生徒会副会長の交渉力
屋上に着くと、まだ森野と宇多川は来ていないようだった。
「ああ、森野さんと宇多川さんのクラスは4時間目体育の授業だったから多分来るの遅くなるんじゃないかな?」
後ろから声をかけられ、俺はげんなりしながら振り返った。
「恭介。一年生の時間割まで把握するのやめろ。」
「いやいや、ちょうど窓から障害物リレーやってるの見えたんだって。宇多川さん運動神経いいんだね。ハードル高くしても全然スピード落ちないからビックリしたよ。あ、森野さんもなかなかに速かったよ。浩史郎も見たかった?」
「見たかねーよ!授業に集中しろよ。このスケベ野郎!」
「ひどいな、浩史郎。俺は純粋に彼女達を応援していただけなのに。ま、スケベなのは否定しないけどね。」
恭介は爽やかな笑顔でスケベ宣言した。
この笑顔に女子達は騙されるんだよな。
「まぁ、カリカリすんなよ、浩史郎。今日はお前の好きそうなの、持ってきてやったから!」
恭介は手提げからアダルトな雑誌を取り出して見せた。
「おい。ちょっと待て。なんでわざわざここで
広げる?もうすぐ、森野と宇多川が来るって分かっているよな?」
「え?教室で広げた方がよかった?」
「んな事言ってねーよ!」
「いや、俺はいいけど、今それやったら女子達の浩史郎の評判が余計にアレかなって。それよか二人がきてない内にササッと受け渡ししようと思って。」
「いや、そこまでして別に…。」
「またまたぁ!今伯父さん達に睨まれて、そっち方面禁欲してんだろ?せめてもの俺の心遣い感謝して欲しいな。
浩史郎はあれだろ?胸Eカップ以上で大人っぽい雰囲気の髪の長い美人タイプ。そういうタイプの特集があったから、まぁ見てみ。」
強引に、恭介に雑誌を押し付けられ、ついパラッとページをめくりつつ、
「うーん、別にそういうタイプに特化して好きってワケじゃ…。逆にデカすぎても気持ち悪いし。可愛い系も悪くないし、髪もそんな長くなくても…。むしろ首筋とか、足とかきれいなのもポイント高…、何だよ?恭介!」
恭介は驚愕の表情で俺を見ていた。
「おおぅ、浩史郎…。よもや、ここまで調教がされているとはね。元のタイプを根底から変えてしまうとは!いやはや、恐るべし!」
「??調教って何だよ!」
恭介は若干青ざめながらおれの肩をポンと叩いて言った。
「そんな浩史郎にお勧めを届けてやるよ。」
「いや、もーいいよ。」
「いやいや、そう言わず、まぁ聞け!絶対気に入る事間違いなし。素人っぽくて、清楚な雰囲気が売りの可愛い系、ショートヘアーにくりくりした大きな目、胸はB以下だが、華奢で首筋や手足のきれいなタイプ。これでどうだ!」
「あ、ああ、まぁ、悪くはないけど…。」
恭介の勢いに圧倒されながら答えると、恭介はドヤ顔で屋上の入口を指し示した。
「お客さんの好み、まさにあの子でーす!」
「あれ、お二人共もういらしてたんですね。」
森野林檎は屋上の扉を開けてヒョコッと、顔を出した。
!!!
マジ切れした俺は、瞬間笑い転げる恭介の襟首を掴んで、締め上げた。
「お前、悪ふざけもいい加減にしろよ!」
「ははっ浩史郎、ギブギブ!マジ死ぬから!
いや、ゴメン。浩史郎の内なる欲望を顕在化してやったつもりなんだけど…。」
「まだ言うか!」
更に締め上げてやると恭介は蛙の潰れたような声を出した。
「ぐへぇっ。」
「ちょ、何やってんですか!お二人共!!
先輩!東先輩死んじゃいますよ!?離してあげてください!」
森野が慌てて止めに入り、俺はようやく恭介を離してやった。
「一遍死んだ方が世の中の為じゃねーか?」
「森野さん、ありがとう。助かったよ〜。」
「何やってるんだか!野蛮な人達ね〜。」
いつの間にか宇多川もやって来て、森野の隣で顔を顰めていた。
「あっ、ホラ。本も落としてますよ。もー。」
と、森野は例の雑誌を拾い上げた。
あっ!!と思ったときには森野は雑誌を手に取っており、表紙を見た瞬間悲鳴を上げていた。
「きゃあぁっ!!な、何てものを持って来てるんですかぁっ?!」
森野は真っ赤になって雑誌を床に取り落した。
悪びれずにこにこしながら恭介が、適当な事を言った。
「いやー、浩史郎の奴がどうしても持って来いって言うから…。」
「言ってねーよ!」
「少しは見てたくせに…。」
「あなた、東恭介先輩ね?」
宇多川が、恭介の前にずいっと進み出た。
「りんごに何てもの拾わせてるの!呼び出して置いてなんだけど、今すぐ帰ってくれるかしら?」
宇多川は眉間に皺を寄せて嫌悪感を露わにした。
森野は宇多川の後ろに隠れて困った顔をしている。
あの宇多川を怒らせるとは恭介め、命知らずな奴!
