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次の日の王宮では、氷結都市にあった巨大な魔法陣に関する報告の要求があった。
「幻影都市にある魔法陣の一つと同じものでした」
ファルトの前にはミルクティーのような髪色の士官長がいた。グループを取りまとめるヴィザよりさらに上の立場の人で、本来ファルトは滅多に会うことがない人物である。幻影都市での件以来顔を覚えられたのか、何度か呼び出されている。
「50年ほど前から魔法陣が起動しなくなったことが、あの場所に人が住めなくなった理由かと推測します」
氷結都市の最南端の町。魔法道具師ハルハの出身地でもあり有名な場所であった。同じくハルハの二番弟子であったスフリエもその場所に好んで居たとされている。
「また、あの場所に残っていた建物は、魔法道具師ハルハの魔法道具屋であり、隣の建物も親しくしていたパン屋のものだと思われます」
何故パン屋と言う疑問はまだあるのだが、二番弟子のスフリエの親しくしていた女性の家だと言う説もなくはない。無くはないがはっきりしないため、ファルトは口にはしなかった。
「あの場所を離れることになったときに、スフリエ氏が魔法道具により、建物を保存する魔法道具を使用したものと思われます」
あの魔法道具を詳細に調べに戻ることが許されたため、ファルトは魔法道具を動かさないように気をつけながらさらに調査していた。
「道具にはスフリエ氏の名前があり、氷の冷気を魔力に変換する仕組みが組み込まれていました。おそらく、氷を利用していたため、次第に氷を溶かしながら地下深くに下りたものと思われます」
そしてあの最深層とも言える場所にあった魔法陣に当たった。それが魔法陣を守る石とぶつかり、衝撃が起き、表面までその衝撃が光となって出現し、目撃者がでる事態になったのだろう。ファルトが落ちたあの亀裂もその影響なのかもしれない。
「なるほど」
ファルトの報告に士官長は納得したような表情を見せた。
「君は、どちらが先だと思う?」
一瞬なんのことを聞いているのかわからなかったが、魔法陣の存在を言っているのだと思い至り自分の考えを伝えることにする。
「私は、氷結都市の地下にあるものが先で、写し取ったものが幻影都市にあるのだと思っています」
氷結都市の最南端の町もかなり古くから存在する。念のため文献等確認してみたが、あの辺りで大きな気候変動などは起きていないのだから、今と同じように厳しい環境だったと容易に想像できる。
ファルトの推測に士官長も頷く。
「私もそう思う。なら、他の魔法陣はどこにあると思う?」
その可能性についてはファルトも考えた。魔法陣の内容から推測ができないかと思ったのだが、正直さっぱり予想がつかなかった。
「検討はしてみましたが、全く推測できません」
「そうか」
ファルトの言葉に士官長は特に嫌な顔もしなかった。少し微笑むと頷き、退出を促された。
ちなみにあの魔法陣は修復を試みる予定だそうだ。魔法陣が元に戻れば、あの場所はまた昔のように住める場所になるだろう。
しかしそこはもうファルトの仕事の領域ではない。
納得してもらえたのか、ダメな答えだったのかファルトにはわからない。扉を出て大きく溜息を吐くと丁度近くの廊下をヴィザが歩いているのが見えた。赤い髪は王宮内でも非常に目立つ。
「ヴィザさん」
少し声を張って呼びかけるとヴィザは声に気付いて振り向き立ち止まってくれる。
「士官長への報告か。どうだった?」
「事実については納得してもらえた気がします」
「どうせ他の魔法陣がどこにあるか聞かれたんだろう?」
「はい。でも推測できてなかったのでその通り答えました」
ヴィザが歩きながら話そうと促してきたのでそれに従う。
「ヴィザさんは推測できてるんですか?」
幻影都市の魔法陣についてはヴィザも内容を知っている。もしかしたらヴィザは予測しているのかもしれないと思い聞いてみた。
「一個だけな」
軽くそう言われファルトはヴィザを見る。全く予測が付かなかったファルトからしてみれば、驚きでしかない。
