嫌がらせ弁当
俺と恭介が屋上に着いたとき、森野と宇多川は既にレジャーシートをひいた上に座り、お弁当を食べながら楽しげに談笑していた。
俺と恭介を見ると、宇多川は呆れたような顔になった。
「あなた達また来たの?」
「ありゃ、こんにちはー。」
あれから、俺と恭介は毎日屋上で森野と宇多川とお昼を食べるようになり、きょうで四日目だった。
一日目に女子二人を怒らせてしまった恭介はお詫びのラインをすぐ送り、翌日には有名洋菓子店の限定スイーツを渡すことで、二人の信頼をあっという間に回復させた。
お人好しの森野はともかく、あの恐ろしい宇多川をも懐柔するその鮮やかなお手並みは称賛に値する。
そして俺はというと、
「里見先輩。もっと端っこに詰めてくれない?」
相変わらず、宇多川には嫌われており、レジャーシートの端に追いやられていた。
そして、森野は…。
俺と目が合うと渋い顔をして仕方なさそうにお弁当を差し出してきた。
宇多川に負けず劣らずの塩対応をされていた。
「はい。先輩、お弁当です。」
「お、おう。ありが…。」
俺がお弁当を受け取って礼を言い終わらない内にふいっと顔を反らして、定位置の宇多川の隣にすぐ戻った。
こ、これは三日前のパンツ事件の事をまだ怒ってるな、森野。俺は冷や汗をタラリと流した。
震える手でお弁当を開けると、お弁当箱の半分位を占めるご飯部分に散らした海苔と梅干しでメッセージが描いてあった。
≪センパイのヘンタイ!≫
(ちなみにヘンタイは赤字。)
俺はため息をつくと、文字をかき消すように箸でご飯部分をぐちゃぐちゃにかき混ぜた。
「ちょっと、里見先輩。せっかくりんごが作ってくれたお弁当を毎回そんな風に乱暴にかき混ぜて!お行儀悪いわよ。」
「別にどんな食べ方しても、いいだろ?」
怒る宇多川とは、対照的に、森野は小悪魔な笑みを浮かべて、声を出さずに笑っていた。
くそ、森野め。
パンツ事件の翌日から毎日森野は俺に≪センパイのバカ≫だの≪センパイのH!≫だの書かれた嫌がらせ弁当をよこしてくるようになった。
文句を言うと、「謝ったらやめてあげます。」
とニヤニヤ上から目線でくるので、ついこっちも意地になって謝れないまま、今に至るのだった。
「あれ?俺、浩史郎の事は一応ラインでフォローしたつもりなんだけど、まだ森野さん怒ってるのかな?」
隣にいる恭介は事情を察して、ポリポリと頭を掻いた。
「それとはまた別件でちょっと怒ってるんです。本当に先輩はデリカシーがないというか……。」
森野は呆れたように頭を振った。
「何々?また何やっちゃったの?浩史郎?教えてくれよ。」
面白そうに俺に迫ってくる恭介を押しのけながら、森野に遠回しに訊いた。
「いや、森野が言ってもいいなら言うけど…。」
「いいワケないでしょ?言ったら一週間緑尽くしの食卓にしてやりますからね!」
森野は、真っ赤になって、怒鳴った途端に
俺は青ざめ、口をつぐんだ。
「何だぁ。言わないのか、つまんねーな。…でも、怒っててもちゃんとお弁当作ってあげるんだね。」
ニヤニヤニヤしている恭介に焦ったように森野は言った。
「そ、そりゃ、仕事だからですよ。」
「そうよね。仕事だからよね。デリカシーのない二股先輩のお弁当作るのも、家事をするのも、同居も全部。」
宇多川はそう言って俺を見ると意地悪な笑みを浮かべた。
「たらしだって聞いてたけど、里見先輩って以外と残念な人だったのね。私安心しちゃった。りんご、里見先輩と仲良さそうに話してたから、もしかしてりんごの事取られちゃうんじゃないかと心配してたんだけど、杞憂だったわ~。」
宇多川はうーんと伸びをして軽やかに笑った。
くそ。残念な人ってなんだ?ムカつくな。
「まぁ、けどさ、ケンカってのは仲がよいからこそできるもんじゃない?だって仲直りができない相手とはそうそうケンカなんてできないもんね。」
恭介がウインクをして言うと森野は一瞬ポカンとした顔をした。
そして、満面の笑みを浮かべて言った。
「東先輩。いいこといいますね。」
!!
