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寝言

飲み物を取りに階下に降りていくと、1階は静まり返っていた。


いつもなら夕方のこの時間は森野がキッチンで

料理をしたり、テレビを見たり、何かしらの物音がしている筈なのだが…。


買い物にでも行ったのか?


俺はキッチンで、冷蔵庫からジュースをコップに注ぎながら考えていると、スースーと奥の部屋からかすかな寝息が聞こえてくるのに気づいた。


「森野…?」


俺はテレビとソファーのある奥の部屋を覗くと…。


森野は床に座った状態でうつ伏せでソファーに寄りかかり、うたた寝をしていた。


ソファーの上には畳まれた洗濯物があり、森野はタオルの山に顔を突っ込むようにして、すぴー、すぴー…。と規則正しい寝息を立てていた。


幸せそうな寝顔はいつもより更に幼く、小さい子供のようだった。わずかに開いた口元からは涎がたれ、近くのタオルを濡らしている。


「汚いな…。ホラ、口閉じろよ。」


見かねた俺は森野のあごを動かして口を閉じさせてやった。


「んむ…んー。」


その刺激を嫌がるように、森野は顔を顰めて寝返りすると、ソファーからズルズル崩れ落ち、今度はラグの敷いてある床の上に仰向けに寝始めた。


警戒心のない奴だな。普通寝るか?年頃の男がいる家で。


鍵付きの自分の部屋ならともかくも、こんなところで。


よほど俺を信用しているのか、俺を舐めているのか。


多分後者だな。くそっ!


普段起きているときは生意気な口を叩いてくるか、突拍子もない事を思い付いて振り回してくるか、どちらにしろ碌でもない事に変わりはない森野だったが、寝ているときはこんなにも無防備で邪気がない。


窓から差し込む夕方の日射しに照らされ、森野の髪や睫毛が茶色っぽく透けて、ふっくらした頬は白く輝いてお人形のようだった。


森野のくせにちょっと可愛いなんて事があるのか?


「くそっ。ちょっとイタズラしてやるか?」


一瞬見惚れてしまった自分を恥じるように言うと、髭でも描いてやろうかと周りを見渡して油性マーカーを探し始めた。


「……さん…。」


その時、森野が小さく呟く声がしてギクリとした。


バレたか…?


「お母…さん…。」


そう言ったっきり、森野は変わらず規則正しい寝息をたてていた。


何だ。寝言か…。企みがバレたのかと思ったぜ。


俺は思わず安堵の息を漏らした。


しかし、寝言で「お母さん」って…。


何のかのと、俺をマザコン扱いする森野だったが、自分だって相当なものじゃないか?


よく見ると、森野の目には涙の珠が光っていた。


いつも気丈な森野も家族と離れて一ヶ月……。


寂しいとか思ったりするのだろうか。


「……。」


小指の腹で涙を拭いてやると、


「ん…。」


森野は少し呻いたが、起きる気配はなかった。


「………。」


俺は少し意を決して、森野の髪に指を差し入れてみた。


柔らかいふわふわの髪は触り心地がよく、よく梳かされているのか指通りもよく、もつれる事もなかった。


髪を撫でられているのが気持ちいいのか、森野は口をわずかに開けて、陶酔するような表情になった。


俺はなんだかたまらない気持ちになり、誤魔化すように言った。


「猫っ毛だな…。」


「…ないで…。」


「ん?」


「猫っ毛って言わないで…。」


「森野?」


「私もお母さんやいーちゃんみたいなしっかりしたストレートの髪がよかったよぉ…。」


森野は顔を大きく歪めて、涙を流していた。


「おい、森野…?」


髪から手を離して、意図を問おうとしたところ…。




「……うん…?先輩…?」




森野は目を開けて、目の前の俺を見て不思議そうに目を瞬かせた。


それから、周りを見渡すと…。


「ありゃ、私寝ちゃってた?…ってもうこんな時間?やばっ!」


テレビ横のデジタル時計が17:45を表示しているのに驚き、森野は慌てて起き上がった。


「やだ。しかも、なんか泣いてるし…。」


頬が濡れているのに気づいて、恥じ入った様子の森野は気まずそうに俺に問いかけてきた。


「せ、先輩…。私寝言か何か言ってました?」


「……いや…。」


俺は思わず、嘘をついた。


「なら、よかった!」


森野は安心したように言うとにっこり微笑んだ。


「すぐ、ご飯、仕度しますねー。」


洗濯物を抱えてテキパキ動き出した森野の頬にまだ涙の跡があるのを確認しながら、俺は内心動揺が収まらなかった。


俺は今何をやっていたんだ?


寝込みを襲うように、森野の髪や頬に触れていなかったか?


森野が気が付かなかったからよかったようなものの、追求されたら言い逃れできなかったぞ。


それに、森野のあの寝言は何だったんだ?


母親と妹の髪を羨ましがっていたのは…。


自分の髪質をそんなに泣くほどコンプレックスに思っているって事なんだろうか?


それともただ単純に寝ぼけていただけなんだろうか?


森野に対しても自分自身に対しても、答えの出ない疑問で頭が一杯になり、しばらくその場から動けなかった。


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