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12.ウォルトとの任務

レイナートとの討伐に出て以降、レシアは時々、任務に出るようになった。レイナートとのそれがほとんどだったが、時には他のマスターと組むこともある。

その夜はウォルトとの任務であった。

「レシア嬢、お久しぶりです」

指定された集合場所に、浮遊魔法で現れたレシアをウォルトが出迎える。

「ご無沙汰しております、ウォルト様」

レシアは身に着けていたマントを外しながら言った。

「それ、レイナートの?」

「そうです、街中を飛ぶなら目立たないほうがいいとおっしゃって出掛けにお借りしてきました。でもわたしには長いので外します」

レシアは苦笑しながらそれをたたんでいるが、ウォルトはレイナートの意図を読んで思わず、怖っ、とつぶやいた。

ヒュートにとってマントは大きな意味を持つ。それを見れば階級がわかるし、マスターのそれは旗印と同等といっても過言ではないほどの重みがある。

それをレシアに貸したということは、彼女は俺の女だから手を出すな、という意味だ。

なんという独占欲と執着心。ウォルトはレイナートと長い付き合いがあるが、こんな男だとは知らなかった。恋は女を変えるというが男も変わるようだ。

「いや、外さないほうがいいと思う」

「でも長くて」

「こうすればいいよ」

ウォルトはレイナートのマントをレシアから受け取り、目立たぬように縫い付けてあるホックで内側にはしょりを作った。

「水場だったり草が長かったり、そういうところではこうやって短くして使うんだ」

「そうなんですね」

レシアは再度、マントを身に着けてみる、この状態でやっと足首程度になった。

「まだ長いですけど」

困った顔をするレシアにウォルトは笑顔で応じた。

「でも着ていたほうがいいよ」

「そうですか?」

「うん、世界の平和のためにね」

「世界平和?」

ウォルトの大袈裟な表現にレシアは怪訝な顔をしてみせるが、彼には誇張表現をしているつもりはない。

レイナートは狙った魔物は絶対に逃さない。それはおそらく色恋も同じで、可哀想ではあるがレシアはもうあの男から逃れることはできないだろう。

逆を言えば彼女に手を出したメンバーズはもれなくあの世行きということになる。こんなどうでもいいことで命を落とすなど、あってはならない。

この場の責任者として、レシアがレイナートの獲物であるということを明確に示しておかなければならないし、それをしろという意味であの男はレシアにマントを貸したのだ。

抜け目のない男だとウォルトは内心で舌を巻きながら、集まったメンバーズにレシアを引き合わせた。

「魔法使いのレシア嬢だ、くれぐれも失礼のないように」

レイナートのマントをまとった女性とウォルトの言葉に、メンバーズはその意図を察して黙ってうなずき、よろしくお願いします、とふんわり微笑むレシアひとりだけが、それをわかっていなかった。


夜が明け近くになって、マスターのトラヴィスが合流した。

「おまえがこっちに来るなんて珍しいじゃん」

ウォルトは西の担当でトラヴィスは東、彼らは真反対を受け持っており、任務地が重なることはあまりない。

「シェリスと共同任務だった、魔法使いがいると聞いたから寄ってみた」

「レシア嬢ならあそこだよ」

ウォルトの指さした先にはレシアがいて、この辺り一帯に張った結界に魔力を注いでいる。

「実力はどうだ?」

トラヴィスの言葉にウォルトは言う。

「あの結界も相当なもんなんだけどさ、あれを維持しながら襲ってきた魔物に応戦できるんだ。あれだけ魔法が使える魔法使いって俺、初めてみたよ」

ウォルトの言葉にトラヴィスは、そうか、とだけ言った。

「それより、なぜ彼女はレイナートのマントを身に着けてるんだ?」

トラヴィスの言葉にウォルトが固まる。

「なぜってそんなの決まってるだろ」

「彼女はマスターじゃない、マスターでないものがマスターのマントを身に着けるなどおかしいだろう」

真顔で正論を吐く同僚にウォルトは頭を抱えたくなった。なにより驚くことに、この朴念仁はシェリスと恋仲なのだ。この男がどうやってあの鉄壁の女を口説き落としたのか、ウォルトは教えてもらいたいものだと思った。

