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16.ブリジットの恋

レシアと想いを交わしたレイナートは彼女を様々な場所に連れ出した。レシアはまだデビュー前で、さすがに夜会には出かけなかったが、観劇、茶会、ときには夜の街歩きもした。

互いに多忙な身ではあったが、限られた時間であることがより一層に甘く愛しいひと時となった。

しかし、そうやってふたりが逢瀬を重ねるほどに、レイナートとブリジットとの関係も噂されるようになる。それはいまだ社交界デビューしていないレシアにまで聞こえてくるほどで、ブリジットの想いに気づいている彼女としては歯がゆいばかりであった。

ウォルトは社交界きってのプレイボーイで、流した浮名は数知れず。ウォルトは毎回違う女性を伴って夜会に参加しているが、意図的に後腐れのない相手ばかりを選んでいる。

それはブリジットにもわかっていて、だからこそ自分が選ばれないこともわかっていた。ブリジットはスマイソン侯爵令嬢であり、ヒュート分室長を父に持つ。ウォルトにとってスマイソン侯爵は上司であり、さすがの彼も上司の娘を遊び相手に選ぶような非常識さはない。


「要するに、ウォルトが腹をくくるしかない」

夕食後、サロンでレイナートはぼやいた。彼の腕の中には、アンマリーから渡された魔法書を読むレシアが収まっていて、彼女は僅かに顔をあげた。

「腹をくくる?」

「ブリジット嬢の気持ちがウォルトにあるのは明白だ。俺はスマイソン侯爵から申し込みをさせればいいと彼女に言ったのだが、行動に移そうとしないんだ」

レシアは同じ女性としてブリジットの気持ちがなんとなくわかった。上司から言われればウォルトは承知するだろう。だが、それでは意味が無い、ブリジットはウォルトのただひとりとして選ばれたいのだ。

貴族の中には堂々と愛人を持つ者もおり、それが文化として根付いている。ウォルトが同じようにするとは思えないが、そうなったとしても文句は言えないくらい、政略結婚の匂い漂う縁談となるだろう。

愛人に収まろうとする女が後を絶たない結婚生活と分かっているのなら、ブリジットは諦めたほうがいい。しかしブリジットとウォルトの距離は近い、彼女はヒュート分室勤めで、ウォルトはヒュートマスター。顔を見てしまえば想いは募り、ブリジットは彼を忘れることができずに今に至るのだろう。

レイナートの助言に従わなったのは、ひょっとしたらブリジットはもう諦めていて、噂のまま、レイナートと結婚するつもりだったのかもしれない。

そういう意味ではレシアは彼女からレイナートを奪ったことになり、いたたまれない気持ちになるが、レシアもレイナートと同様に好いた相手を他の誰かに渡すことなどできない。心の中で申し訳ないと手を合わせるしかなかった。


