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急に取り残された二人は、目を合わせるとお互い照れたように笑った。
パン屋の建物の中だけさっと確認したファルトは、困った事実に気がついた。
「俺は飛行用の魔法道具ないんだが」
「……、まずここから出ないと転移石使うの微妙だよね」
転移石は基本的に地上でしか使えない。建物はすり抜けられるが、地下では上手く使えないことが多く、制限事項の一つとなっている。
今この空間からヴィザがさっさと抜けて行ったのもそう言う理由だ。おそらく地上にでてから転移石で一気に王都に帰るだろう。
「うーん、二人乗りできないこともないとは思うんだけど」
ランカがブレスレットから空乗りを取り出す。オーバル型のそれは、基本は一人乗りだ。
「借りても?」
ランカは頷いてそれを渡してくれる。ファルトが自身の魔力を込めると空乗りは淡く赤く光り始める。ファルトはそれに自分だけ座ると、両手を広げてランカを呼んだ。
「……え?」
呼ばれた方のランカは訳がわからないという表情だ。
「ランカは俺の膝の上に乗って」
そう言うとようやく合点がいったらしい。
「いやいやそれはどうなの?!」
「魔法道具の耐荷重的には全く問題ない」
「横に並んで座った方が良くない?!」
「方向を制御しにくいだろ?」
さらりと言ってみたが根拠は特にない。
「でも重いし」
「軽いのは知ってる」
「そう言うことじゃない!」
「早く」
急かすように手をさらに伸ばすと、ランカがしぶしぶ側に寄ってくる。不満げな顔をしているため、ひとまず抱きしめてみた。と言うか、ずっと抱きしめるのを我慢していたのだから、それぐらいは許してほしい。
「心配してくれてありがとう。無理させてすまない」
ファルトがそう言うとランカも思うところがあったのか、ファルトの背中をぎゅっと抱きしめた。
「ホントに無事でよかった」
少し泣きそうな彼女の声にファルトも強くランカを抱きしめ返した。
「士官である限り、ずっと不安にさせるかもしれない」
心配させないとはとても言いきれなかった。守れない嘘も言いたくない。
「それでも離れられない。ランカを手放せない」
ランカはファルトの腕の中でただ頷いた。
「私も別れたいなんていわない。けど、私、色んなことを後悔しちゃった。もっと、普段から一緒にいたい」
ぎゅっとランカがファルトのコートを掴んだ。
ファルトは堪らず、空乗りに左足だけ上げて、ランカが落ちないように気をつけながら抱き抱えて飛び上がった。
「ひゃっ!」
ランカの小さな悲鳴は風切り音にかき消される。
一気に上昇すると裂け目から飛び出した。すでに空は藍色に変わっており、星も瞬き始めている。そして、この辺り特有の現象を目の当たりにして、二人は目を奪われた。
「これって、精霊の溜息?」
二人が裂け目から出るとそこには、青と緑の光のカーテンが降りていた。ゆらゆらとゆっくりと動くそれは今まで見たことのない輝きを見せていた。
どこでも見ることができるわけではないこの光の現象を人は、精霊の溜息と呼んでいる。
大精霊が叶わない恋に涙と共に吐いた息が光となって空に現れたものだと言われているのだ。
いつのまにか吹雪も収まり、今は辺りはしんと静まり返っている。
「……初めてみた」
「俺も」
この現象はこの国の南でしか今のところ観測されていない。しかもこの氷結都市のみで、いつでもみれるわけでもない。発生する時間帯やタイミングもまちまちだ。
足が地面に届くところまで降下し、二人は氷の大地に立つと、空でゆらめく青や緑の精霊の溜息を二人でしばらく見つめていた。
「ハルハも見たのかなこの景色」
「見てるだろう。ここに住んでたんだから」
時間が経つにつれて形が変わっていくそれは、同じ形を見ることは二度とないのだとわかる。
「なんか不思議だね」
ぽつりと話し始めたランカの言葉に耳を傾ける。
「ちょっと前までファルトのこと知らなかったのに、恋人になって、氷結都市に来て、ハルハの住んでた町のあった場所で、一緒に精霊の溜息を見るなんて」
空を見上げたままのランカがそう言った。
ファルトも同じように感じていた。少し前まで一方的に知っていただけの彼女とここでこんなふうに並んで精霊の溜息を見ているなど、奇跡だと思う。
そして、幸せだなと思う。
「ランカ、結婚してほしい」
思わず出てしまったと言うのが正しい。いずれ伝えたいとは思っていたが、今計画的に言ったかと言うとそんなことは全くない。そもそもランカがここへ来ることすら予想していなかったことだ。
