14.祈りを込めた贈り物
出発までの時間ができたことにレシアは内心ほっとしていた。実は前々からレイナートに贈る石を作っていたのだ。
先の魔物討伐に同行していた魔法使いから、補助魔法を物質にかけるやり方を教わった。
そういうことはまじない師がもっとも得意とする分野だが、彼らより強い魔力を持っている魔法使いでもできないことではない。
『はっきり言ってその辺に転がっている石にでも魔法はかけられます、ただキャパシティがありますのでそれを超えた魔力を与えると砕けます。高価な宝石はその容量も大きいのでいろいろな魔法が込められます』
その分、懐がさみしくなりますがね、と教えてくれた魔法使いは笑った。
レシアが望めばレイナートはどんな高価な宝石でも用意してくれるだろうが、サプライズだから彼には言えない。
それに伯爵令息であるレイナートが持ち歩いてもおかしくない程度に美しいものがいいから、路傍の石は相応しくない。
いろいろ悩んだレシアはガラス玉に魔法をかけることにした、これならレシアの所持金でも充分に買える。
始めてみて分かったことは同じガラス玉でもそれぞれにキャパシティが違うということだ。大きいガラス玉ほど容量が大きいということでもなく、完全に個体差であり、それは魔法をかけてみなければわからない。
教えてくれた魔法使いにもっと詳しいことを聞きたかったが、レシアの力を目の当たりにした彼は以降、急によそよそしくなってしまい、別れの挨拶もないまま宿舎に帰ってしまった。
たぶん彼のプライドを傷つけてしまったのだろう。ヒュートに属せる魔法使いは、賢者の学院の中でも実力が上のほうだと聞いた。そんな彼を遥かに上回る力をレシアは見せつけたのだ。
本部に行けば会えるとも思ったが、素直に教えてくれるとは思えないし、万一トラブルになったらレイナートにこのサプライズが知られてしまうかもしれない。
レシアは賢者の学院への旅の準備を進める傍ら、見よう見まねでガラス玉に補助魔法をかける作業を続けた。
ようやく満足できる仕上がりの石ができあがったのは、砕けたガラス玉が二百を超えた頃だった。
魔法をかける前はただの透明なガラス玉だったのに、レシアの魔力を受けたそれは虹色に輝いて見える。これに金具をつければ、伯爵令息でも見劣りすることのないアクセサリーになるだろう。
「レイナート様」
お互いに忙しく、ほとんど会えてない彼を思い、レシアはその名前をつぶやいた。
その日、レシアは仕上がったガラス玉を持ってブリジットの住む屋敷、スマイソン侯爵邸を訪れていた。
あれ以来、ブリジットとはお互いの屋敷を行き来するほど親しくなった。いずれ社交界にデビューしなければならないレシアとしては侯爵令嬢の存在は頼もしく、ブリジットのほうもヒュートという共通の話題のあるレシアを好ましく思っているようだった。
ブリジットの身に着けているアクセサリーはどれも侯爵家お抱えの職人が制作している。レシアはその職人に、自分の用意したガラス玉に金具を取り付けてもらえないか、お願いに来たのだ。
「ごきげんよう、レシア様」
「ごきげんよう、ブリジット様」
ふたりは挨拶をかわし、テーブルについた。控えていた給仕のメイドがお茶を注ぎ、また端へと戻っていく。
「宝石を加工したいとお伺いしましたが?」
ブリジットは、事前に受け取ったレシアの手紙に書いてあった内容を確認した。それを受けてレシアは持ってきたガラス玉を取り出しながら言った。
「はい、レイナート様にお渡しするお守りを作りました。これに金具をつけて身につけられるようにしてほしいのです」
レシアの取り出したガラス玉は虹色に輝いていてブリジットは思わず言葉を失った。
ブリジットは王宮のヒュート分室で勤めている。ヒュートの任務に危険はつきもので、時には強い魔法のかかった宝石を貸し与えることもあった。
それらは大変高価な品物の為、例外なく宝物庫に収められ、厳重に保管されているが、今、レシアが取り出したガラス玉はそれと同様の輝きを放っている。
「レシア様がこれをお作りになられたのですか?」
「見よう見まねです、どうやらわたしはまじないが得意ではなかったようで、とても苦労しました」
とレシアは苦笑して眉を下げているが、得意ではないひとが作ったとは思えない出来栄えだった。
「レシア様、これは国宝級ですわ」
ブリジットはため息とともに言葉を吐き出した。
「国宝?」
「わたくし、宝物庫に収められている魔法のかかった宝石を見たことがあるのですが、それと同じように見えます」
レシアは少し考えてから、
「元はただのガラス玉だったのですが、レイナート様が身につけるのにふさわしい価値がついたのなら嬉しいです」
と微笑んだ。それはとても穏やかな笑みで、レシアの心の内を表しているかのようだった。
「レイナート様をお好きなのね」
ブリジットの言葉にレシアは顔を赤らめながらも頷いた。これだけ価値のある品物を贈るということは、その相手に明確な好意を示すことと同義だ。
レシアに向ける笑顔、呼びかける声、掴んで離さない手、それらが失われることがないように。レイナートの無事を祈って毎日まじないをかけていたその日々が、奇しくもレシアに恋心を自覚させたのだ。
でも彼は伯爵令息で自分は平民、どうしたって釣り合わないとわかっている。それでもこの想いは止められない、伝えたい。
「わたしは平民ですから、レイナート様の隣には立てません。でもせめて気持ちだけはお伝えしたくて」
レシアの言葉にブリジットは口を開きかけ慌てて閉じた。レイナートがレシア獲得のために動き始めていることを侯爵から聞いていたからだ。でもおそらく彼は彼女になにも言っていない、ならばブリジットは何も言えない。
「もっと自信を持って。身分ならレイナート様が下さるわ、彼と結婚すればあなたは伯爵夫人だもの」
ブリジットの言葉にレシアは力なく微笑んだ。
「貴族は家のために婚姻すると聞いています、わたしではレイナート様になにも差し上げられない」
宮廷魔術師という立場が確約されているレシアではあるが、それはルキルス家にはなにももたらさないどころか、下手をすれば厄介ごとにもなりかねない。ヒュートマスターを輩出してきたルキルス家は武力という意味では国内屈指の強者であり、それに魔法使いが加わればもはや危険視されかねないからだ。
その辺りのことはレシアにもわかっていて、だから彼女は、自分との婚姻はルキルスにメリットをもたらさない、と言っているのだ。
これにブリジットは言葉を失った。ブリジットもまた侯爵令嬢であり、家門のために嫁がねばならない身。自分がどれだけウォルトに想いを寄せたとしても、侯爵家に益のない婚姻など、父はともかく、親戚が許すはずもない。
「レシア様の恋が実りますように」
ブリジットはレシアの手を握り、祈りを込めた。それはブリジットの想いも物語っているかのようでレシアもまたブリジットの手を握りかえし、
「ブリジット様の恋が実りますように」
と、祈りを込めた。
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