの幸せな未来があるとの嘘を。

 それを破綻させてしまう気持ちは、奥底に沈めるしかない。


「何?」


 自分に執着してると思ってた相手が家族公認の彼氏がいて安心した?

 いつものポーカーフェイスになった赤沢に心の中で問いかける。

 もちろんそれに対する答えはないけど。


「どこか話ができる場所あるか?」


 話ができる場所。

 …うちの地元はなかなかの田舎だ。駅前に少し居酒屋があるけど、小さい頃からの知り合いに会いそうな所でこの話しはしたくない。


「2つ隣の駅になら。」


 そこはターミナル駅ほどではないけどそこそこ発展はしている。


「じゃあ、行こう。」


 繋がれることのない手は、私と赤沢の関係だ。

 本当は2番目なんて嫌だった。赤沢の1番目になって、手を繋いだりデートに行ったりしたかった。

 叶うことのない願いを小さな息と一緒に吐き出す。


 私の最後の願いは、赤沢が何の憂いもなく幸せになってくれることだ。

 そのために私が誤解されたって傷ついたって、赤沢の幸せに綻びができないならそれでいい。

 どんなに深い傷だっていつか塞がるときが来るから。…きっと。

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