ファルトの言葉にランカがぐりんと首を動かし、驚きの表情でこちらを見た。
その表情を見てファルトも自分の軽率さを理解した気がした。
「すまない。こんな何も準備してない状態で伝えるつもりじゃなかったんだが」
つい、言い淀んでしまう。
「嘘ってこと?」
「違う!本当に結婚してほしいと思ってる。俺もランカともっと一緒にいたいから。でも、お互いにとってどう言う形が一番いいのかは、まだわからない」
結婚という契約を結ぶことがお互いのためなのかわからない。そもそもランカはまだ森から出られないだろうし、自分も王都をはなれられない。魔法という便利な力があっても、それだけでは自分の望みを叶えることはできない。
「……、私も今、結婚申し込みたい気分になってた」
こちらを向いたランカが少し頬を染めてふふと笑う。
先に、言えて心底良かった。
「まだ一年も経ってないけど、私もファルトと、ずっと一緒にいたい。ファルトが嫌じゃないなら、私も結婚したい」
この国で結婚とは一種の契約である。お互いの真名を知り、契約することである。特に魔法士にとっては、真名を伝えることが致命的なことになり得る。それほど重たいものである。
ランカが同じように思っていてくれただけで嬉しい。
ファルトは横にいたランカを強く引き寄せ、抱きしめた。ランカの手がそっと背中から抱きしめ返してくれホッとする。
「ランカが、欲しい」
ファルトはコートのポケットに入れていた革袋のなかの転移石に手を掛けると魔力を込めた。
いつものようにいくつかの場所を経由して転移を進めるが、腕の中でランカが焦っているのがわかる。
「ま、待って」
移動する間でさえ我慢するのが辛く、ランカの唇を自分のそれで塞いだ。困ったように赤くなった顔が愛おしい。しかし、また言いたいことがあるらしく、少し離れるとランカが苦しげに言葉を発する。
「ねぇ、今日はどうしても一緒にしたいことが」
「ランカ」
辛くなってランカを見つめるが、彼女は首を横に振る。
「今日は生誕祭だから!まだ間に合うから森へ一緒に行きたい!」
どんなにランカが欲しくても彼女の懇願を無視できないファルトは、自分の欲求を抑え込み、なんとか王都ではなく彼女の家である森へ向かう。
無理矢理森の中心まで転移すると、少しバチバチと火花が散った。ファルトの着ている士官のコートがそれを簡単に振り払う。
「私がいたからいいけど、それ一人の時にやっちゃダメだからね⁉︎」
ランカの注意にファルトは仕方なく頷いた。いつもなら森の入り口までしか転移しないが、すべての時間が惜しかった。<魔女の森>には森を守るための結界のようなものが張られている。それを突き破って降り立ったのだから、本来なら跳ね返されるかただじゃ済まないだろう。
森の中心部はすでに時間も遅いせいか静寂を取り戻していた。しかし、そこにはほんのりと淡く輝くノーチェリアが咲いていた。真っ赤に色づいた葉がきらきらと輝いている。
ランカはホッとしたようにその植物に近づき、その赤い葉を採取する。そして、ファルトの方に振り返るとそれをこちらに向けて来た。
炎のような真っ赤な葉は、不思議な輝きをしていた。何かがゆらめくような光沢が眩しい。
「受け取って」
そう言われてファルトは素直に受け取った。するとランカはとても嬉しそうに微笑む。
「いつか恋人ができたら、あんな風にノーチェリアを渡したいって思うのかな?って思ってた。ファルトと恋人になってやりたいことの一つにこれがあったの」
初めて主源精霊ヘイアノードが人間に渡した炎の力。それは永遠を誓うものの象徴とも言われており、恋人に自分の気持ちを伝えるためにノーチェリアを贈るのだ。
さすがのファルトでもその内容は知っていた。ただ、自分が受け取るような立場になることを想像していなかったため、ランカがやりたいことすら予想がついていなかった。
「ありがとう」
赤い葉とランカの笑顔を見ると幸せな感情がじんわりと広がっていく。ファルトは自分も同じようにノーチェリアの葉を取る。
「返すだけになるけど」
赤く煌めく葉っぱに永遠を願い、ファルトはランカに手向ける。向けられたランカはとても嬉しそうにそれを受け取ってくれる。
もっと側にいたい。
そう思わずにはいられなかった。
幸せそうに微笑んでくれるランカをファルトは抱きしめる。彼女が目の前で笑ってくれているだけで自分も幸せな気分になった。
「ランカ、結婚しよう」
ファルトの言葉にランカは満面の笑みで頷いた。
感慨深い!!!!涙
ノーチェリアはポインセチアをイメージしてます。
そもそも生誕祭はクリスマス的なイベントが欲しくて書きました。何と我ながら季節外れな。