「ははっ。いや、ゴメンゴメン。雑誌はしまうから追い出さないでよ。せっかく君達に会えるの楽しみにしてたんだからさ。」
恭介は雑誌を拾って手提げの中に戻すと、宇多川に向き直った。
「君が宇多川夢さんだね。よろしく!噂通りに綺麗な子だね。怒った顔も素敵だよ?」
「お世辞は結構!全く類友とはよく言ったものね。」
宇多川は俺の方を見てため息をついた。
あいつと一緒にされるとはひどいとばっちりだ。
「単刀直入に聞くけど、最近、りんごにちょっかい出しているのはどういうワケ?」
「ん?だって可愛い女の子とお話したいって思うのは男子として自然な欲求じゃない?」
「りんごはあなたの取り巻きになるようなミーハーな女の子じゃないの。女漁りするなら、他をあたってくれる?迷惑なのよ。ただでさえ、りんごは男の子が…。」
「苦手なのにって?」
「!」
「それぐらい、見てれば分かるよ。なのによりによって、あの浩史郎の許嫁!でも、森野さんは浩史郎に対しては苦手意識がないみたいだよね。浩史郎も森野さんに対しては他の女子と接し方が違うみたいだし。興味を持つのは当然の流れじゃない?」
恭介はニヤッと笑って宇多川にウインクをした。
「あなた…!」
宇多川は目を見張って恭介を見ていたが、やがて小さく息をついて頷いた。
「なるほど、分かったわ。東先輩。あなたは思ったより食えない人のようね。
あなたが興味あるのは、りんごというよりりんごと里見先輩の関係性にあるという事ね。」
「まぁ、そうだね。森野さん自体も面白い子ではあると思っているけど。」
「では、りんごに対して邪な気持ちを抱かない、危害を加えるような事をしないと誓ってくれる?」
「いいよ。宇多川さんが心配するような事は何もしないと誓うよ。そしたら、友達として君達と交流する事を許してくれるかな?」
宇多川は、顎に指をかけて少し考えていたが、しばらく間があってから頷いた。
「いいでしょう。あなたを完全に信用したワケではないけど、取り敢えず協力関係を結ぶという事に異存はないわ。」
マジか!あの宇多川を籠絡するとは。しかも、エロ本で最初の印象最悪だった筈なのに!恭介すげーな。
「やった!じゃ、これから友達としてよろしくね。宇多川さん!L○NE教えてくれる?」
「いいわ…。ちょっと待って。」
宇多川はスマホを取り出すと、恭介とL○NEの交換をし始めた。
二人のやり取りを息を詰めて聞いていた森野はほぅっと息をついた。
「すごい、東先輩…。夢ちゃんと対等に渡りあって、L○NE交換までこぎつけちゃうなんて。
夢ちゃんの連絡先聞いてくる男子は結構多いけど、ほとんどの場合上手に断られちゃうんですよ?」
俺もあの恐ろしい宇多川と協力関係を結んだ恭介には舌を巻く思いだった。
「確かに恭介は謎の交渉力あるよな。生徒会副会長の立場的にもそういうのが必要になる場面が多いのかもしれないが…。何げにあー見えて、定期テストは毎回学年一位だしな。」
「はー、すごい方なんですねぇ。」
森野は感心したように恭介を見た。
「あ、そういえば、これ、先輩の分のお弁当。」
森野は手提げの中からお弁当箱を俺に渡した。
「おう、ありがとう。」
今日も屋上に集まる事になっていたので、森野に弁当を持って来てもらう事にしていたのだった。
「すみません。昨日の残り物の煮物も入れてるんです。一応味はカレー味に変えてあるんですけど…。」
すまなそうに言う森野に俺は目を逸しながらボソッと呟いた。
「別にいーよ。残り物でも。まぁ煮物…結構美味しかったし。」
「えっ。あ、ありがとうございます…。」
森野は驚きながらも嬉しそうな表情を浮かべた。
「おーい、そこ!放っとくとすぐイチャイチャするんだから。宇多川さんがすごい顔してるぞ。」
恭介の声が飛んで来た。
見ると、恭介の隣にいる宇多川が俺を親の仇のような目で、睨んでいるのに気付いた。
こ、怖えー!!俺今日殺されるかもしれない。
「イ、イチャイチャなんてしてませんよ。」
森野は慌てて否定した。
「せっかく、皆仲良くなったんですから、皆で一緒にお昼食べましょ?ねっ。」
森野はレジャーシートを取り出してみせた。
「私はそこの二股先輩と仲良くなったつもりはないわ。」
宇多川は噛み付くように言った。
ていうか二股先輩て…!お前、どんな呼び方してんだよ!?
「まぁまぁ、夢ちゃん。そこを何とか。私、夢ちゃんの隣ー!」
森野が宇多川に甘えるように抱きついた。
「うっ。ま、まぁ…、りんごがそんなに言うんだったら…。」
態度が一気に軟化した宇多川の姿に驚きつつ、対宇多川に限っては森野が一番の交渉上手である事を悟ったのだった。




