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 電車の揺れに身を任せながら、二人に話せたのは良かったかな、と思う。

 3年近くも隠してたことが露呈してしまったことは私の願いではなかったけど、二人に隠し事をしながら嘘をついて会わないようにしていたことがばれて、二人を怒らせはしたけど、それでも二人に嘘がなくなったことにほっとした。

 もう隠し事をしながら生きるのも、嘘をつきながら生きるのもごめんだ。


 まだ心の奥底に揺らめく赤沢への気持ちは消えたわけではないけど、隠し事をしながら嘘をつきながら生きるぐらいなら、押し込めてなかったことにした方がいい。

 …すでに表に出したらいけない気持ちになってしまったけど。

 自嘲した気持ちが声になりそうになって慌てて口を覆う。こんな静かな電車の中で笑うとか、目立つし完全に変な人だ。


「菊花?」


 あれ、この声は?


「達哉くん、久し振り。」


 振り向くと隣の車両から移ってきたらしい幼なじみ…と言うか、実家の近所に住んでいた6つ下の男の子が立っていた。

 …あれ、目線が私より上になってる。男の子とは言ってももう二十歳近いから、私の身長越えててもおかしくはないか。


「今帰り?」

「あれ?私が実家戻ったの知ってるの?」


 達哉くんは大学生になってからそれこそ私と同じように大学の近くに住み始めたらしいので、私の動向など知るはずもないんだけど。


「ま、ね。皐月ニイから聞いた。」


 あ、皐月ね。達也君は私によく懐いてたけど、兄たちにも同じように懐いていた。年の差がありすぎて親猫にじゃれついてる子猫みたいにしか見えなかったけど。


「大学で会ったりするの?」


 皐月と達哉くんは学部は違うんだけど、皐月が受け持つ教養の授業で会ったりするのかも?


「いや。菊花の情報貰ってるだけ。」


 ん?

 にっこりと笑う達也君は、昔もかわいらしい顔立ちをしてたけど、今じゃすっかりイケメンの類なんだろうと思う。思うけれども、やっぱり私の中では小さい頃の達也君のままなんだけど…。


「皐月ニイからもOK貰えたし、これから積極的に行かせてもらうから。」


 んん?


「あー、菊花が実家に戻ったんなら、僕も実家に戻ろうかな。」


 私を見たまま立て続けに情報を投げつけてくる達也君に、ちょっと気持ちが追い付かない。いや、これ、私が自惚れてるだけとかじゃないよね?


「…医学部だったら忙しいでしょ?」


 自惚れてるわけではなさそうだけど、今日のあの出来事の後で、これを受け止める容量など流石に残っていない。なので、気付かないふりをした。


「今は教養がメインだからそれほどでもないよ。それに、帰ってご飯があるほうが楽だよね。実家暮らしの良さがようやくわかった。」

「そうだね、ご飯があるのは実家の良さかもね。」


 久しぶりに実家に戻って、自分でご飯を必ず作らなくてもいい環境になって、私もその楽さを享受している真っ最中なのだけど。これ肯定して良かったっけ?


「でも、一人暮らしの気楽さも捨てがたいけどね。」


 慌てて一人暮らしの良さを解いてみる。


「菊花が大学の近くで一人暮らししてたから一人暮らし選んだだけで、他に意味はないし。菊花が実家に戻ったんだったら、一人暮らしする意味はあんまりないかも?」


 …いや、疑問形で言われても。


「達哉くんはモテるでしょ。」


 諦めて小さな声で拒否する。顔よし将来性あり(医者)性格よし(友達がたくさんいる)なんだからさ。特に秀でたところもない私をわざわざ狙う必要なんてなくない?


「必要ない人にモテても意味ないんで。医学部入ってようやく土俵に上がれたのに、そんなこと言われるとか悲しいんですけど。」


 同じように小さな声で返してきた達哉くんは捨てられた子犬のようだ。体だけは大型の。

 …良くなつかれてるなとは思ってたけど、まさかの恋愛対象とか思ってもなかったな…。

 しかも。


「医学部とか関係なくない?」


 土俵に上がるのにそれ必要?


「有馬ニイが付き合いたいなら甲斐性つけてから言えって。医学部くらい行けばまあ在学中でもアリだけどな、って。」


 …有馬のやつ!本人の知らないところでいたいけな子供の将来に影響与えるんじゃない!


「…ごめんね。有馬が勝手なこと言って。でもさ、そういう対象として見たことないし…ね?」


 察しろ!と達哉くんに視線を向ける。

 でも、大型の子犬のすがる視線に、恋愛感情とは明らかに違うけど、何だか申し訳ない気持ちになる。

 達哉くんはまだ若いから思い込むと一直線なのかも…。


「いいです。今はとりあえずそういう対象として視界に入れてもらえれば。菊花がそういう気持ちを持てるようになるまで待つから。」


 …そうか。流石イケメンは余裕があるんだな。私みたいに破れかぶれなことはしないか。

 もう後がないと必死になって考え付いたアイデアは、あのときの私には最善の策だと思っていたけど。

 赤沢にはどう見えていたんだろうか。

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