マカロン
「話もまとまったことだし、忘れない内に渡すものを渡しておこうかな。森野さん、悪いけれど母さんと一緒に一回別部屋に移動してもらっていいかな?」
「あっ、はい。」
森野は母に促されリビングを出て行った。
親父はそれを見送ると、戸棚の引き出しから封筒を取り出し俺に渡した。
「浩史郎。この一ヶ月よくやっていたようだな。
これ、来月分の小遣い。」
「あ、ありがとう。」
「少し色をつけておいた。森野さんとのデートにでも使ってくれ。」
俺は目を見開いて親父を見た。
いつもの厳しい表情はそこにはなく、相好を崩して笑っている親父の姿があった。
「ふっ。男子としても、人としても最高に素敵な人か…。浩史郎。よかったな。あんなに自分を好いてくれる相手ができて…。」
俺は森野の発言を思い出してかっと頬が熱くなった。
森野め。爆弾発言投下していきやがって!
「あっ、あれは…!そういうんじゃなくて!」
多分、森野に勉強を教えていたときに俺が言った事を真に受けて、両親の心象を良くするために
言った事だったのだろう。
それは分かるけど、やりすぎだろう!あれじゃ、森野が俺を好きみたいな…。
「まぁ、そう照れるな。何だか、俺が母さんに会った時の事を思い出したよ。
母さんと初めて会ったのは、会社主催のパーティーで、名家の令嬢を落とすように父から言われて、近付いたのが始まりだったな。
最初は俺も親の薦める相手なんてどうかと思ったが、会ってみたら一目で好きになった。
まぁ、向こうは美人で才色兼備の令嬢だったから、
引く手あまたでな。最初は相手にされなかったが、何度断られても諦められなかった。
その為に誰かを傷つける事になったとしても、どうしても想いを止めることができなかった…。」
「………。」
俺は親父の言う誰かを思い浮かべ、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「俺が至らなかったせいで、お前には悪い事をしてしまったと…。」
「やめろよ!もうその話はいい!」
俺は吐き捨てるように言った。
親父は辛そうな表情で目を伏せた。
「俺を憎むならそれはそれでいい。ただ、お前には心からお前を想って、側にいてくれる相手が必要だと思ったんだ。」
「それが、森野だっていうのか?あいつは俺なんか好きじゃないよ。ただ、天然で言う事が大げさなだけで…。」
「或いは、お前が、自分を想って欲しい、側にいて欲しい相手でもいいんだ…。
母さんからお前が森野さんとの同居を嫌がっていると聞いたんだが…。」
「!」
「今も同じ気持ちか?」
「それは…。」
俺には答える事が出来なかった。
急に決められた許嫁に反発する気持ちもあり、
一方で森野との同居生活に慣れていく自分もいた。
「側にあるうちは鬱陶しく思えても、失って初めてそれがかけがえのないものであったと気付く事もある。よく考えておきなさい。」
「……。」
その時玄関のチャイムが鳴った。
母がバタバタとリビングに飛び込んで来て、インターホンで応答している。
「ああ、出前が来たのかい?」
「ええ、取りに行ってきます。」
母が玄関に向かうと、親父は表情を和らげて言った。
「母さんが、寿司を頼んでくれていたんだ。
森野さんとお昼食べていきなさい。」
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実家からの帰り道、森野はチラチラとこちらを窺っては、目を伏せると言う事を繰り返していた。
「……言いたい事があるなら、言ったらどうだ?」
とうとう堪えきれずに森野に向き合って聞いてみると、森野は面白い位に慌てふためいた。
「いや、あのぅ、その、だから…。えーと…。」
森野は深呼吸をすると、思い切り頭を下げた。
「さっきはごめんなさい。先輩を褒めてご両親に自立している様子をお伝えしたかったのですが、何故か私が先輩に好意を抱いていると印象づけてしまったようで…。」
