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秘密の部屋(ランカ/ファルト)

 付き合い始めてから二週間ほど経ったある日、ファルトはランカに呼ばれて<魔女の森>に来ていた。自分の属性である場所を通り、森の中を抜け、魔女の家まで向かう。

 ランカによると彼女はドミエの魔女になってから、ここで三年ほど一人暮らしをしているらしい。以前はここにランカの師匠である魔女が暮らしていたのだが、今はランカ一人だと言う。


 玄関の扉を三回ノックすると、中からコツコツと歩く音がして、カチャリと扉が開いた。

「いらっしゃい」

 嬉しそうな声と表情で迎えられ、ファルトも思わず微笑む。今日のランカは魔女の黒い服ではなく、シンプルは膝丈ほどの紺色のワンピースだった。シンプルだがランカの銀色の髪が映えてよく似合っている。

 毎日のように通信機で話してはいるのだが、やはり会えるのが一番嬉しく感じる。衝動的に手を伸ばしたくなったが、何とかぐっと手に力を入れてそれを止めた。

 

 会って早々抱きしめたりしたら退かれそうだ。


 何とか抱きしめたいと思う気持ちを抑えて、大人しくランカが招いてくれる扉から中へと入る。ファルトがこの家に来たことはまだ数えるほどしかない。

 大きな木に寄り添うように作られた家はその外観からは想像できないような広さがある。そして一般的な家とは違い、壁が真っ直ぐに作られていない。全体的に壁と天井が丸みがかった形でできており、不思議な温かさを感じる。


 玄関から少し廊下を歩くとすぐに広い部屋に出て、目に映るのは4人掛けのテーブルだ。最初に入った時にもこのテーブルがやけに気になったのを覚えている。椅子も4脚あり、ファルトはここにランカ以外にも住んでいるのかと思ったのだ。

 

「どうして大きなテーブルを使っているんだ?」

 気軽に聞ける関係になったこともありファルトはようやくその疑問を口にしてみた。

「ん?あ、このテーブル?」

 ランカは少しテーブルに手を伸ばして触れた。

「これはね私の師匠より前の人が使ってた家具なの。この家そういうの多くて。私も師匠も使えるものは長く使う主義だから。確か、師匠より前のドミエの魔女は、ご家族で住んでいたんじゃなかったかな?でも手狭になって、師匠がここに住むようになったって聞いたことがあるような」

 昔聞いたことを思い出すようにそう言ったランカがふと視線を動かす。つられたようにファルトもその視線の先を見る。


 そこには最初にこの家に来たときにみた大きな銀色のトカゲがいた。金色のギョロリとした目でじっとこちらをみているようにも見える。その銀色のトカゲを見るとランカがパタパタと駆け寄る。

「久しぶりねー!」

 そう言ってトカゲを持ち上げたランカにファルトは首を傾げた。

「ランカが飼っているわけじゃないのか?」

「え、違うけど」

 不思議そうに返事をしたが、不思議なのはこっちだ。

「じゃあなんで家の中に」

「どうやってかわかんないけど入ってくるの。いつもいるわけじゃないし、時々入ってきてるみたい」

 ランカはトカゲを持ち上げてにこにこしているが、ファルトは思わず眉を顰める。熱心にトカゲを見ていることに気づいたのか、ランカがファルトにトカゲを向けてくる。同じようにされたあの時は緊張でそれどころじゃなかったが、ファルトは向けられたトカゲを再び観察し始めた。


 ただのトカゲには見えない。


 金色の目に、銀色の艶々とした鱗の胴体。長いしっぽがぷらりと揺れる。大きな胴体に比べると短く小さな手は人と同じ5本指で鋭い爪がある。確かに爪はトカゲにとっても重要な役割のあるものだと何かで読んだことはある。

「うしろ見せて」

 ファルトがそう言うとランカがくるりと自分の手の中でトカゲを後ろに回転させてくれる。

 頭部と胴体の付け根の少し下に気になる小さな突起があり、ファルトがそこに手を伸ばそうとした瞬間、トカゲがランカの手の中で暴れて落下した。

「わっ!どうしたの!」

 ランカも驚いて手を離してしまったらしく、落下したトカゲを心配そうに捕まえようとしたが今度はトカゲが逃げていき簡単には捕まえられない。のっそりとした姿からは想像できないような速さで玄関の方へ逃げていくと、結局ランカはトカゲを捕まえることができなかった。