「そういえば、妹弟とは、よくケンカするし、夢ちゃんとはたまにケンカをするけど、必ず仲直りできるってお互いに分かってる気がします。」
「や、やだぁ。りんご、何か照れるじゃない。」
宇多川が森野の肩をバシバシ叩いて照れていた。
「でも、里見先輩とはどうかなぁ?うーん、ちょっと分かんないや…。」
森野は少し困ったように笑った。
俺は森野のその顔を見て何故か少し胸が痛んだ。
ご飯とおかずを食べ終わった後に、お弁当箱にりんごのようにヘタがカットされたさくらんぼが二つ残っていて、それにはご丁寧にもチョコでつり上がった目とへの字で怒りの表情が描いてあった。
俺はやけくそのように急いでそれを口に放りこんだ。
*
*
*
あの後すぐ、宇多川は職員室に、恭介は生徒会室にそれぞれ仕事で呼ばれ、俺と森野は後に残された。
レジャーシートを一緒に片付けながら、森野は言った。
「片付けすいませんね。先輩も忙しいなら、先に行ってよかったんですよ?」
「いや、まぁ。暇だし別にいいよ。」
「そうですか?じゃ、お言葉に甘えて。」
森野は申し訳なさそうに笑った。
レジャーシートを専用のバッグに収めると森野は礼を言った。
「先輩、ありがとうございます。」
「お、おう。」
三日前から塩対応を受けていた俺は、森野の急な態度の軟化に戸惑った。
昨日まで、手伝いをしても、魚のような目で「あー、はい。やっといてください。」ぐらいの対応だったのに。
「先輩。」
森野は真剣な表情で俺に向き直るとペコリと頭を下げた。
「しばらく態度悪くてすみませんでした!」
「えっ。いや、俺も…」
「私、間違ってました。許嫁とはされているけど、実際は私と先輩って、いわば雇用主と従業員の関係に近いんですよね。」
「は?」
「だって、私は家事をして、先輩のご両親からお給料(学費)を頂いているのだから雇用関係でしょ?先輩は雇用主の息子さんだから、まぁ先輩との間も雇用関係のようなものじゃないですか。」
「まぁ、そうなる…のか?」
俺は森野の話の行き先が見えず、首を傾げた。
「さっき、東先輩がケンカは、仲がいいから出来るって言われて気付いたんです。
一緒に生活する内に私、先輩の事いつの間にか気の置けないケンカ友達みたいに思ってしまっているなって。」
「……。」
「仕事だって思っていれば、多少嫌な事言われても、割りきって平気でいるべきだったのに、先輩。すみませんでした。これからは態度を改めて…。」
「態度を改めて、何だよ?何を言われようが、ニコニコぎこちない笑みを浮かべてロボットみたいに服従するっていうのか?」
俺は、以前森野がクラスの男子に向けていた引き攣ったような笑顔を思い出していた。
そして、さっき恭介に向けていた満面の笑顔をー。
「へっ。いや、そこまでは言ってな…。」
急に怒り出した俺に森野は戸惑って目をパチクリさせた。
「それで、恭介には?友達だから気を許して本当の笑顔を見せるっていうのか?」
「??何で東先輩限定?」
「あいつのいう事を聞いてそう思ったんだろ?俺の言うことは望んでいる事は何ひとつ聞かないくせに!」
「な、何で先輩が怒ってるのか分からない。私はただ謝りたかっただけなのに…。」
森野はオロオロして泣きそうな顔になった。
理不尽な事を言ってるのは分かっている。
森野は投げる方も直球、受け取る方もど真ん中のストレートしか受けられないのだ。
