妹という逃げ道
俺と森野は弁当、宇多川は豪華なお重弁当、恭介は菓子パンをそれぞれ食しながら、レジャーシートの上に、集結していた。
「りんごが何故、里見先輩に対して苦手意識がないのかと聞いたわね。これが答えよ。」
宇多川が、スマホの録音アプリをかざした。
「宇多川、もしかしてそれ、やめっ…!」
俺の制止も虚しく、宇多川は画面の再生マークを押した。
『君を初めて見たとき、俺の好みから一番遠いところにいる子だと思った。つまり、俺にとって君は「モブ」キャラでアウトオブ眼中だ。結婚相手になんて考える事もできない…。』
「おおぅ…。浩史郎、流石にひくわ…。いくら何でも女の子になんて言い方…。」
恭介は青ざめて仰け反った。
「違うんだ…。その時は親に無理矢理許嫁と同居を迫られてて、テンパってて…。」
そんな俺の弁解を誰も聞いていなかった。
「本当に最低でしょ?」
「ねー、本当にひどいですよねー。」
森野はウインナーを齧りながらカラカラ笑っている。
「いや、森野さん。笑ってる場合じゃないて。
これ、出るとこ出たら、慰謝料とれるレベルだから。」
「そうなの?ちょっと考えようかしら?
りんご、元手貸してあげるから訴えなさい。
これ再生すれば、許嫁もりんごに不利にならないように、簡単に破棄できるからね。安心して?」
宇多川が森野の肩に手を掛けて、にっこりと勇気づけるように言った。
「にこやかに訴訟を勧めるなよ!」
森野は腕組みをして考えながら言った。
「う〜ん、でもなぁ、先輩には今や勉強とか色々お世話になってるし、訴えるのはなぁ…。
それに、先輩のその発言のおかげで同居をする決心ができたワケだし。」
「えぇっ。どゆこと?」
恭介が驚いて聞き返した。
「私、男の子苦手だから、許嫁や同居の事どうしようか迷ってたんですよ。そしたら、先輩が私の事を女の子じゃないって言ってくれたから、私も先輩の事を男の子として意識しなくていいのかなって、気が楽になって。そんなにかけらも好みでないのだったら、手を出される心配もないですし。」
「ああ、安全てことね、んーまぁ、それが本当にそうかは置いとくとして…。」
恭介は俺を見てニヤリとした。
「な、何だよ?」
「いや、何にも。森野さんの気持ち、ちょっと分かるなぁ。俺は森野さん初めて見たとき、可愛い子だと思ったよ?何なら付き合わない?」
「へっ?」
森野が、驚いて素っ頓狂な声を上げるのと、宇多川と俺がそれぞれの肘と拳を恭介の頬と脇にめり込ませるのと同時だった。
「ごふっ。二人共ひどいって。」
恭介は、頬と脇腹を抑えて、涙目になった。
「あなたは!りんごに邪な気持ちを抱かないって言った舌の根も乾かないうちに!」
「いや、ちょっとした冗談だって。」
「お前の冗談は質が悪くて笑えねーんだよ!」
「い、いや、私はちゃんと冗談て、わ、分かってましたよ?東先輩。」
森野は赤くなってどもりながらも、何でもないように振る舞っていた。
くそ。何か面白くねーな。
「ま、可愛いと思ったのは本当だけどね。俺は浩史郎と好みの、タイプ違うから。」
こちらを向かって挑発的にウインクをする恭介に何だか俺は苛々して思わず言った。
「別に森野の容姿が悪いとは言ってない。俺だって猫みたいに可愛らしい顔立ちをしているとは思ってた。」
「は、はぁ?先輩まで何を言ってるんですか?」
森野は真っ赤になって狼狽えた。
恭介につられてつい口説き文句のような事を言ってしまった事に気付き、俺は慌てた。
「い、いや、その…。」
「里見先輩、あんな失礼な事を言っておいて、今更何りんごを口説いてるの?殺されたいの?」
宇多川が殺人者の目で、俺を睨んできた。
「あー、いやぁ、浩史郎と賭けをしてたんだよ。今日、どっちが多く、森野さんを赤面させられるかって。」
「はっ?恭介何言って…。」
「なっ。あんた達そんな下らない事…。」
宇多川が激昂しかかったとき、それ以上の怒りを見せたのは森野だった。
「やっぱり、そんな事だろうと思いましたよ。先輩のバカ!さては、さっきHな本を拾わせたのはわざとだったんですね。」
「えっ、いや、違…。」
「もう知りません!夕食にはピーマンたっぷり入れてやりますからね。覚えといて下さいよ!」
「えっ…。」
それすごい嫌なんだけど。
俺はピーマンいっぱいの食卓を思い浮かべ、さーっと青ざめた。
「お二人のおふざけには付き合ってられません。私、もう行きますから。」
森野は自分の弁当箱を持って、屋上の出口に駆けて行った。
「あ、りんごーっ。」
「森野。違うっつーのに!このレジャーシートどうすんだよ?」
「レジャーシートは先輩が畳んで持って帰って下さいー!」
森野は振り向きざま怒鳴ると、屋上の扉を開け、階下に消えて行った。
「りんごがあんなに怒るなんて…。あんた達ただじゃおかないからねっ。」
宇多川は俺達をきっと睨み付けると森野の後を追いかけて行った。
呆然と立ち尽くす俺の肩をポンと叩いて恭介はニヤッと笑った。
「浩史郎。感謝しろよ?助けてやったんだぜ、俺は。」
「何でだよ?お前のせいでいらぬ怒りを勝ったろーが!」
「ピーマン食えば許してくれる程度の怒りだろ?まだ、森野さんには好意がバレない方がいいんじゃないの?」
「!!ち、違う。別に俺はそんな…。」
「往生際が悪いな。じゃ、俺が森野さんにアプローチしてもいい?」
「それはダメだ!」
「どうして?」
「いや、恭介が言うようなのとは違うけど、森野には一応家事とか世話になってるし、お前が遊び半分に手を出そうとしてるの傍観してられない。まぁ、急に出来た妹のような感じで、心配なんだよ。」
「そっか妹ね…。この間よりはマシな答えだね。浩史郎。ずっとそのスタンスでいられるといいね。その方が森野さんとも宇多川さんとも仲良くしていられるよ。」
「あ、ああ…。」
(ま、無理だろうけど。)
恭介は唇の動きだけで何かを呟いた。
「えっ?」
恭介はすぐにニヤニヤ笑いを浮かべて言った。
「何でも?それより、明日のお昼はどうする?浩史郎?俺はまた屋上で森野さん達と一緒に食べようと思ってるけど。」
「は?あんだけ二人を怒らせておいて、もう一緒にお昼とか無理だろ?」
「あぁ。それは大丈夫!まぁ、見ててよ。女の子の機嫌を直すのは得意なんだ。」
恭介は不敵な笑みを浮かべ、俺にウインクをした。