 ファルトは背中に有った二つの突起が気になり、そのまま動けなくなっていた。トカゲを捕らえ損ねたランカが戻ってくるとファルトの前で手を振った。

「大丈夫?ごめん、トカゲいなくなっちゃった」

 ランカの声にファルトはハッとしたように視線を向けた。

「いや、いい。触られたくなかったんだろう」

「お茶でも淹れようか」

 ランカはそう言うと隣のキッチンの方へ移動していく。1つ思い至った結論があるのだが、あまりにも突拍子もないことだったため、ファルトは口にすることをやめて置いた。



 二人でのんびりとお茶を飲んだ後、ランカが不意に立ち上がり、ファルトの腕をつかんだ。

「案内するね」


 そう。今日の目的は最初から決まっていた。以前にランカが言っていたことだ。

『私も家に秘密の部屋があるの。今度見せるね』

 今日はその秘密の部屋を見せてくれるらしい。


 ファルトの場合はやむを得ず彼女に自分の魔法道具だらけの部屋を見せることになったのだが、後から気づいたときは相当恥ずかしかった。元々自分しか入ることを想定していなかった部屋で、自分の好きな魔法道具を並べたり、魔法道具を改造するための、完全なる趣味の部屋だったのだから。

 それをランカは『ファルトの好きが詰まってる部屋って感じだった』と言ってくれた。居た堪れない気持ちにもなったが、そんなものすら受け入れてくれるランカをますます好きになった。


 ランカは扉を開けて部屋を移動していく。ここから先はファルトが入ったことのない部屋で、妙に心臓の音が大きく聞こえ始め、ファルトは自分の表情を変えないことに努めた。

 足を踏み入れた部屋には小さな木の丸テーブルがあり、通信機がのっていた。よく見れば、通信機の中では見たことのある部屋な気がする。

「いつも通信機はここで使ってることが多いかな。それか、あっちのテーブルまで通信機を動かしてるかも」

 そう言って4人掛けのテーブルを指した。

 確かに最初に通信機のレモレとお茶を飲んだときは4人掛けのテーブルの方に通信機が置かれていたのを覚えている。


 入って左側にも扉があり何となく尋ねる。

「こっちは?」

「そっちは寝室」

 聞かなければよかったとファルトはその扉から目を逸らした。ランカの眠っている姿を想像すると、最初にここで会った時のランカの寝巻き姿を思い出してしまう。一番思い出してはいけない姿が頭をよぎり、ファルトは懸命に頭の中からその姿を追い払った。


 ランカは部屋の隅にいくと壁にそっと手を触れる。おそらくそこに描かれていただろう小さな魔法陣が起動した。すると突然天井の一部に穴が開き、スルスルと梯子が降りてきた。


 これは、秘密の部屋っぽい。


 そんな感想を抱きながら眺めていると、ランカが笑ってついて来てと促す。ファルトも頷いて梯子の側にきたものの、梯子を先に登り始めたランカを見てぎょっとする。そんなに裾が広がるタイプのワンピースではないものの、ランカが先に登ったら当然目のやり場に困る。

「ランカ」

 思わず声をかけたのだが、ランカは梯子の途中で立ち止まり、「何?」と下を見下ろしてきた。逆に危ない気がして、ファルトは「何でもない」と言って視線を落とした。

 ランカの細く白い足をいつもより多めに見てしまったのは、許してほしい。


「ファルトも登ってきて」

 上まで上がったらしいランカが顔だけ上から出して声をかけてくる。その様子にホッとして、ファルトも梯子を使って上に登った。


 そこは丸い形をした不思議な部屋だった。そして、壁の半分は本棚で、もう半分にはさまざまな魔法陣が貼られていた。奥にテーブルが置かれており、そこには書きかけの古語の魔法陣やその他何かわからない紙束が置かれている。

 ファルトは何となく惹かれて本棚をずっと眺めていく。自分もよく読んだような古語に関する本が並べられておりさらに親近感が湧いてくる。学生時代に読んだような本も並べれられている。古語だけかと思いきや、意外と薬などの本も多く並べられていることに気づく。


「薬はドミエの魔女として?」

「うん。ドミエの魔女の本業的には薬屋な立ち位置が大きいから」

 そんなランカの言葉に頷きながら本棚を眺めていくと魔法道具の関連も結構な数あった。本当に好きなんだなと思い思わず笑みが溢れる。

「なんか変なの有った?」

 笑われたことに気づいたのかランカがちょっと恥ずかしそうな顔を向けてくる。

「いや、魔法道具も好きなんだなと思って」

「ファルトも好きでしょ」

「そうだけど」

 ランカはそもそも一から作ってしまうようなレベルだ。しかし、ぐるっと部屋を見渡すとどちらかというと古語よりのものが多くある気がして疑問に思う。

「魔法道具はどこで作ってるんだ?」

「あ、それは」

 そういうとランカは、テーブル近くの壁に触れるとそのまま進んでいく。壁に腕が飲み込まれ、ファルトはぎょっとし、思わずランカを引き止めようと彼女の腰を引き寄せる。驚いたような顔をしたランカがファルトを見上げた。