こんな自分でも整理できてないような、苛立ちをぶつけても分かってもらえるワケがない。
気まずい空気が流れる中、俺と森野はしばらく沈黙した。
「………。」
「………。」
「えと…。じゃあ…。」
森野は沈黙を破って、絞り出すような声で言った。
「先輩はどうしたいんですか?先輩の望みを聞かせて下さい。」
「…!」
森野は神妙な顔で俺を見詰めていた。
「俺は…。」
言葉を切って、しばし考えた。
「森野が自然に思ったまんまでいいよ。
ケンカ友達ならケンカ友達で…。主人とか従業員とかそういう堅苦しいのは嫌だ。」
「え? それで…いいんですか?」
森野は拍子抜けしたような顔になった。
それから、俺は今を逃すと言えなさそうな言葉を急いで口にした。
「ああ、それから三日前は言い過ぎて悪かったな。すぐに謝ろうとは思ったけど、森野は嫌がらせ弁当よこしてくるし、言われると意地になってつい…。」
森野は驚いたような顔をしたが、やがていたずらっぽい笑顔になって言った。
「ああ、それはもういいんですよ。嫌がらせ弁当を先輩が必死に崩しながら食べているのを見て、大分気が晴れましたし。」
「2人にバレないように食べるの大変だったんだぞ。」
「ふふっ。ごめんなさい。でも先輩。そんな目に遭ってまで、学食とかにしませんでしたね。そんなに、お小遣い少なかったんですか?」
クスクス笑っている森野に俺は渋い顔をした。
「うるさいな。」
小遣いほぼ丸々余ってるわ。
「では、これからもケンカ友達的な同居人としてよろしくお願いしますね。」
「おう。」
差し出してきた小さな手を握ると、やはり柔らかくて温かかった。
その感触に感動する自分を誤魔化すように、俺は言った。
「さっきは恭介の事でワケの分からない事言って悪かったな。」
「いいえ。ちょっとだけど分かりますよ。私も同じ事を思った事があるので。」
森野はにっこり笑って言った。
「焼きもちですよね?」
俺は思わず肩に掛けていた水筒を取り落としそうになった。
「東先輩に私が近付くのが、嫌だったんですよね。」
「森野…。」
「大丈夫です。先輩の大事な従兄弟さんを取ろうなんて思ってませんから。ただ、先輩の大事な人と友好的な関係でいたいと思ってるだけなので、安心して下さい。」
「ん?」
「私も前は夢ちゃんと2人きりでお昼だったから、先輩と東先輩が夢ちゃんと親しそうにしてると、ぶっちゃけちょっと寂しいなと感じる時ありますよ?でも…、4人だからこその楽しさもありますし、受け入れることにしたんです。ねっ。私って色々物の分かっている大人でしょ?」
全然分かってない…。
まるで子供だ…。
俺はドヤ顔の森野を見て肩を落とした。
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その翌日、4人でお昼を食べていると、恭介が
急に俺の方を見て含み笑いをしてきた。
「何だよ。恭介?」
「いや、今日はご飯崩して食べてないんだなと思って。」
「そういえば、そうね。里見先輩も食事のマナーに目覚めたのかしら?いいことね。」
宇多川から上から目線のお褒めの言葉を頂いた。
「ぶふっ。お行儀よく食べられるようになってよかったですね、先輩。」
森野がさも可笑しそうに笑いながら言った。
どの口がそれを言うか?
