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一緒にいたいから

本当に来てしまった。

俺は、森野家の6畳程しかない居間を見渡して、壁に飾ってある子供達の絵や、星空の写真(両親の趣味だろうか?)や、古びた調度品、を眺めて落ち着かない気分を紛らわしていた。


左隣の森野は、テーブルの角を挟んで、斜め横に並んでいる二人の妹弟に色々話しかけていた。


「ねね、りんごちゃん。今日のヘアスタイルどう?」


「あれ?いーちゃん。今日編み込み入りのツインテールじゃん。お母さんにやってもらったの?」


「うん。お客さん来るから特別にしてもらった。可愛い?」


「もちろん!今日のいーちゃんはピカ一可愛いよ?」


「りんごも少しは見習えよ。さっき、Tシャツ一枚でお客さん出迎えてたの知ってるぞ?あれ、自分は見えてないって思ってるかもしれないけどな、後ろから見ると、パンツ丸見…。むぐっ。」


「か、かっくんは、もう、お口が達者で一緒に居て本当に楽しいなぁ!お姉ちゃんがお土産のバームクーヘンをあげようね!」


「むぐむぐ…。んまい!」


耳に入ってくる兄弟達の会話は、どこかで聞いたようなセリフのオンパレードだった。


いや、分かってはいたんだけどな。ああいう思わせぶりなセリフを、森野がそういう意図で言ってたんではない事も。


俺に妹弟を重ねていた事も。


分かってはいたが、いざ、その事実を目の当たりにするとゴリゴリとメンタルが削られていくのを感じた。


でも、ここまで来ておいて今更後へは引けない。

俺は崩れそうな自分を必死に立て直しつつ、これから言うべき事を頭の中で再度整理しようとしたが…。


さっきの柿人くんの話ではないが、Tシャツ一枚で迎えてくれた先程の森野の姿を思い出してしまった。


薄いTシャツは下着ぎりぎりのラインまでしかなく、白い太腿と足は露わに、中の下着の色がうっすら透けてしまっていた。


水色…ということは今日はりんごパンツではないんだな。レースとか、リボンか?…ってそうじゃない!俺!今何を考えている?!


邪念を振り切るために、頭を振った俺を隣の森野が不思議そうに見ていた。


❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇


森野の母親がケーキを食べ終わった森野の妹弟を別室に移動させ、座卓につくと、

当たり障りない学校の話題や、父の仕事の話題などを俺に振っていた森野の父親が、咳払いをして、少し改まった顔で、聞いてきた。


「そ、それで…浩史郎くん。今日はどういった要件で来てくれたんだろうか?やっぱりりんごとの同居の件…だよね?」


一気にその場の空気が張り詰める。


「は、はい。」


隣で俺の顔を窺っていた森野がピクリと肩をゆらした。


「すまないが、先にこちらから、浩史郎くんに言いたい事があるんだけど、いいかな?」


「?はい…。」


「母さんから聞いたけど、今回の件では、浩史郎くんに本当にお世話になったね。浩史郎くんとりんごの気持ちを考えずに、勝手に親同士で同居と許嫁の件を決めてしまって、申し訳なかったと思っているんだ。りんごが家を出て、りんごの気持ちを知って、改めてりんごがこの家族にとってどんなに大切な存在か思い知ったよ。その事に気付かせてくれて、本当にありがとう。」


森野父は俺に深々とお辞儀をした。


「本当にありがとうね。浩史郎くん。」


森野母もハンカチを目に押し当てて、鼻をすすりながら礼を言った。


「いえ、そんな。俺は何もしてませんよ。顔を上げて下さい。」


俺は慌てて言った。


「森野がずっとご家族の事を想っていて、自分で頑張って向き合った事の結果ってだけで、それだけで…。」


逆に礼を言われてしまうと、これから言おうと決心している事を言い難くなってしまう。俺は必死に否定していると、別方向から、反論が来た。


「そんな事ない!先輩が馬鹿な私を説得してくれたから、私を初めてちゃんと家族に向き合えたの!勇気を出して、言いたい事をちゃんと言えたの!先輩がいなかったら、今もただ、部屋で一人で泣いてるだけだった。」