「どこですか⁈」
思わず勢いよく聞くとヴィザが笑った。
「お前がよく行ってるところだよ」
***
ファルトはランカの住む<魔女の森>に来た。いつも通り森の西側から歩いていく。
そうであることが当然でこの森についてあまり深く考えたことがなかった。属性ごとの場所を持つこの森は、そう言うものなのだと思い込んでいた。
思わずファルトは自分が歩いている地面を見た。通常大地は様々な属性が混じり合った場所である。多く占めるのが地の属性とは言え、他が零になるわけではない。
しかしこの場所は違う。
完全に場所によって属性が分かれている。考えてみれば自然と異なる場所である。そう言う場所は総じて人の手が加わっているものである。
森の中心にある大きな木の一部かのような家の扉をノックする。最初はあんなにも緊張したのが懐かしい。しかしあの仕事がなければ、決して今の二人もないと思うと感慨深い。
少しして家の扉が開く。中から出てきたのはすでにお風呂上がりらしいランカだった。濡れた髪が艶やかに光る。最近のお気に入りらしい夜着を着ている。少しもこもこしたタイプのもので、上は長めの袖で露出も少ないが、下が短いタイプなのか白い脚がほぼ見える。通信機ではそれは気づかなかった。
「え?ファルト?どうしたの?」
確かに今日は何の連絡もなく来たのだが、この恋人は誰が来てもこの状態で扉を開けるのかと思うと頭が痛くなった。しかし、とりあえずそれはまた後でしっかり言い聞かせるとして今は置いておく。
「少し話したくて」
そう言うとランカは特に何の躊躇いもなく、扉をもう少し開けてくれる。
「ちょっと散らかってるけど、どうぞ」
嬉しそうに笑いかけられてファルトもホッとする。濡れている髪や脚が気になるがとりあえず何とか振り払う。
いつものテーブルに温かいお茶を出してくれたため、ファルトも椅子に座る。お茶を飲んで一息つくと、ファルトの心も落ち着いた。
「仕事帰りだよね。何かあったの?」
「いや、ただちゃんと確認したくて」
「確認?」
ランカの言葉にファルトは頷いた。
「昨日のことをちゃんと確認しておきたいんだ」
ファルトの真剣な表情にランカは少し赤くなった。昨日のことと言うのは当然、結婚のことだった。
コートのポケットに手を入れたファルトは手のひら大の小さな藍色の箱を取り出し、テーブルの上に出した。何かわからずランカが首を傾げると、ファルトが箱の蓋を開けた。
中には金色に青い石の散りばめられた、細いブレスレットが収められていた。明らかに魔法道具であるが、その色はファルトの色彩を示している。
「結婚、して欲しい」
ファルトは真剣な瞳でランカを見つめた。
「昨日は焦って何もない状態で言葉にしたけど、ちゃんと伝えたくて」
そこまで言ったところで、ランカの瞳からぽろぽろと涙が溢れ始めた。あまりにもぽろぽろと流れて行くため、流石のファルトも焦る。
「ラ、ランカ」
「ちゃんとなら、私もちゃんとした格好の時にしてくれてもいいのにぃ!」
恨みがましく言うランカにファルトは自分のことばかりでいっぱいになっていたことにようやく気づく。
「すまない!いや、でもその格好も可愛いし!気づかなくてごめん。そんなに泣かないでくれ」
「違うの!違うの、一番は嬉しくて泣いてるの!」
その言葉にファルトはランカを見つめる。涙はまだおさまっていなかったが、ランカが嬉しそうに微笑んでくれる。
「喜んで」
その言葉にファルトは思わず立ち上がりランカの側へ行くと力強く抱きしめた。
「良かった」
心底ホッとしたファルトはランカを抱きしめる腕を強くした。
「生誕祭効果による勢いで返事をくれたんじゃないかと、心配で昨日はまともに寝られなかった」
ファルトがそう白状するとランカが腕の中でクスクスと笑った。
「実は私も。ファルトは勢いで言ってくれただけなのかなって考え出したら目が冴えちゃって」
どうやら二人して同じことをしていたらしい。二人で目が合うとどちらともなく笑い始める。
お互い勢いだったので確認したかったね。
でも仕事あったのでファルトは夜まで我慢しました。