「レシア嬢はレイナートの保護下にあるってことだよ」

ウォルトは小声でトラヴィスに言うが彼はまだ納得できないようで、

「だからといってマスターのマントを貸すのか?」

と言っている。めんどくさくなったウォルトは直球を投げた。

「だから、レイナートはレシア嬢に惚れてんの。こいつは俺の女だから手を出すなって意味のマントだよ」

「まぁ、トラヴィス様。ご無沙汰しております」

ウォルトの言葉とレシアの挨拶が重なった。日が昇った為、結界を解いたところでトラヴィスに気づいたのだろう。

それにしても、一晩中、結界を張っていたというのに彼女は全く消耗していない。レイナートの拾ってきた魔法使いは相当な実力の持ち主のようだ。

「目覚ましい活躍だったそうだな」

「お力になれたようで嬉しいです」

トラヴィスとレシアは穏やかに会話をしており、ウォルトのセリフは聞かれていなかったとほっとした。

レシアの様子からしてレイナートはまだ想いを伝えてはいない、それをウォルトがばらしたと知ったらあの男は怒り狂う、いや、怒らないかもしれない。

レイナートは女に惚れられることはあっても惚れたことはない。恋心をばらされた彼がどんな反応を示すのか、ウォルトには想像がつかない。

「それで、どなたが恋仲なんですか?」

レシアの問いにウォルトは凍り付いた、やはり聞こえていたのだ。

「それは」

そう言い出したトラヴィスの口をウォルトは慌ててふさいだ。

「シェリスとこいつだよ、ふたりは付き合ってんの。な!」

それを聞いたレシアは、存じませんでした、と驚いている。それはそうだろう、特にシェリスは公私混同しないタイプだから分かりにくく、ヒュートの中でも知らない者も多い。

「驚きました、シェリス様がマスターであることにも驚きましたけど」

レシアの言葉にトラヴィスが答えた。

「シェリスは強いぞ」

それにはウォルトも同意する。

「強いねー、殴り合いになったら間違いなく負けだわ」

「そうなんですか?」

「あいつは体術でマスターになった。最悪、武器がなくても戦える」

「武器なしで」

レシアは思わずつぶやいていた。それはレシアが最も求めているものであった。魔法はどうしても発動までに時間を要する、その間に狙われたらアウトだ。でもシェリスの体術があれば、発動までのラグを埋められるのではないだろうか。

その思考を読んでふたりは言う。

「レシア嬢には必要ない」

「レイナートが守るもんな」

「それは、そうでしょうが」

レシアはモヤモヤする思いを抱えながらも口を噤んだ。その様子にふたりは顔を見合わせる。

「なにか不満でもあるのか?」

トラヴィスの問いにレシアは首を振った。

「不満だなんて。でも、いつまでもルキルス家のお世話にはなれませんから」

あんたは永遠にルキルスの、いや、レイナートの保護下だよ、とウォルトは心の中でツッコミをいれつつ、

「世話になってればいいんじゃない?ルキルスのおふくろさんだってレシア嬢のこと、気に入ってるんだし」

と言った。それにレシアは不思議な顔をする。

「それはどういう意味ですか?」

「社交界で持ち切りだよ、ルキルス伯爵夫人がどこぞの令嬢を連れ歩いてるって。あの女性はレイナートの婚約者に違いないって噂になってる。これってレシア嬢のことでしょ?」

それを聞いたレシアは絶句してしまう。確かにルキルス夫人とは何度か出かけたが、それとレイナートとの婚約とは無関係だと言いたい。

黙ってしまったレシアにトラヴィスが言った。

「レイナートが嫌いなのか?」

その直球すぎる問いにウォルトはまたも頭を抱えたくなる。問われたレシアも答えに困っている。

「好きも嫌いも、考えたことがありません」

そんなレシアにトラヴィスは間髪入れずに言った。

「ならば考えてみることだ、同僚のひいき目無しに見てもあいつはいい男だ。あんたに苦労を強いるようなヤツじゃない、いい夫になるんじゃないか?」

レシアはなにか言いかけたが、そうですね、とうなずいた。しかしウォルトには、口にしなかったレシアの思いがわかるような気がした。

たぶん彼女は身分差を気にしているのだ。レイナートはウォルトのような付け焼刃ではないれっきとした貴族だ。

レシアは魔法使いではあるが貴族社会における身分は平民で、伯爵令息のレイナートとは到底釣り合わない。

社交界に新たな魔法使いの詳細は伝わっておらず、たが、未婚であるのなら王族との縁談も視野に入れるべきだ、という声が上がっているのは聞いている。

彼女にはそれだけの地位が約束されているのだが、それは自分と同じくにわか仕立てのハリボテに過ぎない。


朝日に照らされる彼女の横顔はどこか愁いを帯びていて、ウォルトはそれに自身を重ねていた。

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