森野が必死に言い募り、尊敬の目で俺を見上げてきた。


「謙遜しないで。先輩は本当に賢くて優しい人…。」

「違うんだよ。森野!」


俺は堪らず叫んだ。


「俺は賢くもないし、優しくもない…。」


「先輩…?」


森野はそんな俺の様子に目を見張っていた。


「俺は本当は、森野がホームシックになっって分かってからも、しばらく見て見ぬ振りをしてた。

なんとか、実家に帰らずに済むよう、繋ぎ止めておきたくて、罪悪感につけ込んで、森野にわざと横暴な態度をとったり、料理を作ってやったりもした。

全部裏目に出て、余計に森野は家を恋しがるようになったけどな。

そのせいで、森野がいよいよ駄目になって、心配した宇多川が槇絵さんに同居と許嫁を解消してもらうようお願いすると言われて、その段になって、初めてもう森野が実家へ帰る以外方法がないと悟った。

他に方法がないのなら、せめて自分の手でと思って、森野に家族と向き合うように説得したんだ。

分かったか?

俺は森野の思ってくれるような奴じゃない。最初から、自分の事しか考えてない卑怯な人間なんだよ。」


「な、なんで?なんで先輩はそんなに、私を実家に帰らせないようにしようと…。」


一気にまくし立てるように言われ、森野は混乱して問いかけてきた。


「君はまだ分からないのか?一緒にいたいからだよ。少しでも、長く、一緒にいたかったんだよ。」


「……?!嘘だよ…。だって、先輩は、私が迷惑だったじゃない?私を説得するときも、私を家から追い出すためだって…。」


「そう言った方が、森野も俺もスッキリ離れられると思ったんだ。昨日までは、こんな事言うつもりもなかったし。でも…。」


まだ信じられなさそうな表情の森野を見て、ふっと笑った。


「たとえ、勝算のない賭けでも、森野が頑張ったみたいに、ちゃんと最後まで足掻いた方がいいかなと思ったんだ。」


「……!!」


あーあ、こんな流れになる予定じゃなかったんだけどな。森野が関わる事になると、俺は本当にうまくやれないな。余計な事まで全部喋ってしまった。

ご両親の心象悪くしてしまい、ただでさえ、分の悪い賭けが、ますます不利になってしまった。

それでも、洗いざらい喋って、心のうちは晴れてすっきりしていた。



俺は森野の両親に向き直って言った。


「そんな訳ですので、俺にお礼を言う必要はありません。それどころか、卑怯にも森野さんをシェアハウスの方に引き止めてしまい、申し訳ありませんでした。」


「あぁ、いや…。」


森野父はなんて言ったらいいかと困っているようだった。


「その上でこんな事をお願いするのは、図々しいと分かっているんですが、許嫁と同居を解消する件、もう一度検討し直して頂けないでしょうか。」


「!」


「分かっています。俺は狡くて卑怯な奴で、真っ直ぐな森野さんには釣り合っていない事も。

森野さんが許嫁と同居の件を引き受けたのは、ご家族の為で、俺のことなんか、何とも思っていない事も。森野さんとご家族との間の誤解がとけた今、許嫁と同居に何の必要もない事も。

だけど、俺にとっては森野さんと同居している間、本当に楽しくて、かけがえのない時間を過ごしました。

俺は、もともと利己的で駄目な奴でしたが、森野さんが側にいてくれる間は、自分でも少しはマシな人間になれていたような気がします。

このまま側にいてもらえるのであれば、森野さんとご家族の為に俺が出来る事ならどんな事でもします。


今、森野さんが家に帰ってきたばかりで、ご家族とゆっくり過ごしているのを邪魔をするつもりはないんです。


ご家族と過ごされながら、ゆっくり検討して頂ければ、と思います。


ずっとシェアハウスに滞在するという事ではなくても、寂しくなったら、いつでもご実家に戻っていいんです。週の内、2,3日いえ、1日でも、森野さんにシェアハウスで、過ごしてもいいと思ってもらえるのでしたら…。


どうか、ご検討のほど、よろしくお願いします。」


俺は森野の両親に深々と頭を下げた。

緊張のあまり、額から汗が流れてくる。


頭上で、森野の母が父に何か耳打ちしているようだった。


それから、森野父が俺に顔を上げるように言った。

森野父は穏やかな笑顔を浮かべていた。


「浩史郎くん。私は君が特別卑怯な人間とは思わないし、りんごを想って力を尽くしてくれた事も知っているよ。そもそも、私達は最初から君とりんごの同居と許嫁を認めている。今更私達に何か許しを得る事はない。」


「…それじゃ…。」


「ただね、今回私達が間違えてしまったのは、りんごの気持ちを最初にちゃんと聞かなかった事なんだ。その事は君の口から本人に直接聞いてみてくれるかな?」


「…!はい。」


俺は、どこか呆けたような表情の森野に向き合った。


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