15.レシアの恋
微エロです(せめて深夜投稿にしてみました)、苦手な方はご注意ください
レイナートが久しぶりに屋敷へ戻ってきた。彼も隣国での任務を前に、多忙を極めていた。それでもときどきはこうして屋敷にもどってきて、レシアと晩餐を共にする。
「お待たせしました」
メイドによって磨きあげられたレシアはとても美しく、レイナートはとろけるような瞳で彼女を眺め、そっと手を取り指先に口づけをした。
「レシア、とても綺麗だ」
熱に浮かされているかのようなレイナートの囁きにレシアは顔を赤らめながらも、ありがとうございます、と応え、ふたりはうっとりと見つめあった。
それを居並ぶ使用人たちが目を細めて見守っている。
レシアを王宮へと連れて行ったその日の夜、レイナートは珍しく執事長を叱責した。
「ブリジット嬢との婚約はただの噂だ、くだらないことをレシアに吹き込むな」
「申し訳ございません、メイドたちにもきつく申し伝えましょう」
温厚なレイナートが見せた苛立ちに執事長はその心内を察したが、なにも言わず謝罪するにとどめた。
翌朝、レシアに近しいメイドたちを呼びレイナートの言葉を伝えた。彼女たちの中には下級貴族の娘もおり、自分の聞いてきた噂と違うことに眉をひそめている。
執事長はそこで口調を和らげ、これはわたしの独り言です、と宣言した上で、
「春が近いやもしれませんね」
と言った。その一言でメイドたちには伝わったようで、まぁ、とか、きゃぁ、とか言っている。
「わたしの独り言はおしまいです。さぁ、今日も働きましょう」
メイドたちはいつになく元気のよい返事をし、各自、持ち場へと散っていった。
社交界でのレイナートはウォルトと並ぶモテ男である、にも関わらず本人は色恋に疎い。誰がどう見ても彼はレシアに惹かれているのに、自分の想いに気付いておらず、そしてそれはレシアも同様。
この恋愛音痴なふたりを後押しすべく、メイドたちは事あるごとにレシアを着飾らせ、レイナートの前に引き出した。
レイナートの帰還に合わせてレシアにドレスを着せたのも、半分はルキルス伯爵夫人の指示、半分は自分たちの判断であった。
そうした努力の甲斐あって、今、ふたりは甘く見つめあっている。
使用人にとって主人のプライベートというのはとても大事だ。それがうまくいっている家は明るく、働く側も気持ちよく働けるし、賃金アップも難しくない。逆は言わずもがな。
彼らは単におせっかいを焼いたわけではなく、自分たちの職場の治安を守ったのである。
久々にレシアとの会話を弾ませたレイナートは心地よい思いで食後の酒を楽しんでいた。
サロンでくつろぐレイナートにレシアはそっと歩み寄り、
「レイナート様」
と呼びかけた。
「どうした、レシア」
ソファに身を沈めていたレイナートが体を起こすと、レシアは彼の持っていたグラスを取り上げ、代わりに虹色に輝く石のついたイヤリングをその手にのせた。
「これは?」
「レイナート様のために祈りを込めました」
レイナートはヒュートマスターというだけあって多少なりとも魔力が視える。そのレイナートが視た限り、石には複数の魔法がかけられており、相当な価値が伺える。
「これを俺に?」
「隣国での任務は危険なものだと聞きましたので、無事の帰還を願ってご用意しました」
レイナートの今回の任務は、隣国からの支援要請だ。魔物の出現が国境に近く、かつ大量の為、支援を送ることになり、レイナートがその任に当たることになった。
討伐だけでなく外交手腕も問われる難しい任務。考えたくはないが、人間と命のやり取りをする事態に陥る可能性もあり、貴族としての社交経験があるレイナートが選ばれたのだった。
「レシア」
レイナートはレシアの腰に手を回し、その身を抱き寄せる。
「レイナート様?」
レシアを見上げる彼の瞳は黄金の輝きを放っており、レシアはその眩い光から目が離せない。
「賢者の学院への旅を終えたら君は社交界にデビューし、婚約者を定めることになるだろう。その役目、俺にさせてはもらえないか?」
レイナートの申し出にレシアは眉を寄せた。
「それは、それはいけません。わたしはルキルス家に良い効果をもたらしません」
「俺は君にそんなものは求めてない」
「ダメです。万一、謀反を疑われたら取り返しがつきません」
「そんなことにはならない。陛下はルキルスを信頼くださっている、俺はそれに応えるだけだ」
それでもレシアは、ダメです、と言ってレイナートから逃れようとするが、彼はそれを許すような優しい男ではない。
「レシア、観念してくれ。俺はもう君を手放せない、他の男に君を譲ることなんてできないし」
そこでレイナートはレシアの顔に己がそれを近づけて告げた。
「君も俺を好きなんだろう?」
「それは」
レイナートに心の内を見透かされたレシアは狼狽し、あわてて顔をそらそうとするがレイナートはそれを許さない。
彼はレシアのあごに指をついっとそえ、視線を自分に向けさせる。
「レシア、イエスと」
燃えるようなレイナートの熱い視線はレシアをとらえて離さず、彼はその思いのままに彼女の唇を奪った。レシアのそれはひどく甘く、その心地よさに頭の奥が痺れるようだった。
レイナートは初めて知った、愛する女性との口づけは我を忘れるほどの激情を伴うということを。
「レイナート様」
レシアの濡れた声色は彼の内に秘めた仄暗い想いを暴いていき、レイナートはゴクリと喉を鳴らした。
「レシア、愛してる」
レイナートはレシアに溺れた。
「君にこれを」
そう言ってレイナートは身に着けていた指輪を外し、己の腕の中に収まっているレシアの指にそれをはめた。
レイナートにぴったりだったはずの指輪はレシアの指に収まった途端、彼女のサイズへと変化した。そのことでレシアはそれが魔法のかけられている品物だと気づいた。
「我が家に代々伝わる指輪だ、持ち主を護ってくれる」
「そんな大事なもの、いただけません」
レシアは即座に指輪を外そうとするがレイナートはその手をやんわりの握りこみ、
「君に持っていてほしいんだ」
と彼女を甘く見つめた。
「それに俺には君からもらった石がある、これも持ち主を護るんだろう?」
「そういう風に祈りは込めました」
「だったら二つもいらない、これは君が持っていなさい」
レシアの指に輝く指輪を愛おしげに眺めたレイナートは、その手のひらに口付けをし、レシアに視線を送った。
その色気あるしぐさに当てられたレシアは、思惑通り彼に縋りつき、
「レイナート様はずるいです」
と可愛らしく囁いた。
知っている、と余裕のある返事をしたレイナートは再び、最愛の女性を愛でることに専念した。
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