 

 急にお互いの顔が近くなり、二人して赤くなる。

「だ、大丈夫。ここ見せかけの壁なの。幻影の魔法がかかってるから」

「そう、なのか」

 壁に吸い込まれるような状況に思わず引き留めてしまったが、危険はないらしい。ランカを引き寄せた手を緩めると、ランカがゆっくりファルトから離れる。

 少し惜しいような気分になる。

 

「家の中に幻影魔法張ってるのか」

「勝手に改造しちゃった部屋だからちょっと気まずくて」

 そう言ったランカは壁に歩いていき姿が消える。何となく行きづらくて立ち止まっていると、壁からニョキっとランカの腕が出てきてファルトの手を掴んで引っ張った。引っ張られた勢いでそのまま壁に突っ込むと、ぐにゃりと壁が歪んだように見えて、奥には別の空間が現れた。


 その場所は先ほどよりもずっと小さな部屋だった。やはり丸い形をした部屋で小部屋と言えそうな大きさだった。机と椅子があるだけだが、机が半分以上を占めており狭い。手を引かれて入ったが、ランカがピッタリ隣にくるぐらいの狭さで、ファルトは妙に緊張してしまう。

 気を逸らそうとテーブルを見ると、そこには作りかけのさまざまな魔法道具らしきものが並んでいた。魔法道具を作るための道具なども置かれており、ランカはここで道具を作っているのだろうと言うことが見てとれた。


「ぐちゃぐちゃでごめんね」

 ハハハと恥ずかしそうに笑うランカに、ファルトは首を横に振った。自分の部屋のテーブルもごちゃごちゃといろんなものを置いていた。こうなる理由はよくわかる。

「なんか小さい部屋の方が集中できる気がして、制作するときはよくここにこもってるんだ」

 そういうランカにファルトは何となく不安を感じる。

「ご飯も食べず?」

 ぎくりと肩を揺らしたランカにジロリと目を向けると彼女が慌てて手を振って否定してくる。

「さ、最近はちゃんと音の遮断とかしてないし、時間も気にしてるからそんなことはないよ!」

 最近ということは以前は音の遮断までしてここにこもっていたのかと思うと、ランカのことが心配になる。しかし、なぜか少し赤くなったランカが言葉を続ける。

「ファルトと毎日通信機で話したいから、ちゃんと時間見てる」


 可愛すぎるんだが。

 何かに胸を貫かれたような気がしたが、気のせいじゃないだろう。


 ファルトは決まって同じ時間に通信機で連絡を取るようにしていた。以前と変わらずずっとファルトからかけているのだが、ランカがその時間を気にしてくれていたということに、口元が緩むのは仕方ない。狭い部屋の中で堪らずランカを引き寄せて抱きしめる。元々隣にくっついていたような形だが、ランカを自分の腕に抱き寄せるととても満たされたような気分になった。

 少しするとランカもファルトの背中に腕を回してぎゅっと抱きしめ返される。


「これが、私の秘密の部屋」

「ランカの好きが詰まってる」

「うん。誰にも見せたことなかったから、ファルトがいるの変な感じ」

 腕の中でふふと照れたように笑うランカが可愛くて、ファルトはもう一度ぎゅっと抱きしめた。もっと彼女を自分のものにしたくて堪らなくなる。


 いや、落ち着け。

 自分の中の考えに、慌てて首を振る。


 何とか理性を総動員し、手を離す。ふとテーブルに置かれた加工された魔石を見つけて、手を伸ばした。

「これは?」

「あ、前に話してたでしょ?魔力石の統一した形状について。どういう形がいいんだろうなーと思ってちょっと色々削って見てたんだ」

 現在の魔力石は形は整っていないものが多く、魔法道具にそれを使用しようと思うと外側に出っ張ったりして魔法道具の形がイマイチになるというような話を二人でしていた。その時の話を元に、どんな形がいいのか考えていたのだろう。テーブルにはいろんな形に加工された魔石があった。

