癒やしのスイーツ
夢ちゃんの家に遊びに行った後、私は足取りも軽くほくほく気分で家路についていた。
今日は久々に夢ちゃんとゆっくりお話できたなぁ。
小学校時代のアルバムも見せてもらって楽しかった〜!
写真の中の夢ちゃん小さくて可愛かったな。
私はベリーショートの髪で男の子みたいだった。恥ずかしい。
黒川さんは今と全く変わらないし。
部活で一緒だった男の子達は中学で離れちゃったけど、皆どうしてるかな。
柴崎さんのパイも美味しかったな〜。サックサクで甘さと酸味が絶妙だった!
夢ちゃんのおかげで学校は楽しいし、今ホント毎日充実してて幸せだなぁ…。
中学の頃、毎日息の詰まるような生活をしていたのが嘘みたい…。
先輩との同居生活にも慣れてきたし…。そこまで思ったところで、お昼休みの時の先輩の不服そうな顔を思い出した。
あ。忘れてた。
怒らせてしまっていたんだっけ?
「ビブリオバトル始めようって言ったのは森野だろ?」
先輩に悪い事しちゃったなとは思ったんだよね。
夢ちゃんとの約束にウキウキしてすぐに忘れてしまったのだけど。
先輩は恭介先輩以外に一緒に楽しい時間を過ごせる相手っているのかな?
私は家で一人で過ごしている先輩の姿を思い浮かべ、胸がキュッと締め付けられるように痛んだ。
ふと、近くのケーキ屋さんの広告が目に入った。
「お土産…買っていこうかな?」
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「ただいまー。すいません、先輩。遅くなりましたー。」
玄関で呼びかけてみたが、返事はない。
先輩、2階にいるのかな?
私は廊下を歩いていくと、リビングに電気がついているのが見えた。
「先輩?」
リビングの様子を窺うと、山積みにした本の横でテーブルに突っ伏して一心不乱に書き物をしている先輩の姿があった。
「先輩、それ学校の課題ですか?随分大変そうですね…。」
私がテーブルを覗き込んで声をかけると、
先輩は肩をビクッと揺らした。
「も…森野か!驚かすなよ。」
「いや、何回か声かけたんですが…。先輩すごい集中してて聞こえてなかったみたいでしたね。
何を書いてるんですか?」
「ああ、これか…。」
先輩はルーズリーフに走り書きでメモをとった
ものを見せて私に言った。
「巻毛のアンナの登場人物の心情と行動の変化についてまとめてたんだよ。」
「ええ?」
私は想像しなかった答えに目を剥いた。
ルーズリーフの内容をよく見ると、アンナ、相手役の男の子、友達、育ててくれた祖父母、近所の住人などそれぞれの登場人物について、
時系列で出来事やその時の心情が詳細に記載されている。
「す、すごい…。」
ただ、好きな本を読んでもらいたくて、紹介しただけなのに、先輩の中では『巻毛のアンナ』がもはや、文学研究の対象みたいになっちゃってない?
「参考になるかと思って同じシリーズの続編も図書館で借りてきて、拾い読みしてみたが、そっちの方が俺は面白かったな。」
先輩が山積みの本を軽く叩いてニヤッと笑った。
「!その本の山は続編シリーズだったんですね。わぁー、私も一度シリーズ全部読破したこと、ありますよ。アンナが結婚してからのお話も面白いですよね。」
「ああ、アンナの夫の医者としての判断とか、勉強になるところもあったしな。」
「え?どこです?」
「えーと、確かシリーズ6作目の…。」
先輩が本の山の中から一冊を出して、ページをめくって該当部分を示してくれた。
私はしばらく、その箇所を読んで、頷きながら言った。
「ああ、そんな話もありましたねー。いや、でも、これは賛否両論あると思いますよ?だって、私だったら絶対…。」
そう言いかかったとき、先輩からグーッという異音が聞こえた。
「すまん…。」
顔を赤くした先輩に気まずそうに謝られ、私は慌てて言った。
「いや、こちらこそごめんなさい!ごはんがまだでしたね。すぐ作りますから!」
急いでキッチンに駆け込もうとして、私ははたと気付き、床においたカバンからガサゴソとケーキ屋さんの紙袋を取り出すと、先輩に渡した。
「これ、先輩は多分好きだろうと思ってお土産に買ってきました。よかったらごはんができるまでつなぎに食べていて下さい。」
「あ、ああ…。ありがとう。」
紙袋を受け取って少し驚いたような先輩ににっこり微笑むと、リビングを後にした。
キッチンに移動し、冷蔵庫をみると、玉子、切ったネギ、野菜の切れ端、冷ご飯があった。
ああ〜、食材がこれしかない…。
今日買い物に行こうと思っていたの、すっかり忘れた…。
私は冷蔵庫の前に、座り込んで考えた。
これらを使って、最短でできるメニューは…。
チン!答えは2秒で出た!
「チャーハンと野菜スープかな?」
所要時間約10分!
野菜を煮込んでいる横で、私がチタンコーティングのフライパンで、食材を炒めていると、先輩がリビングから呼びかけてきた。
「森野ー。これ、けっこううまいぞー?」
カウンターテーブル越しに先輩がそのスイーツをもぐもぐ食べているのが見えた。
「それはよかったですー。」
私は手首のスナップをきかせてフライパンを持ち手を揺らし、食材を混ぜ返しながら、リビングに届くよう気持ち大声で答えた。
「このクッキー、甘さ控えめで味はいいんだが、一つ一つに“頑張っている君は素敵だ“とか“大丈夫、君は一人じゃない”とかクサイ台詞が書いてある紙が入っているのは何なんだー?」
「ああ、それは一つ一つに励ましのメッセージが入っている“癒やしのフォーチュンクッキー“だそうです。どうです?癒やされましたかー?」
私はそう言ってニッコリと笑った。
「いや、全く…。むしろ紙が入ってて食べ辛い。」
あれれ?この趣向はお気に召さなかったらしい。
仕方がない。奥の手を使おう。
「でしたら先輩、後で掃除をしたくありませんかー?実は○ンバに期間限定、会話モード銀座のママ『慰めてあげる』が配信されているそうなんです。スマホのアプリと連携してダウンロードすれば…。」
「それ、単に森野が俺に家事を手伝って欲しいだけじゃないのか?」
「……………。」
おやおや?せっかくの人の気遣いを無にする先輩だなぁ…。
家事を手伝って欲しいなんてそんなつもりはなかったのに。
…なかったと思うよ?多分…。




