小さな手のひら
5月29日 土曜日 21:30
俺は寝る前に日課である勉強をしていた。
数学の難問を解き終えたところで、ふーっと大きく息を吐くと、椅子の上で伸びをした。
今日は疲れたし、ここまでにしておくか。
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あれから、森野とパンケーキのお店で昼食をとった後、俺達は普通に家に帰った。
森野が化粧を落とし、だぼっとしたトレーナーに膝丈キュロットといった普段通りの格好になると、何だかホッとした。
「その方がラクでいいな。」
声にまで出してしまって、森野に首を傾げられた。
メイクをした森野はとても可愛かったけれど、周りの視線が気になってとても気疲れしたのだ。
いつもの森野と囲む夕食はとても美味しくて、
柄にもなく料理を褒めたりもした。
「今日はどうしたんですか?」と訝しがりながらも、森野は嬉しそうだった。
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ベッドに転がると今日の出来事が一気に思い出され、波のように押し寄せてきた。
『先輩!』
待ち合わせ場所で見たモデルのような姿の森野。
ナンパに困って助けてを求めていた。
『こうくん、今こういうのがタイプなんだ。』
急に再会したセフレのあやねさん。
『あれ?先輩?』
性懲りもなく、またナンパされている森野。
俺はベッドの上に仰向けに横になると、手をかざして呟いた。
「小さい手だったな…。」
危なっかしくて、手をとって歩くと小さな手のひらが柔らかくてとても温かかった。
俺に逆ギレされて、普通ならうんざりな状況なのに…。
『今日、先輩と出かけたのもメッチャ楽しかった。』
『今日は男の人によく声をかけられて。その度に先輩が必死な顔で連れ戻してくれて。まるでお姫様のような気分でしたよ。先輩は怒ってたけど、私はなんだか嬉しくて…。たまにはオシャレもいいもんですね。』
「直球…なんだよなー。」
多分男子として好意を抱いているワケではないのだろう。
でなければ、元カノ(本当はセフレ)が現れても平気で仲をとりもとうとするワケがない。
思っている事を子供のようにそのまま素直に口にしているだけ。
分かっているけど、それでも森野は女の子なんだよ。
ああいう風に言われて、全く心が動かない、揺れないっていえばそれは嘘になる。
『私達っていつか離れる前提の同居じゃないですか。』
あの言葉にモヤッとした気持ちを抱いたのも確かだ。
けど、だからといって森野とどうしたいとかどうして欲しいとかいう明確な気持ちはまだない。
ただ、もう少しこのままの関係でいられれば…。
タイムリミットはあるんだろうが、それはまだ先の事だろう。
明日は両親に一ヶ月の生活を報告する事になっている。
よほどの事がない限り、また一ヶ月この生活を継続する事になるだろう。
取り敢えず、恙無く明日を切り抜ける事を考えよう。
そんな事をぼんやり考えながら俺は猛烈な睡魔に襲われ、眠りに落ちていった。




