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「…悲劇のヒロインじゃなかったけど、赤沢君の結婚の話を聞いて泣いた理由って?」
秋はまどろっこしい話をする気はなさそうだ。
「やっぱり、自分の身がかわいかったんだろうね。だから、好きだった人…まあ今もまだ好きなんだと思うけど、好きな人の結婚の話を聞いて、ああ本当に可能性はゼロなんだって突きつけられたのが信じたくないし悲しかった、ってところかと思う。どこかで、わずかにでも私に可能性があるんじゃないかって、考えてたかったんだよね、きっと。」
だから、私にとって残酷な現実を突きつけられたことに、涙腺が緩くなったんだと思う。
「で、赤沢君と何が?」
空のそれは、好奇心からくる質問ではなくて、私を心配してくれてるからの問いだ。
…2人にばれたら間違いなく怒られるから隠しておきたかったんだけど。誰にも応援されない恋をしていた自覚は十分あって、だから誰にも言いたくなかったのだけど。兄たち(とその嫁)にはばれてしまってたけど、あれは私から話したわけじゃない。誘導尋問のように明らかにされてしまった結果だ。
「2番目の彼女にしてって頼んだの。」
一瞬目を見開いた秋がため息とともに頭を抱えて、空は何かを言いたげに口をパクパクと動かしている。
「馬鹿でしょ。」
「馬鹿だよ!」
私の自嘲した言葉に、言葉を発せずにいた空がかぶせてくる。
「何でそこに行くの?」
信じられないと秋の声には乗っている。
「それ以外に赤沢の近くにいる方法がないと思ったんだよ。どこかでいつか赤沢が私を一番にしてくれないかって打算もあったと思う。」
結局は本命になんてなれることはなくて、赤沢はその本命との結婚の意思を固めていたところだったって結末だったけど。
「いつから?」
眉間にしわを寄せた空が、私をじっと見る。
「…卒業してすぐくらいかな。もう他に会う理由なんてないわけだし、だったらいっそって。」
そのきっかけが空が佐竹君に振られたことだったって話は、必要のないことだと思って言わないことにする。空がそれに責任感じられても困るし。
「で、私たちにばれないように会わないようにしてたわけ?」
秋の声にとげが出る。ああ、やっぱり怒った。
「そうだね。ごめん。」
「おかしいとは思ってたけど、いろいろ事情もあるし、言いたくなったら言うだろうと思って放ってた結果がこれとか、浮かれて付き合ってる報告とかしてほんとに申し訳ない。」
秋とは対照的に空が反省し始める。…本当に空はお人よしだな。
「空が謝る必要なんてないよ。私がそうしたくてしてたわけだし、放っておいてもらえて、正直助かってはいたし。」
「菊ちゃん、恋愛はね人の勝手だとは思うけどね、それでも、友達にしんどい恋をしてもらいたい人はいないよ。」
秋がむっとする。ああ、そうだ。秋はこんな子だった。空の20年の片想いに対しても特に興味はないという立ち位置で、空にアドバイスを求められればやや辛辣だったけど、それは空の想いが叶うことがないと分かってるからあえて辛辣だっただけで、空のことを心配してたのは間違いない。
「うん。ごめん。自分でもばかなことしたな、って思ってる。…だから、もうやめることにしたんだし。」
「ほんとにおバカ。見返りすらないのに自分の身を削ってどうする。」
秋が私の頬をぶにっと掴む。秋の手を払うとすぐに離されたそこには、今の私の気持ちと同じでジワリと痛みが残る。
「そんなのわかっててもそばにいたかったんだよ。」
やめると決めた今でも、それでもと言う気持ちは残っている。…もう本当に叶えちゃいけない気持ちだ。
「菊ちゃんのバカバカバカバカ! 何で2番目なの! きちんと1番にしてって言ってよ! 菊ちゃんはきちんと女性として魅力のある人なんだから!」
空が私をぽかぽかとたたく。
「そんな魅力、ある、かな?」
「あるの! 分かる人には分かる魅力があるの!」
力説する空に、クスリと自嘲めいた笑いがもれる。
「赤沢には見る目がないだけなんだよ。この話聞くまではまだ人間として尊敬してたけどね、流石に菊ちゃんを2番目にするとかないわ。」
秋は自分の中のランク付けをその呼び方で決めている節がある。だから、その呼び方だけで相手をどう思っているかが分かりやすい。さっきまで君付けで呼んでいた赤沢は、君付けではなくなってしまった。…私の呼ばれ方が菊ちゃんで空が空と呼ばれてるのは、空が“菊ちゃん”にしようと言い出して、その理由はよくわからない空の屁理屈だったけど、それでも小さい頃に呼ばれたことしかない呼び名は新鮮だったし、それでいいよ、と私が言ったからに他ならない。