「この円盤型いいんじゃないか?」

 薄型にはもってこいな形な気がしてそういうと、ランカが頷く。

「私もそう思う!でも体積が小さいからやっぱり溜められる魔力がどうしても少なくなっちゃうんだよね。長時間使用するのには向かないかな」

 そんな魔法道具に偏った話を二人でしているとあっという間に時間が過ぎてしまう。



 かなりの時間がすぎた後、ハッと気がついて1階に降りた二人は、すっかり日が傾きかけた窓を見ることになる。橙色に染められた空を見て、ランカが複雑な表情をしていた。

「ランカ?」

「……、もう帰る?」

 今日のファルトは鉄道を使って来た。帰るのにもそれなりに時間がかかる。すでに夕方のため、そろそろここを出たほうがいいのは確かだ。ファルトとしてもかなり名残惜しいのは間違いないが、いつまでもここにいるわけにもいかない。

「あぁ、鉄道の時間もあるし」

 そういうとランカが大きくため息をついた。

「なんか、時間があっという間に終わっちゃう」


 ランカももっと一緒にいたいと思ってくれてるのか?


 それだけでファルトは気持ちが高揚していくのがわかる。

「ランカ、キスしても?」

「何、突然!?」

 唐突なファルトの発言にランカが夕日に染められたように真っ赤になる。実際窓の外の夕日の光が入って来てはいるのだが、それよりも赤い気がした。

「キスしたい」


 恋人になってくれると言ったその日の帰りにキスをしてしまったため、その後ファルトはなるべく自制した。自制したと言っても抱きしめるだけにとどめるぐらいの程度ではあるが、急ぎすぎてランカに逃げられるのは困る。自分も慣れていないが、ランカも慣れていないのはわかる。


 ファルトがはっきり自分の気持ちをいうと、さらにランカが真っ赤になったが、その真っ赤な顔のままファルトの側に来て、頭をぽすっとファルトの胸あたりに落とした。それが同意する意味であると判断し、ファルトは俯いてしまったランカの顔の頬に触れ、彼女の体をもっと自分の方に引き寄せる。

 触れた手に導かれるように顔を上げてくれたのだが、真っ赤な顔のランカはぷいっと横を向いてしまう。


「……、なんで?」

「ファルトがそんな風に聞くから!」

「聞かない方良かった?」

「……、聞かなくても、していい」

 ランカがそっぽを向いたままそんなことをいうため、本日何度目かの何かに胸を撃ち抜かれる気分に陥った。


 ランカの顔に自分の顔を近づけると彼女が少しだけ顔を戻してくれたため、そのまま緑の綺麗な瞳を捉えると彼女の柔らかな唇に自分のそれを重ねた。一度ではやめられず、ファルトが少し離してから、角度を変えてキスをすると、ランカもそれを目を閉じて受け入れてくれる。


 やばい。


 やばいと思いながらも、頬に触れていた手はランカの細く白い首筋をなぞる。ランカの腰あたりに置いていた左手は彼女の背中を服越しに撫でていく。自分の手なのに自分の手ではないかのような気分になる。彼女の背中を撫でた瞬間、ランカが「あっ」と上げた声がやけに色っぽくファルトの耳に響く。堪らずもう一度だけ啄むようなキスをする。

 真っ赤な顔のランカがうっすら目を開けてこちらを見る。


 もっと欲しい。


 そう思ったが、直感的に本当にまずいと思いファルトは何とかランカを引き離した。赤い顔のランカも自分の頬を両手で押さえている。お互い若干気まずい時間が流れた。


「……、来週は、王都の方に来ないか?」

 何となく話を変えたくてそう提案すると、少し落ち着いたらしいランカがこくこくと頷いてくれたためホッとする。



 ランカが森の端までファルトを送ってくれるというため、二人で森の中を歩いていた。そんな時にランカがぽつりと言葉をこぼす。

「もっと、ゆっくりできるといいのに。遠いね」

 その言葉にファルトの頭の中は、どうしたらランカとゆっくり過ごすことができるようになるかを計算し始めていた。一つ言葉が頭の中に浮かんだのだが、流石に早過ぎると頭の中で否定する。


 森の端までくるとランカが立ち止まった。

「じゃあ、またね」

 少し寂しげな表情で手を振ったランカに、ファルトも軽く手を振った。王都で会う時もいつもこの別れの時間が辛い。そして来週末までの時間が酷く長く感じる。

 鉄道に乗るために歩き出したファルトだったが、頭の中は王都の部屋を改造することでいっぱいになっていた。



 それをランカに相談もせず行ったことで、二週間程後にランカに浮気を疑われるなどとは夢にも思わずに。


 終

ただのいちゃいちゃでした。

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― 新着の感想 ―
[一言] 真面目な二人のイチャイチャは貴重ですが、全然足りません!二人の様子が可愛らしくもあり焦ったくもあり、、、もうちょっと、と欲が出てしまいます
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