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私が愛されてることは知ってる

 一年後。


 ウィスタリア・フェスティバルを二週間後に控えたヴィヴィアンは、とても悩んでいた。


「エドちょこ、ヴィヴィはどうしたらいいと思う?」


 ささみへまっしぐらな黒猫(エド)の後頭部を見ながら、ヴィヴィアンは訊ねる。


 しかし彼は猫なので、当然返事はない。


 ヴィヴィアンの手の上からささみを食べてくれるようになったエドは、性格が大層丸くなった。気まぐれにヴィヴィアンの膝の上に乗ってくる、というツンデレっぷりも発揮するほどだ。

 餌を食べる前にだけ、ヴィヴィアンの足にすりすりしてくるところは「もう〜〜」と文句を言いたくなるが、嬉しいとも思ってしまうのだから、ヴィヴィアンはお猫様の奴隷だ。


「ささみちゃん美味しかったねぇ。撫で撫でしてもいいかにゃ?」


 でれでれな問いに『仕方ねえなあ』とでも言うようにヴィヴィアンの膝に乗ったエドに、猫奴隷(ヴィヴィアン)の「わあ」という声が漏れる。


 ツンが強めなエドの、貴重なデレにヴィヴィアンは悩んでいたことを少しだけ忘れた……なんてことはなかった。しっかり、悩みは継続している。


 ヴィヴィアンは今、膝の上に乗っていない方のエドにお祭りに誘われたことで頭を悩ませている。


 休みを合わせよう、と言ってくれてデートに誘ったエドガーは……ヴィヴィアンのことを好きに違いない。もう絶対そうだ。告白はされていないがヴィヴィアンには分かる。もしもこれがヴィヴィアンの勘違いならば、ヴィヴィアンはエドガーを詐欺師として訴える。


 これは自慢でも惚気でもなく、事実である。


 さて、ヴィヴィアンの悩みは、エドガーが告白してくれない! とか、彼の気持ちが分からなくて不安! などという色ボケ女みたいな悩みではない。


『来年は一緒に行こ』


 昨年、一緒にお祭りに行けなかったサンドラの誘い文句を思い出し、エドガーとのデートとダブルバッティングしてしまったことを悩んでいるのである。


 要は『男と友情のどちらを選ぶか!』でヴィヴィアンは夜も眠れないくらい悩んでいる。


 我儘で癇癪持ちで、自分のことをお姫様だと思っていたヴィヴィアンは女官になるまで友人が一人もいなかった。

 だけど今は、サンドラ、カトリーナ、メラニー姐さん(?)、優しくて頼もしい先輩、ファンを名乗る後輩など、ヴィヴィアンにはたくさんの大事な友人ができた。


 女の友情はハムより薄いとはいうが、ヴィヴィアンの女の友情ハムは噛み切れないくらい分厚いものなのだ。

 あと、ハムは美味しい。とっても美味しい。

 つまり、女の友情は最高に美味しい! ということである。


 ──上記を読んで、ヴィヴィアンの悩みをお気付きいただけたと思うが、ここで問いたい。


 お猫様に。


「一生一緒にいるエドか……あ、人間の方ね? いつまでも女子会を開催できる友達か……。ねえ、エド之助ぇ、どうしたらいいと思う? どちらを選ぶべきだと思う?」


 にゃ。


「はあ……贅沢な悩みだよねえ? 分かってるよぅ……」


 小さく鳴くエドの頭を撫でながら、ヴィヴィアンは本日何度目かの幸福を逃した。




 ◇◇◇




「あっ、ヴィヴィちゃんったら、またご飯少なめにしてる。だめだよ、いっぱい食べなくっちゃ大きくなれないよ? めっ」


 今日の昼食のメニューに、すっかり飽きているヴィヴィアンは皿の料理の量が少ない。

 そして、サンドラの『大きくなれないよ?』に、ダメージを受け、うっと喉がなる。


「……だめ、おむねのはなし、ぜったい」


 ヴィヴィアンは自分のない胸に手を当て、もにゃもにゃと反抗してみる。


「胸の話なんてしてないよ。それに、こんなの大きくたっていいことないし……」

「う〜……。でも私はサンドラさんみたいなお胸がいい」

「えー? 私はヴィヴィちゃんみたいに華奢になりたいよー」


 二人同じタイミングで「ぷっ」と笑う。


「ないものねだりってこと? ない……胸……ねだり」

「あはは、今の自分受け入れてこ!」

「はあい」


 エドガーへの言葉遣いと態度を改めた影響か、サンドラとは口調も態度もお互いにくだけたものになり、すっかり仲が良くなった。

 エドガーについて恋愛方面の相談することも度々ある。


 大好きな先輩兼、大事な友人だ。


 ──その大好きな友人の誘いを断っていいの? 友情より男を取るの?