森野は赤くなって、俯いた。
「ああ、その事か…。」
俺も気まずい思いで森野から視線を逸らせた。
「はい。せっかく同居の解消も考慮に入れて下さっていたようなのに、機会をつぶしてしまいました。」
「森野は気合い入れて言い過ぎなんだよ。ただでさえ直球なんだから、もっと自然に言えばいいのに…。」
俺は苦笑いして言った。
「すみません…。」
「まぁ、別にいいよ。一ヶ月、二ヶ月で状況が改善するなんてこっちも思ってなかったし。」
「先輩。怒っていないんですか?」
「ああ、それに、嘘とはいえ、あそこまで、褒められて悪い気はしないしな。」
俺がニヤッと笑いかけると、森野は恥ずかしそうに笑った。
「ふふっ。本当にべた褒めしましたからねぇ。まぁ、ちょっと大げさに言いましたが、先輩を尊敬しているというのは本当ですよ。なんと言っても数学の師匠ですからね。」
「師匠というなら、普段から俺を敬った態度をとれよ。」
「分かりました。師匠。今日は何の夕食にしましょうか。お望みのままに致します。」
「弟子というより、家来みたいだな。じゃあ、天ぷらとか…?」
「いいですね!具材どうしましょう?
海老と、イカと、さつまいもと、しいたけと、ナスと、ピーマンと…。」
「ピーマンは入れなくていいんじゃないか?」
間髪入れずに俺が言うと、森野は不服そうに口を尖らせた。
「いい年して好き嫌いがあるなんて感心しませんね。ピーマンは栄養があるんですよ?」
「お望みのままにっていわなかったか?
一つくらい嫌いなものがあってもいいだろ?栄養なら他のもので補えば問題ない。」
「むうぅーっ。言ってしまった手前今日のところは引きますが、いつか絶対に食べてもらいますからね。」
「おぅ。一昨日来い。」
「あぁ、食べ物の話をしていたらお腹が空いてきちゃいました。」
「おいおい、さっき寿司食ったばかりだろ?」
「さっきは、やらかしてしまって、先輩もなかなか目を合わせてくれないし、いたたまれなくって、あまり量が食べれなかったんですよ。
こう見えて、結構繊細なんですからね。」
「いや、だってあんな発言の後で、両親が生暖かい視線で見てくるのに、話しかけにくいだろ?」
「うぅ、まぁ、そりゃそうだけど…。あ~あ、せっかくのお寿司だったのに、先輩が怒ってなかったのならもっと食べておけばよかったー。」
「そんな飢えた子ライオンのような森野にこれをやるよ。」
黒地に濃いピンクのハート柄の可愛い紙袋を森野の前に差し出した。
「??これは何ですか?」
「母からお土産だとさ。マカロン。さっきお茶請けに出てた奴。」
「マカロン!?」
森野は紙袋に飛びついた。
「うわーい!高級菓子だから、恐れ多くてご実家では手が出せなかったんですけど、本当は気になっていたんです。今日はいい日です。」
「よかったな。」
俺はお菓子一つで幸せになれる森野の能天気さに感心した。
「家族にも食べさせてあげたいな。」
少し表情を曇らせた森野に、俺は聞いた。
「森野の実家に半分持って行ったらどうだ?
家からそう遠くないんだろ?」
「んー。そうですね…。まぁ、電車代もかかりますし…。賞味期限が大丈夫だったら送ってもいいですし。」
それだと、送料がかかるんじゃないかと思ったが、なんとなく、それ以上は聞きにくい雰囲気だった。
どこかぎこちない笑顔を見ていると、森野は慌てたように言った。
「あっ。でも実家にはよく電話してますし、ちょいちょい元気は補充していますよ。
私は家族が大好きですから!」
以前自分の母親に電話をしていたときのように、はにかんだような嘘のない笑顔で森野林檎は言った。
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あと数話で折り返し地点となりますが、最後まで読んで下さると嬉しいです。




