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むっつりなのねえ、気持ち悪いわ

 金髪の美しい公女と黒髪の凛々しい騎士の二人を見て、まるで物語の挿絵のようだとヴィヴィアンは思った。


 公女──カトリーナ・マーガレット・グレッドヒル。


 ヴィヴィアンが彼女に謝罪した日以来、久しぶりに見た彼女は更に美しくなっていた。


 カトリーナがエドガーに何やら耳打ちで話し、ぱっと彼の顔が朱に染まる。


 エドガーの顔が優しい──ヴィヴィアンが独り占めしたいと願ってやまない笑顔が今、カトリーナに向けられている。

 なあんだ、と声が漏れた。

 エドガーとの距離は縮んだと思っていたが、どうやら勘違いだったようだ。


 ヴィヴィアンは、その場から踵を返して速やかに退散した。




 その日の夜、公女からヴィヴィアンへお茶会に誘う手紙が届いた。




 ◇◇◇




「まあ、エドガー、お久しぶりね! リディック様の授賞式以来かしら? 第三騎士団に所属と聞いていたから、もしかしたら王宮で会うかもと思っていたのだけれど、思ったよりも再会が遅かったわね」

「そうだな……いや、そうですね?」

「嫌だわ。私達、お友達でしょう? そんな話し方はやめてちょうだい」


 無茶言うな。

 エドガーは思った。


 カトリーナは我が国の王弟殿下と恋仲にある。

 まだ発表はされていないが、間違いなく彼らの婚約は成るだろう。


 彼らが恋仲と知ったのは、真実、偶然だった。

 二ヶ月前、西部のオースチンという大きな街で暴虐の限りを尽くしていたという盗賊を壊滅させ、青銅の盾を授与される王弟殿下の授賞式の会場の空き部屋にて、エドガーは見てしまった。

 何をって、二人の逢瀬現場である。


 それはもうイチャコラしていたので、目撃したエドガーは大変に気不味い思いをした。

 サボり部屋を探していた罰として重過ぎると、神を恨んだ。


『アレクサンダーの三男坊よ、此度(こたび)のこと内密に頼むぞ』


 御年二十六歳の王弟殿下──リディック・ライト・スミス・パトリック・マーティンデイルの笑顔は目だけ笑っておらず、エドガーの背中が寒くなった。


 王弟殿下はカトリーナを愛してる。


 そんな『西部の英雄』の恋人を呼び捨てにし、あまつ気安く話すことなど、命が大事なエドガーにはできない。


「勘弁してください、グレッドヒル公爵令嬢様」

「なんてよそよそしいのかしら。私、悲しくって泣いてしまいそう」


 よよよ、と泣いたふりをするカトリーナに、エドガーが吹き出すと彼女は嬉しそうに笑った。


「それはそうと、聞いたわよ」

「何をです?」

「ふふっ、あなたの天使も王宮務めなんでしょう?」


 羨ましいわあ、と言って笑うカトリーナは本当に羨ましそうで、彼女が王弟殿下を心から愛していることがよく分かった。


「あなた達、いつもどこで逢い引きしているの? 内緒の逢い引き場所を教え合いっこしましょう? 私のお薦めは、西棟の第七書物室よ。あっ、水曜日は避けてね? 私達が使う日だから」


 こそりと耳打ちされた言葉に、顔がカッと熱くなる。


 なんて不良な公爵令嬢様だろう。

 市井育ちのせいか、カトリーナは豪胆なところがある。

 王弟殿下も、彼女のこういうところを気に入っているのだろう。西部のごたごたを収めた報賞にカトリーナを望むくらいなのだから、彼も相当だ。


「気を付けてくださいよ?」

「何を?」


「……婚約前に、腹が膨れるのは拙いと思わないんですか?」

 ──小声で言った。


 めちゃくちゃ失礼なことだとは自覚しているが、授賞式の日に見た二人の仲の良さを見た身としては心配なのだ。

 授かり婚の話は多くはないが聞く。

 男側が責任を取れば、それほど後ろ指を指される時代ではなくなったが、公爵令嬢となれば話は変わる。


 世間体が悪い。とっても悪いのだ。


「やだ。エドガーったら、何を想像してるの? いやらしいわ。あなたじゃあるまいし、リディック様は紳士よ?」


 こてんと首を傾げるカトリーナは、自分の魅せ方を分かっている。

 ……計算され尽くした仕草に、クラっときたことはエドガーの黒歴史である。

 消し炭にしてやりたい。


「聞き捨てならないこと言わないでください。俺だって紳士です」


 本当に、聞き捨てならない。

 エドガーは、ヴィヴィアンにキスもしてないというのに。


 したい!