 そんな風に葛藤していたヴィヴィアンに、サンドラは何気ない口調で話題を振ってきた。


「ねえねえ、今年のお祭りってさ、」

「えっ!?」


 あまりにもぴったりなタイミングに、心を読まれた? と、ヴィヴィアンはどきっとした。


「どしたの? 虫でもいた? やっつけよっか?」

「う、ううん。何でもないっ!」

「そ? でね、今年のお祭りなんだけど、南部ですっごい流行ってるくじ引きパイのお店がとうとうお祭りに出店すんるだって。私ね、前に新聞に書いてあるの見てからずーっと食べたかったんだー!」


 くじ、めっちゃ当たるらしいよ? 私、絶対に金運のパイ買う! と言うサンドラの目はきらきら輝いている。

 どうやらくじ引きパイというのは、パイの中にくじが入っている食べ物のことのようだ。


「ヴィヴィちゃんは、アレクサンダー卿と行くんでしょう?」


 ヴィヴィアンは、サンドラのこの質問に目をぱちぱちさせた。


「あっ、午前中ね、資料室の整頓手伝った帰りに卿に会ったの。『ヴィヴィとお祭り行く』って、とっても罪作りな笑顔で言われたの。ヴィヴィちゃん、愛されてるね」

「え?」

「えって? 何? もしかして喧嘩中?」

「……ううん、してない。あと、私が愛されてることは知ってる」

「あれ、私、惚気けられた?」



『来年は一緒に行こ』


 ──もしかして、去年の、しかも社交辞令を、お誘いと勘違いしてしまった?



「……かんちがい、はずかちい」


 ヴィヴィアンは赤らむ顔を手で押さえて小さく呟いた。


 悩みは解決したが、すこぶる恥ずかしい。


 そして、サンドラに今年の祭りに誘われなかったことを、とても寂しく思った。




 ◇◇◇




「エド、私、皆でお祭りに行きたい……」

「は?」


 思い詰めた顔で何を言うかと思ったらこれである。


 ──まったく、婚約者殿は可愛い我儘を言いやがる。

 本当に可愛い。腹が立つほどに。


 花火の見える穴場スポットでプロポーズするつもりだったのに……!


 バレンタイン家と実家が怖いので、ヴィヴィアンには手は出していない(よくできました花丸)。

 が、健全な男子であるエドガーは、そろそろ彼女に触れる大義名分が欲しい。

 だから、がっちがちにムードを作って、完璧な告白をするつもりだったのだ。


 なのに。


「サンドラさんと、エドとお祭りに行きたい」

「……タタショア嬢は、なんて?」

「『()(めん)(こうむ)る。お邪魔虫はしたくないでござる!』だって……」

「だろうな」

「私、お友達とお祭り行きたい」

「ヴィヴィ、」

「お願い、エド!」

「……」

「エドぉ、お願ぁい」


 ──エドガー・カーター・アレクサンダー、十九歳。


 この男、幼馴染で婚約者の可愛い我儘にめっぽう弱かった。


 思春期には『うっぜなあ』と思ったものだが、今や我儘は二十四時間ウエルカム状態である。

 特に、媚びた感じの甘え口調が最高に可愛い。好きだ。

 そして、大前提としてヴィヴィアン・メリット・バレンタインの我儘を聞かない人間なんてこの世に存在しない(いる)。


「……分かった。俺んとこの同期誘ってみる。ヴィヴィも、タタショア嬢以外に何人かに声掛けしておいて」

「! ありがとうっ! 大勢でお祭りなんて素敵っ!」


 エドガーの言葉に、ヴィヴィアンはぴょんっと跳ねて満面の笑顔をこちらに向ける。


「…………まあいっか、可愛いし」


 機嫌の良い婚約者を見下ろしながらエドガーはぽつり呟いた。

ヴィヴィ「サンドラさん、一緒にお祭り行こ♡」

サンドラ「えー、でも……私お邪魔でしょ? 卿に恨まれたくないし……」

ヴィヴィ「うええん、サンドラさんとお祭り行きたいよぉ〜〜〜」←嘘泣き。

サンドラ「わ、分かった! 一緒に行こう! だから泣かないで!」

ヴィヴィ「わーい! やったー!」

サンドラ「えっ」

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