18.婚約パーティ
それから間もなく、ヒュートマスターのウォルト・スレンとスマイソン侯爵令嬢のブリジットとの婚約が発表された。
レイナートとレシアが恋仲であることは社交界の一部でも噂されていたが、それは貴族の悪習がいうところの恋人であり、本妻はブリジットで決まりだろうと予測されていた。それを覆しての婚約発表に社交界は大いに賑わった。
ふたりの婚約パーティーには多くの人が参加した。
ウォルトは自らが友人と呼んでいるヒュートのメンバーズを数多く招待した。そして、スマイソン侯爵令嬢であるブリジットにも招待すべき貴族は多い。
図らずもヒュートと貴族の社交の場となった婚約式であったが、それはウォルトの人柄を表すかのような賑やかで楽しいパーティとなった。
貴族の中にはヒュートを野蛮人の集まりと捉えている者もいる。しかしヒュートは階級を重んじており、貴族で構成される騎士よりもその辺りは厳しい。想像以上に礼儀正しく振る舞う彼らは貴族たちに、自らの考えを改めるきっかけを与えた。
しかしなにより圧巻だったのは、ウォルトと共に会場に姿を現したブリジットであった。
高位貴族の令嬢なら誰もがそうであるが、公の場では自らの表情を殺すことを教育されている。ブリジットもその教えを守り、すべての物事に作り物の微笑みで対処してきた。
その彼女が大輪の花がほころぶような華やかな笑顔で、傍らに侍らせた婚約者の囁きに頬を染めているのである。この婚約が政略によるものでないことは明らかであり、高位の令嬢でも恋を叶えることはできるのだ、と証明した。
社交の場は婚約者探しの場でもある。貴族男性にはない男らしさを持つメンバーズはたちまちご令嬢方を虜にし、意外に積極的な彼女らに彼らは翻弄されていた。
そしてプレイボーイの名を欲しいままにしていたウォルトであったが、今まで噂されてきたどのご令嬢もそれぞれの婚約者と共に参加した。
「ウォルト様、ご婚約おめでとうございます」
「ありがとう。そちらもうまくいったみたいだね」
ウォルトは彼らのキューピッド役をやっていたのだ。誰よりも貴族の婚姻の難しさを痛感していたウォルトは、様々な事情から想い人と結ばれることができないと嘆いていた男性、あるいは女性に手を貸してきた。
あるときは恋敵役を演じ、男性の嫉妬心を煽って求婚させた。またあるときは無作法な男を演じて、あちらのほうがマシだと両親に本命との婚約を承諾させた。
そういう人たちはウォルトへの全面的信頼を携えてパーティに参加した。
彼らの中には高位の貴族も含まれている。貴族は派閥に属する者がほとんどで、自らが所属する派閥の高位がパーティへの参加を表明した場合は、それに従うのが通例だ。
そのため、渋々参加した下位貴族もいただろうが、高位貴族のウォルトへの親しみある態度は、彼らのヒュートへの偏見を取り除く機会となった。
すでにウォルトから子細という名の言い訳を聞いているブリジットは彼の隣で穏やかに微笑んでいる。
「ブリジット様にはなんとお詫び申し上げてよいか」
その謝罪にブリジットは首を左右にふり、
「ウォルト様の優しさはわたくしの誇りですわ」
と言った。ブリジットの発言にウォルトは思わず片手で顔を覆い、俺の恋人が可愛すぎる、とつぶやいた。
彼の漏らした惚気にブリジットはまた頬を赤らめ、その愛らしさにたまらなくなったウォルトは赤らんだ頬にキスをして、
「そんな可愛い顔は俺だけに見せてよ」
と耳元に囁いた。その甘いセリフに真っ赤になってしまったブリジットを彼は易々と抱き上げ、
「俺の婚約者は気分が悪いようだ」
と、うそぶき、あっという間に彼女を控室へと連れ去ってしまった。
主役不在のパーティはその後も盛り上がり、集まった人々はそのひと時を大いに楽しんだのだった。
このパーティはルキルス邸のメイドたちの間でも度々話題にあがった。
彼女らは下位ではあるが貴族でもあるので、実際にパーティに参加した者もいるし、どこかのお茶会に参加して噂を集めてきた者もいるだろう。
レシア自身はパーティに参加できなかった、彼女はまだ正式に社交界デビューをしていないからだ。レイナートはもちろん参加したが、このような機微をいちいち気にする男ではない。
「にしても、これでやっと若旦那様とレシア様の番ですね」
メイドのひとりがいうと皆が一様に微笑んだ。
「そのためにも賢者の学院へ行って、魔法使いとして認めてもらわないといけませんね」
「レシア様なら大丈夫です」
「頑張ってきてくださいね」
口々に励ましの言葉をかけられ、レシアは、ありがとう、と心からの笑顔で礼を言った。
先触れを受けてレシアとレイナートはルキルス邸の正面玄関に立った。やがてヒュートの紋を掲げた馬車が到着し、中からシェリスが顔を出す。
「レシアさん、出発ですよ」
「はい」
レシアは軽くうなずいて見送りのレイナートと抱き合った。彼の匂いに包まれるこの瞬間がレシアは好きだった。
旅に魔物は付き物だ。それにレシアの存在が広まった今、用心すべきは魔物だけではない。
賢者の学院は世界機関であり、その機関が認めた魔法使いをかどわかすことは明確な国際的犯罪となる。逆を言えば、学院の証書を持たないこの期間がレシアを手中に収める最後のチャンスとなり、彼女にとっては最も危険となる。そのため、この旅にはレイナート自らが同行するつもりだったが、外交絡みの任務は他のマスターには難しい。
それにシェリスの強さは自分と同等かそれ以上だとレイナートは認識している。もし彼女が言い出さなかったら、レイナートがシェリスに護衛を依頼するつもりであった。
「道中、気をつけなさい」
レイナートは腕の中にいる最愛の女性に告げると、彼女は小さくうなずき、レイナート様もお気をつけて、と顔をあげた。レシアの顔には決意が浮かんでおり、この旅が危険なものになるであろうことは彼女にもわかっていた。
再び、こうして互いに抱きあえることを願って、ふたりはしばらく見つめあった後、出発をした。
「なんだか余裕ですね」
城下町を抜け、郊外に出たところで突然シェリスに言われ、レシアは首をかしげた。その様子にシェリスはクスリと笑う。
「レイナートさんですよ、あっさりあなたを手放したから」
お別れに三十分はかかると読んでました、というからかいの言葉にレシアは穏やかに微笑んで、
「わたしたち、愛を確かめ合ったから。離れていても大丈夫です」
と言った。シェリスは、あらまぁ、と言い、レシアと同じく穏やかに微笑んだ。
次回投稿は未定です、申し訳ございません(o_ _)o