ずばり、新人いびりされてません?
つい先日、具合の悪くなったサンドラの代わりに王女の衣装と靴を選んだヴィヴィアンの組み合わせが評価され、月曜日の専属衣装係になった。
女官に上がったばかりの者としては、大出世だ。
とある事情から古い型のドレスしか入っていない衣装部屋の鍵しか使えなかったヴィヴィアンは、なんとか選んだドレスを選び、アレンジをした──野暮ったい大きなリボンを小さいものに変え、襟のフリルを外し、袖にビーズで飾り刺繍を施したのである。
王女は十三歳になったばかりの聡明な少女で、いつも年齢よりも大人びたドレスを着ていたので、可愛いイメージのドレスをお渡しすることは、正直賭けだった。
だが、ヴィヴィアンはその賭けに大勝利した。
そのドレスを着た王女は、たいそう喜んだのだ。
仕事を取り上げた形になってしまい、サンドラを怒らせてしまったかと心配もしたが、彼女は希望する宝物庫管理の仕事に就けたと言って「ラッキー」と軽い感じで笑ってくれた。
ヴィヴィアンはこのことにとっても安堵している。
「他の曜日の衣装係に絡まれたり、仕事押し付けられたりしてません? 大丈夫ですか?」
使用人用の食堂で、少し遅めの昼食を取っていたヴィヴィアンは、周囲をきょろきょろと見回しながら言うサンドラに、「え?」と目を瞬かせた。
「私、ずっと宝物庫管理係やりたいって、思ってたって言ってたじゃないですかー」
サンドラの潜める声はさきほどより更に小さくなり、ヴィヴィアンは声がよく聞こえるように彼女の口元に耳を近付けた。
と、その時、食堂の入り口にエドガーと彼が所属する第三騎士団の面々を見つけた。
エドガーと目が合っ──
「……って、もう。ヴィヴィアンさーん? 聞いてる?」
──た。と思った瞬間。
サンドラに頬を指でふにっとつつかれた。
「あ、わっ、聞いてます、ごめんなさい!」
「あれま、騎士団の人見てたんです?」
「いえ、み、見てないですっ。そ、それより、内緒話の続きを……」
「何の話だっけ……あー、そうそう。ずばり、新人いびりされてません? 大丈夫ですか?」
女官になって三週間。
何度か聞かれたサンドラの『大丈夫ですか?』に、ヴィヴィアンの心は温かくなる。
彼女は子爵家の長女で、家族に仕送りする為という理由の他に、『結婚をしたくない』という強い想いから女官になったそうだ。
結婚相手を見つける為に務める人が多い中、彼女の女官になった理由にヴィヴィアンはとても驚いた。
そんなヴィヴィアンよりも女官歴が二年と半年ほど先輩のサンドラは、ヴィヴィアンよりも三つ上の明るく元気で気さくなお姉さんである。
「もうっ、聞いてますか?」
サンドラの優しさににこにこしていたヴィヴィアンは、またまた頬をつつかれた。
「聞いてますっ、ごめんなさい!」
「いいですよー……で、大丈夫なんですか?」
「はい、大丈夫ですよ。心配してくれてありがとうございます」
本当に? と首を傾げるサンドラは「衣装係にはね、これまたやっかいなご令嬢がいるんですよ」と口を尖らせて、『やっかいなご令嬢』について教えてくれた。
サンドラ曰く、女官務め歴六年のメラニー・グリーン・キャッチングズがその『やっかいなご令嬢』だそうだ。
新人や若い女官をいびるのが趣味で、彼女のテリトリーである衣装係に所属する若手は胃が痛い思いをしながら働いているとか。そのせいで、衣装係は新人が続かないとのことだった。
そこまで聞いて、ヴィヴィアンは今まで衣裳係だったサンドラのことが心配になった。
しかし、そんなヴィヴィアンの心配をサンドラは力強く否定した。
曰く、サンドラはメラニーの虐めてやりたい気持ちの火を燃やさないタイプの人間だそうだ。
「でも、ヴィヴィアンさんは気を付けてくださいね? メラニー姐さんは、可愛い子とか綺麗な子に当たりが強いんです」
「え?」
人差し指で空をとんとんと叩く仕草のサンドラに、ヴィヴィアンは首を傾げた。
「『え?』って、ヴィヴィアンさんは可愛いから、気を付けてってことですよ」
呆れ口調の先輩女官にヴィヴィアンは、ぽかんとなった。