「私が頼んだんだから、私が悪いだけだよ。」
「でも赤沢はそれを受け入れたんでしょ? それなら責任は半分こ。まあ、それだけなら私だってそれ以上はどちらかが結婚してるわけでもないんだし何も思わないよ。だけど、自分の結婚決めて菊ちゃんに連絡とろうとする辺りに、質の悪さを感じる。菊ちゃんは終わらせたんでしょう?」
終わらせた、のかな。
「きちんと言葉では伝えてないけど、連絡先も変えて部屋も引き払ったから、そう取るしかないと思うんだけど?」
赤沢が鈍いって言うんなら、気付かないかもしれない。でも私たちは赤沢がそうじゃないことは良く知っている。…だから、私の気持ちはきっと赤沢にはばれていた。だけどきっと一夜の過ちがなくて私があんなことを言いださなければ、私と赤沢の関係には何も変化はなかっただろう。
「…それは、赤沢君なら流石にわかるよね。」
「じゃあ、何でわざわざ赤沢が菊ちゃんと連絡を取りたいのか。」
私と連絡を取りたい理由、か。
「口止め?」
言いながら、ものすごく情けないような、哀しいような気持ちになる。
…赤沢はそんな人ではなかったんだけど。
「または関係の継続希望?」
そう言いながら空は、ものすごく嫌な顔をしている。
「もしくは、結婚式に呼んで、とどめを刺す?」
…そうか。 秋の言う通り、私も赤沢の結婚式に呼ばれる予定なんだ。
「秋のが一番マシかも。」
力なく笑うと、どこが、と秋と空がハモる。
「どれもこれも最低。悪趣味。人として見そこなうわ、あいつ。」
…しまった。仮定の話なのに、秋の赤沢ランクが最低に近いところまで落ち込んだ。
「でも、聞いてみないと分からないじゃない?」
「そこでかばう必要はないと思うよ。菊ちゃん2番手に据えた時点で、私の中では最低だし。」
しまった。かばったことで空の火に油を注いでしまった。
「にしてもさ、あいつってそんなにデリカシーなかったっけ? 佐竹君よりは大分あったと思ってたんだけど。」
「あったら、菊ちゃんを2番手なんかにしないでしょ。」
「確かに。」
…否定しても肯定しても火に油かも。
「ちょっと菊ちゃん、当事者なんだから話に入って!」
…空って実は容赦ないのね。
「一応ダメージ受けてるんで、優しくしてくれませんかね…。」
「対策立てないといけないでしょ。2番手の彼女…元カノを結婚式に呼ぼうとする奴の対策。」
「式には行かなければいいんじゃない?」
赤沢の意図がどうであれ、その結婚を素直に祝えるようになるには、時間が沢山いるだろう。素直に祝える気がしないんだから、行かなければいいだけの話だ。
「ま、そうか。」
秋がふっと力を抜く。
「泣き寝入りって悔しいけど、それしか手はないのか…。」
空が自分の髪をくしゃくしゃとかき回す。
「連絡先は教えなくていいね?」
秋の言葉に頷く。
「赤沢君だって菊ちゃんの気持ちに気付いてただろうけど、私たちだって菊ちゃんが赤沢君のこと好きだったって気付いてたのもわかってるだろうし、それなのに何で菊ちゃんや私たちをわざわざ結婚式呼ぶんだって怒ってもいいでしょ。」
「うちらもお断りでいいね。」
秋の言葉に空が頷く。
「絶対行かない。いくらゼミで仲良かったからって、菊ちゃんないがしろにされて行くわけないし!」
「返事したら菊ちゃんのことまた聞かれるだろうから、もうメール自体放置でいいでしょ。あいつならきっと気づいて招待状は送らないでしょ。」
だね、と頷き合う2人に、申し訳ない気持ちになる。
「私のことがなければ普通に赤沢の結婚祝ってあげられたのに、複雑な気持ちにさせちゃってごめんね。」
「いいよ。ゼミの男連中の結婚式に呼ばれたって、懐かしいくらいのものでしょ。花嫁は知らない誰かなんだしね、特に萌えない。」
「私も赤沢君の結婚式に呼ばれるとか想像したこともなかったから、別にいいよ。」
2人は本当に何て事のないことだと言ってくれているのが分かる。
「ありがとう。」
「謝られる必要もお礼言われる必要もなし。菊ちゃんは自分を取り戻すに専念するがよい。」
秋が私の頭をくしゃりとなでる。
「愚痴ならいくらでも聞くから! うちに泊まりに来てくれてもいいし。実家だけど、気兼ねはいらないよ?」
「うん。ありがと。」