「あらぁ、あなた達、まだなのぉ?」


 ものすんっごい得意(どや)顔のカトリーナを見たエドガーは確信した。

 彼女は、絶対に絶対に『済』である、と。


「『まだ』って何ですか、まだって。……当たり前でしょう」

「私、エドガーのことを見直したわ。あんなに可愛らしいヴィヴィアン嬢に手を付けない精神力、あっぱれねえ」

「……」

「褒めてつかわしてよ? エドガー」


 全然嬉しくねえなあと思いながら、エドガーは「ありがとうございます」と返した。


「そうだ、今度あなたの可愛い天使を私のお茶会にお呼びしてもよろしくて?」


 というか、カトリーナはなぜにこんなに偉そうなのか。


 ぴしっと指差されたエドガーは、その指を弾きたくなる欲求を殺しながら言う。


「俺も呼んでくれるならいいですよ」


 そんなエドガーの言葉に、カトリーナは「エドガー、あなた無粋だわ」と間髪を容れずに言ってから、柳のような眉を大袈裟に顰めて続ける。


「ヴィヴィアン嬢と私のお茶会よ。男子禁制に決まっているじゃない」


 私は可愛い女の子とだけお茶を飲みたいの、と言う彼女の憎たらしい顔たるや。筆舌に尽くし難い。


「……ヴィヴィを虐めないでくださいよ?」


 俺だってヴィヴィと茶をしばきたい! という言葉を我慢したエドガーの言葉はとっても小さく発せられた。有り体に言ってクソだせえ。


「あなた、なんてこと言うの? 虐めるわけないじゃない」

「どうだか」


 ふんっと不貞腐れた言い方をするエドガーに、カトリーナは「んもうっ」と言って、頬をぷくっと膨らませた。

 彼女には似合わない子供っぽい仕草だ。


「私は、バレンタイン家とアレクサンダー家を敵に回すような愚か者ではないのよ?」


 確かに。と、エドガーは納得した。


 ヴィヴィアンを泣かせれば、大富豪バレンタイン家と、優秀な騎士を輩出するアレクサンダー家は黙っていない。

 初対面時、ヴィヴィアンの機嫌を損ねたカトリーナは、それはそれは肝を冷やしたことだろう。


「はあ……仕方がない」


 上手くいくように、自分が助言してやろう。


「なあに? 何が仕方ないの?」

「ヴィヴィは甘い物全般好きですが、特にメレンゲクッキーと蜂蜜味が好きです。あと、きゅうりのサンドイッチも」

「……あら?」


 助言にカトリーナが身を乗り出し、エドガーは一歩下がる──変な誤解を受けて、王弟殿下の機嫌を損ねたくない。

 

「茶ならハーブティー以外何でも飲めます。ミルクティーが無難ですね」

「まあ……」

「酸味の強いものが苦手です。でもなぜかレモンだけは大丈夫みたいです。苦い味も平気です。あの見た目で珈琲は絶対甘くしません」

「まあっ!」

「あっ、(から)い味も苦手です。これは絶対出さないでください。体調を崩す可能性があります。最悪その場で倒れます」 

「ありがとう、エドガー! あなたって、とっても役に立つわ! こういうことに疎そうなのに。むっつりなのねえ、気持ち悪いわ」

「……」


 酷い言い草である。

 後半の台詞はいらない。


「とはいえ、今日という日に出会った人の中では、誰よりも素敵よ。おめでとう」


 まるで大輪の花のような笑みを浮かべるカトリーナに、エドガーは「嬉しくねえ」と、ついうっかり本音を漏らした。

ヴィヴィ「エドガーはお肉全般が好きです。特に牛と羊が好きです。きゅうりと白身魚が苦手です。珈琲にはミルクとお砂糖をたっぷり入れて飲みます。お茶請けには柑橘系の皮入りジャムか、クロテッドクリームを少量だけのせて食べるのを好みます。そしてスコーンを食べる場合は珈琲ではなく濃いめの無糖のアッサムティーと合わせます」

サンドラ「なんかお腹空いてきちゃいましたー」

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