「ブリジット様はウォルト様のお心が欲しいのだと思います」

そういうレシアにレイナートは言った。

「なにを言っている、ウォルトはブリジット嬢にベタ惚れだろう?」

「え?」

「気が付かなかったか?」

「それは、本当ですか?」

半信半疑のレシアにレイナートは自信たっぷりに答える。

「ウォルトはブリジット嬢の呼び掛けには、他の者のそれより一秒早く返事をする。話をするときも、ブリジット嬢が相手なら半歩近い距離に立つ」

ちなみに俺と話す時は五歩は遠いな、と笑った。それはレイナートの声が大きいからだろうとレシアは思ったが、今は黙っておくことにした。

「そんな僅かな違い、誰にもわかりません」

「ヒュートマスターは全員、気付いているぞ」

彼らは秒の違い、半歩の違いの中で生きている。その僅かな差が生死を分けるのだ。しかし残念ながらその他大勢の生活はそこまで厳密ではない。

「少なくともブリジット様はお気付きではありません」

レシアの断言にレイナートは、何故だ、と首を傾げたが、そこは惚れた弱みと言うべきか、己が可愛い恋人がそういうのならそうなのだろう、と納得した。


そんな会話をしてしばらくたったころ、レイナートの言うようにウォルトもブリジットに思いを寄せていると明確にわかる出来事が起こった。

レシアはアンマリーとの面会のため、王宮を訪れる機会があった。その帰りに、せっかく王宮に来たのだからとヒュート分室のブリジットを訪ねることにした。

「まぁ、レシア様」

「ここに来るなんて珍しいね」

分室に顔を出したレシアを、ブリジットとウォルトが出迎えくれた。二人は相変わらずつかず離れずの距離を保っている。

「アンマリー様からお声掛けを頂戴しまして」

「なんのご用で?」

「先日お借りした魔法書のお話です」

それを聞いたウォルトが、つまんなそ、と呟いた。

「ヒュートに来てる魔法使いもそうだけど、あんたたちっていっつも本読んでるよね。勉強、好きなの?」

ウォルトの問いにレシアはクスクスと笑いながら、

「魔法は改良を続けていくものなんです」

と言った。魔法自体が一般的ではないのだから、彼がそれを知らなくても不思議ではない。

「より簡素に正確にすばやく、これを目標としています、強い術ほど複数の手順を踏まないと発動できませんから」

「確かに。その間に魔物に狙われるなんてざらだしね」

ヒュートではメンバーズが発動中の魔法使いを守り、彼らはその守りの中で術を完成させている。その時間が短縮されることは大いに歓迎だ。

ふたりの会話を横目にブリジットはお茶を用意している。ヒュート分室での会話は機密事項がほとんどのため、この部屋での給仕はブリジット自らがしている。

「レシア様、どうぞ」

「ありがとうございます」

ブリジットの用意したお茶をレシアは遠慮なく頂く。ウォルトではないが、彼女の淹れるお茶は本当に美味しいのだ。

彼女は書類に書き込みをしたり、調べ物をしたりしていて、ウォルトはそれを邪魔したり、手伝ったりしている。そんなふたりをレシアはこっそりと片目で眺めていたが、ウォルトは普段と変わらず、ブリジットのことを特別視している様子はない。

そんなとき、彼女が席を立った拍子に髪にさしてあった花飾りが落ちた。それを拾ったウォルトは、その花に愛おしげに口づけをし、自分の胸に飾ったのだ。それは彼のマントで隠れてしまって外からは見えず、落とした本人は気付かない。

偶然見てしまったレシアだけが知ることとなり、以降、挙動不審になってしまった。そんなレシアを心配したふたりはレイナートを分室に呼び、結局、彼に屋敷まで送り返される羽目になった。

当然のことながら恋人に隠し事などできるわけもなく、レシアはその夜、レイナートから甘い責め苦を与えられ、すべてを話してしまった。


「ウォルトもやるなぁ」

レイナートはレシアの銀髪を手でもてあそびながら笑っている。

「お互いを想っていらっしゃるなら、何の問題もないと思うのですが、何故進展しないのでしょう」

「これは俺の想像でしかないが、男の矜持ってやつだろうな」

「矜持?」

「ヒュートマスターの収入は充分にあるから、ブリジット嬢に侯爵家と同じだけの生活をさせることなど造作もないが、やはり領地が欲しいのだろう」

「それは古典に倣うのなら、男なら一国一城の主に、ということですか?」

「端的に言えばそうなるな」

「それを待っていて、ブリジット様が婚期を逃されるのは本末転倒かと思います」

貴族女性の婚姻は早い。ブリジットは十八で既婚でもおかしくない年齢だ、それがいまだに婚約すら調っていないとなると、いささか行き遅れの部類に入る。

「ウォルトは功績の褒美として領地を願い出るつもりなのだろうが、俺も気が長いほうではないからな」

レイナートとレシアの婚約を発表するにしてもブリジットとの噂を清算しなければならない。

「なんの憂いもなく君を抱きたい」

そういってレイナートはレシアをかき抱き、その首筋に唇を這わせた。

「レイナート様、今は真面目なお話をしています」

おやめください、というレシアの抗議にレイナートは、俺は至って真面目だ、と返し、

「少しつついてみるか」

と言った。その顔はなにやら企んでいるようで、実直なレイナートでも絵図を描くこともあるのだとレシアはそんな感想を抱いた。

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