「お陰様で。」
森野を軽く睨みながら唐揚げを箸で口に放り込んだ。
とは言うものの、昨日の仲直りの甲斐あってか、今日は俺の好物ばかり、入っている弁当を見ると自然と頬は緩み、箸が進むのだった。
「あの、話は変わるんですが、知ってます?最近東先輩と里見先輩が私達と一緒にお昼してるの、ちょっとした噂になってるんですよ?特にクラスの男の子達がザワザワしちゃって!」
森野がいたずらっぽい笑みを浮かべて話題をふってきた。
「りんご、やめて。」
宇多川が額を押さえて呻いた。
「あれ?言っちゃ駄目な話?」
森野は頬をポリポリと掻いた。
「いや、多分俺も知ってるそれ。俺と浩史郎が宇多川さんを狙ってて、昼になると競って屋上へ行き、奪い合うように口説いているって噂だろ?。」
「なんだ、それ!俺知らないぞ。」
俺は寝耳に水の話に仰天した。
「宇多川に言い寄るなんて冗談じゃない!そんな恐ろしい事命がいくつあっても足りないぞ。正気の沙汰じゃない!!」
「里見先輩、失礼過ぎるわ。今すぐ命を散らしてやってもいいのよ?何ならSPの黒川を呼んでこようかしら?」
「ひぃっ。やめろ!サド女!」
「サド女って…!本当、失礼ですよ。里見先輩。夢ちゃんはクラスでも、全校でもアイドル的な存在なんですからね。夢ちゃんが、里見先輩か東先輩と付き合っているのかと私が男子達から何回聞かれた事か!」
「森野さん、立ち位置宇多川さんのマネージャーか何かなの?」
恭介が苦笑して聞いた。
「はい。私が玄関口です!お二人共夢ちゃんへの告白は私を通してもらわないと困りますよ?」
森野がドヤ顔で嘯いた。
「だから、しねーっての。」
「あはは…。じゃ、今度頼もうかな。」
「どっちも嫌よ!」
「まぁ、でもさ。森野さんと浩史郎の関係の目眩ましにはなるんじゃない?宇多川さんのファンクラブ的な感じで皆が仲がいい事にすれば、森野さんと浩士郎が接触しても何とも思わないだろうしさ。」
「うっ、まぁ一理はあるけど…。」
宇多川は渋々認めた。
「わーい!じゃ、夢ちゃんファンクラブここに結成ですね?私、会長やる!」
「マネージャー兼会長って。森野さん頑張るねぇ。」
「マジか?勘弁してくれよ!」
俺はげんなりして言った。
「なら、浩史郎だけ森野さんファンクラブ入る?」
恭介はニヤニヤからかってきた。
「な、何言って…。」
「はいっ。私りんごのファンクラブ入る!」
宇多川が張り切って手を上げた。
「あれー?どしてそーなっちゃった?」
森野は困惑顔で、首を傾げた。
「じゃ、宇多川さんのファンクラブ兼、森野さんの裏ファンクラブという事で、夢りんごの会
というのはどうだろう?」
「そのまんまじゃねーか。」
「何か美味しそうな会ですね。どっかのブランドりんごの品評会的な。」
森野が色気のない感想を言った。
あっと思い付いたようにキラキラした目で宇多川が言った。
「だったら、夢みるりんごの会とかは?」
え…?
「可愛いそれっ!!」
最高にキュンキュンした様子の森野とは対照的に、俺は恭介と顔を見合わせて苦笑した。
「随分乙女チックな命名だな。なんか、宇多川らしくない…というか。」
「以外とポエマーなんだね。宇多川さん。」
どう反応したらいいか困惑ぎみの俺達を前に宇多川は顔を真っ赤にして喚いた。
「わ、分かってるわよ。私、こういうセンスは全くないって。ううっ。恥ずかしい!覚えてなさいよ?あんた達ぃっ!」
宇多川はお重弁当を抱えてダーッと屋上の出口へ逃げて行った。
「ゆ、夢ちゃん!」
森野はそんな宇多川を見て、驚きつつ俺達に
振り向いてがなった。
「もう!男子共は!何でもっと上手に誉めてあげられないんですか?夢ちゃんはあれで結構傷つき易いんですからね!」
「いや、だってあれはさすがに…。」
「なぁ…。」
困ったように顔を見合わせる俺達に、付き合いきれないと言わんばかりにため息をつくと、
森野は宇多川を追いかけて屋上の出口へ向かった。
「おい、森野。レジャーシート!」
「先輩が持って帰ってくださいー!」
出口に消えた森野の声だけが後から響いてきた。
後に残された俺と恭介は何ともない気まずさの中たたずんでいた。
「宇多川があんなに打たれ弱かったなんて…。」
「宇多川さん、中身は結構乙女なのかもしれないね…。」
今度は宇多川を怒らせてしまった。本当に女の子というのは、難しい。
「恭介どうする?」
俺に向き直ると恭介は苦笑いして言った。
「ま、今日は浩史郎にも付き合ってもらおうかな。」
「?」
「女の子の好きそうな洋菓子店!」
恭介はニヤッと笑って俺にウインクをした。