「え? でも、あの、サンドラ様も可愛いのですが……?」
「ん? ……えっ? いっやーん! ヴィヴィアンさん可愛い……好き……っ! お世辞だとしても嬉しいです! こんなおデブな女を可愛いなんて! 優しい! 大好きっ」
「私もサンドラ様のこと、す、好きです。あとお世辞ではありません、サンドラ様は可愛いです。それにサンドラ様は、おデブさんではありません」
「きゅん!」と、小さく鳴いたサンドラに抱き着かれたヴィヴィアンは、楽しかった女学校時代を思い出した。
ちゃんとした大人になりたくて願った女官の仕事なので、こんなに素敵な出会いがあるなんて思ってもいなかった。
「何か困ったことがあったら私に言ってね、ヴィヴィアンさんっ」
「はい、サンドラ様も!」
もちふわなサンドラに包まれ、ヴィヴィアンは元気いっぱいに返事をした。
──サンドラには言わなかったけれど、メラニー・グリーン・キャッチングズによる洗礼ならば、衣装係に抜擢されたその日に受けた。
王女のドレスを選ぶので、衣装部屋の鍵を貸してください。
そう言って、渡された鍵の部屋の衣装を見て、ヴィヴィアンは驚いた。
『この衣装部屋しかないのでしょうか』
『そうねえ、ここしかないわ』
『ですが……この部屋の衣装は、あまりにも……』
『この部屋のドレスをアレンジしてでも選ぼうという気概がないとはねえ? とんだ外れが来たものね』
『……アレンジしても、よろしいのですか?』
『ええ、いいわよ?』
こんな経緯でヴィヴィアンはドレスのアレンジをした。
結果、時代遅れのださいドレスを、レトロ可愛いドレスに進化させて王女をご機嫌にさせたというわけである。
そして、王女直々に書かれたメッセージカードにより、ヴィヴィアンは月曜日の衣装係に大抜擢された。
長い間、母の着せ替え人形だったヴィヴィアンは、どうやらファッションセンスが培われていたようだった。
ヴィヴィアンはその夜、母への感謝と、五割増に盛りに盛った『仕事の楽しさ』を綴った手紙を書いた。
もしかしたら、あの『我儘なヴィヴィアン』だった時代も、今の自分の糧になっているのかも知れない。
ヴィヴィアンは、それを思うと救われた気持ちになった。
そんな素敵体験を味あわせてくれたメラニー・グリーン・キャッチングズには、感謝しかない。
◇◇◇
目が合った、と思ったヴィヴィアンは、同僚女官に頬をつつかれエドガーから視線を外した。
何を話しているのか、二人は顔を寄せて内緒話をしている。
そうかと思えば、ヴィヴィアンは抱き着かれてにこにこと楽しげに笑っている。
──友達がいなかった、あのヴィヴィアンが……。
その様子は微笑ましい。
「おやおやおやや〜? あそこに御座すはヴィヴィちゃんでは?」
妙な話し方で、しかも婚約者を愛称呼びするダンに、エドガーはイラッとした。
今度こそ殺すべきだろうか?
「何何? ヴィヴィちゃんって誰? ダンのカノジョ?」
「ん、どっち? おっぱい大きい方? ピンクの髪の方?」
「へえ、どっちも可愛いな」
「僕、ピンクの髪の子の方がタイプ」
「俺も」
「俺はおっぱいちゃんかな」
「あの桃色の髪の子はエドの婚約者ちゃんだよ〜」
「え? ピンクの方、エドのなの?」
「マジか」
「つうか、おっぱいちゃんにカレシいんの? エド聞いてきてよ」
ダン同様に同期のジョン、アンソニー、ショーンの下世話な会話にエドガーの眉間がぐしゃっと歪む。
……いや、もっと下世話でやっべえ会話はしているのだが、その対象に自分の婚約者が選ばれていることが不快で堪らない。
「クソ野郎共、あの二人に手ぇ出したらぶっ殺すぞ」
ぎろりと睨むと、「おっぱいちゃんもだめなの?」と仲間内で一番チャラチャラしているショーンに耳打ちされるが頭を叩いて「だめに決まってんだろ!」と言い返す。
ヴィヴィアンと仲の良い同僚なのだ、いいかげんな男の毒牙にかけたいわけがない。
──もう、あんな風に自分に笑いかけてはくれないのだろうか。
楽しそうに笑うヴィヴィアンを見つめながら、エドガーはそんなことを思った。