既婚者なのに女友達と...
土曜日、午後7時。私たちはファミレスにいる。高校時代の親友である結衣ちゃんとのご飯…なんだけど。
「それで…そのあとどうなったの?」
「結局振られた…わたしもう結婚出来ないのかな…」
最近彼氏と揉めていたらしく、その愚痴を聞いていた。
いつからだろうな、結衣ちゃんは変わってしまった。
高校の時は恋愛なんて興味無いって感じだったのに、大学に入って、成人して、流行りの香水を付け始めてから恋愛に対して積極的になった気がする。
「Twitterとインスタのアカウント名と定期的にLINEのトーク履歴を見せて欲しいって言ったら不機嫌になってさ…それぐらい普通じゃない?あーあ、わたしも早く結婚したいよ…」
「でもそんな結婚に拘らなくても…恋愛だけが女の人の幸せじゃないと思うし…」
「それは麻美が結婚してるからそう言えるんだよ」
左薬指がチカっと光る。今だけは目立たないでほしいのに。
「それは…そうかもだけど」
「麻美はいいよね…今の旦那さんと順風満帆で。数えるのが面倒になるくらいに、最初に付き合ってた人の顔が思い出せないくらいに振られてきたわたしの気持ちなんか分からないよね」
投げやりな口調で語りかけてくる。胸がチクチクと痛む。
「そんな…私だって別れたことぐらいあるし、失恋だってしてきたし…多少は分かるよ」
「じゃあ元彼のTwitterを毎日のようにチェックしてたことはある?LINEブロックされたからパソコンの方で複垢作ってその人が入ってる何かしらのグループに入れてもらってステメをチェックし続けてたことはある?元彼から連絡が来るかもしれないから2時間だけ寝ては確認して、また2時間だけ寝て確認して、そういうのしたことはある?」
スラスラと出てくる質問に思わず寒気がした。ここまで酷くなってるなんて…正直、もうこれは立派な恋愛依存だ。普通じゃない。
「ないけど…でも!やっぱりそういうのおかしいよ…」
「だから言ったじゃん、麻美には分からないって…」
沈黙が流れる。こういう空気の時、いつもどうすればいいのか分からなくなる。とりあえず落ち着かせないと…
「で、でも結衣ちゃんはいい子で可愛いんだしそんなに焦らなくても…」
「焦るよ!だってわたし達もう30過ぎなんだよ?体力は衰えて、疲れが取れにくくなって、化粧も前より丁寧にしなきゃいけなくなって、昔仲良かった友達とは疎遠になって、仕事だけの付き合いの人は増えて、そういう歳になったんだよ!それなのに結婚どころか彼氏すらいないなんて焦らない方がどうかしてるよ…」
年齢が1つしか離れていないからその言葉の羅列には痛いほど共感できる。だからこそ、今の結衣ちゃんを受け入れたくない。
「このあとね、男の人と会う約束してるんだ…お金払うからホテルに行こうって」
胸の鼓動がハッキリと聞こえた。生唾を飲み込む。
「ダメだよ!そんなの何されるか分からないし、お金払うってそれ体だけの関係ですって言ってるようなもんじゃ…」
「じゃあ麻美はわたしとセックスしてくれるの!?」
思わず体が痙攣した。その振動でコップの水が揺れる。
「麻美には旦那さんがいるから分からないかもしれないけどね、30過ぎた女を抱いてくれる人なんてそうそういないんだよ!その上お金までくれるなんて断れるわけないじゃん…セックスじゃないと満たせない孤独感もあるんだよ…」
そんなの、してる時だけだよ。終わったあとは絶対に今以上の孤独感で溢れるに決まってる。
「それなら、親友じゃないと満たせない孤独感だってあるはずだよ…あの頃の私たちはそうだったんじゃないの…?」
高校時代の思い出が頭を駆け巡る。そこにはいつでも笑っている結衣ちゃんがいた。
けど、今の結衣ちゃんは。
「いつの話してんの…わたし達もう子供じゃないんだよ…」
15年の歳月は、私たちを変えるには十分な時間だった。
「麻美は毎週のように旦那さんとセックスしてるから常に満たされてるんだよ、そんな幸せな人に分かるわけないじゃん!キスもハグもいつでも出来る人なのに……」
返す言葉が見つからなかった。というより、返しきってしまった。
今自分が言えること全てを言い尽くしたのに、全てが無意味だった。
いや、本当は1つだけある。これを使えば必ず呼び止めることが出来る。けど…
「じゃあ…そろそろ行くから…何か変わるかと思ったけど、やっぱダメだね。2000円置いとくからこれで会計しておいて。それじゃ」
決意を固めようとする前に立ち上がる結衣ちゃん。気づいた時には手を握っていた。
もういくしかない。
「分か、った……くから。」
「え?」
「私が抱くから!それでいいんでしょ!…だから…そんな人のところにいかないで…」
言ってしまった。自分でも良くないことなのは分かってる。けどこの方法以外思いつかない…
「ふーん…じゃあキスしてよ。嘘じゃないなら出来るはずでしょ?」
急に結衣ちゃんの雰囲気が変わる。こういう話は結衣ちゃんの方が経験豊富だからかな…
「分かった…とりあえずここ出ようか」
「ダメ。今ここでして。」
「えっ…!?ここお店の中だし人もいるんだよ!?」
思わず小声で囁く。
「今キスして。ここでキスして。じゃないと認めない。」
「わ、分かったから…」
誰も見てないように…そう祈りながら恐る恐る肩に手を乗せる。
「んっ…」
女の人との初めてのキス。気持ちは…良いものじゃなかった。嫌悪感がまとわりつく。
直後、ヌルっとしたものが唇を割って入ってきた。
それは開けろと言わんばかりに閉じてる歯をつつく。けどそこまでは許せない。
すると下の歯茎を刺激し始める。何度も執拗に舐め回す。
唇の方も吸ったり舐めたりと手加減をしてくれない。
「っぷはあ…はぁ…。ねえ、もういい…っ!?」
一度止めたと思ったらまた再開し始めた。油断していたその隙を狙われ舌が侵入してくる。
「あっ、、ちゅぷ…んっ、あ」
私の舌は結衣ちゃんに遊ばれるだけのものになってしまった。ねっとりと絡みつかれたり上下左右に動かされたり。
最初は気持ち悪かった柔らかい舌の感触を、いつの間にか受け入れることしか出来なくなった。
すると今度はおもむろに下半身に手を回し始めた。ビクリと全身が硬直する。
最初は私のお尻を揉んだりするだけだったけど、だんだん奥の方に進んできて、敏感な部分に触れる。
「や…っあ、ふっ…」
ダメ…それ以上は、もうお店の中じゃ耐えきれない…
「ぷはっ…は、ぁ…。…もう許して…」
少し涙目になりながら懇願してしまう。
「そうだね…まあ合格かな。じゃあ早速ホテルに行こうよ」
席に座り込む私を余裕たっぷりの表情で見下ろしてくる。
「ごめん、あの人に友達の家に泊まるって連絡だけさせて…」
カバンからスマホを取り出す。けど指が震えて上手く指紋認証が出来ない。すぐに回数制限がかかってしまった。
「あ、そっかぁ…これって一応不倫になっちゃうんだ。麻美も悪い女だねぇ」
その時、結衣ちゃんが今日初めて笑顔を見せた。それは高校で見せていた笑顔とは全くの別物で。
私は二度と昔のようには戻れないことを悟りながら、あの人との結婚記念日を打ち込んでロックを解除した。