買い物デート
5月5週目の土曜日 11:00
俺は森野との待ち合わせピッタリの時間に集合場所の駅前広場に着いた。
噴水のある駅前の広場は、待ち合わせをしているカップルや、友達同士でたむろっている学生達で溢れていた。
森野はまだ来ていないらしい。珍しいな。時間に正確そうな奴なのに。
俺は噴水の近くのベンチに腰を降ろしてしばらく待つことにした。
ふと、近くのベンチに座っている女の子がチャラそうな男子二人組に声をかけられているのが視界に入った。
俺は困ってる様子の女の子をチラッと盗み見た。
グリーンのアイシャドウがよく映えた、大きな潤んだ瞳にふっくらした口元。色白の小さな顔にベレー帽を被り、涼しげなミントグリーンのシャツ、ショートパンツからすらっと伸びた華奢な手足を覗かせている。
まるで、ファッション雑誌から抜け出てきたような綺麗な子だった。
まぁ、あれだけレベル高ければ声もかけられるわな。
女の子は困惑したように連れがいるからと
誘いを断っているが、男子達もあれこれ、話しかけなかなか側を離れようとしない。
(しつけーな…。)
彼氏だか友達だか知らないが、待ち合わせの相手も待たせないで、早く来てやればいいのに。
俺は様子が気になりながらも、無関係の身ではなかなか声をかけられないでいた。
いよいよ、困った様子の女の子が、周りに助けを求めるように視線を巡らせ、俺と目が合った。
「先輩!」
女の子はほっとしたように声をかけた。
ん…?今先輩っつったか?
男子に絡まれているその女の子を頭からつま先までもう一度よく眺め渡した。
小柄で華奢な体付き。顔立ちをよく見て見れば、大きな瞳に見覚えがなくもなかった。
「もしかして…、森野…か?」
「そうですよ!見りゃ分かるでしょ?」
瞳にわずかに怒りを含ませて森野林檎は答えた。
周りにいた男子達は俺を見て、明らかに怯んだ。こういう時身長と顔面偏差値が高いと役に立つ。
「彼女、俺の連れなんでちょっかいかけるのやめてもらっていいか?」
俺は男子達から森野をかばうように立ち、圧をかけるように睨んだ。
「あ、彼氏さんっすか?さーせん。」
「やっ、俺達道聞いてただけなんで。」
男子達は急に態度を変え、すごすごと去って行った。去り際にぶちぶち文句をいいながら…。
「ちぇー、リア充はいいよな。」
「俺もあんな彼女欲しいわ。」
俺はそれを見届けて、隣に立つ女の子にもう一度確認した。
「本当に森野…なんだよな…?」
まだ半信半疑の俺にモデルさながらの美少女がぶち切れた。
「だから何回聞くねん!?
あの人達ホントしつこくて困っちゃった。先輩、私と目が合ったときまるで知らない人でも見るかのような顔をして!最初他人の振りしてやり過ごそうとしたでしょ?
前は俺を頼れって言ってたくせに、いざとなったら無視しようとするなんてひどい!!」
俺は慌てて弁解した。
「いや、本当に最初森野だって分からなかったんだよ!今日の格好いつもと全然違うし、化粧もしてて、顔も別人みたいだったから…!」
「?? 友達の夢ちゃんに可愛くしてあげるって言われて、お化粧してもらったり、服やら小物やら貸してもらったりしたんですけど…そんなにいつもと違いますか?」
森野は不思議そうに首を傾げた。
そんな仕草すら、今日の格好ではいつもより清楚で気品すら感じられる。
俺は、何度も頷いてやった。
「そうですか。あの……、変じゃない?」
森野!心配して聞いているんだろうが、
まつ毛バシバシのその目で上目遣いとかやめろ!すごいあざとい表情になってるぞ!
「変ではない。むしろものすごい似合ってる。」
俺は毒気を抜かれて思ったまま答えてしまった。
「なら、よかったです。」
森野は安心したように、ようやっと笑顔になった。美少女の満面の笑みくそ可愛いな、オイ!
「うん。ま、最終的には助けてくれたので、水に流しましょう。じゃ、買い物行きますか。」
森野は機嫌を直し、当初からの目的を果たす運びとなった。
「予算は5000円で、先輩のお父さんお母さん、お二人の気に入りそうなものを買いましょう。先輩、お二人の好みを教えて下さいね。」
「ん?お、おう…。」
声も言い方も言っている内容も森野そのものなのだが、外見は謎の美少女。
森野の顔を見て話していると、違和感であんまり話が入ってこない。
感じ悪い対応かもしれないが、今後は森野の顔をまともに見ないで話をしようと心に決めた。
俺と森野はまず、駅前のデパートへ入っていった。
「お二人はご趣味とかあるんですか?」
「うーん、親父は仕事忙しいからなぁ。仕事上の付き合いも含めてゴルフやってるくらいじゃないか?」
「ゴルフですか。うーん、ちょっと詳しくないですけど、買うとしたら小物関係かな?お母さんはどうです?」
「母はお花かな?確か生花のなんたらという流派の免許もってたような…。」
「へぇー、すごいですね!お花お好きなんだったら母の日にお花をおくったのはドンピシャだったんじゃないですか?」
「ああ、すごい喜んでたよ。まぁ…、その…、世話になったな。」
「ああ、いえいえ、別にお礼を言わせたいわけでは。息子さんから貰ったからお母さん嬉しかったんでしょうし。でも、この間贈ったばかりでまたお花っていうのもなぁ…。生け花の道具、小物とかでも高そうだな…。一応それぞれ見てみますか?」
「あげるの明日だろ?今からよく知らない分野のもので、手頃な値段のものって探すの難しいんじゃないか?」
「そうなんですよね…。」
「夫婦仲は普通にいい方だから、ペアで使える何かにしときゃいいんじゃないか?」
「ペアで使えるもの?お箸とか、食器とか?爪楊枝とか?枕とか?パジャマとか?」
「爪楊枝って、マニアックだな。そこ、ペアにする必要あるか?枕やパジャマはもう持ってるからいらんだろうよ。新婚夫婦じゃないからな。」
思わず、突っ込むとき森野の顔を真正面から見てしまった。
「ふふっ。確かに!」
森野は俺の顔を見てにぱっと八重歯を覗かせて笑った。
くそっ、可愛い!
「じゃあ、無難に食器類にしときますかね。食器売り場は4階だから、そこで物色しましょうか。」
「あ、ああ…。」
この森野といると何だか調子狂うな。
俺は気疲れして小さくため息をついた。
「ときに先輩。」
「ん?」
エスカレーターで上の階に移動しながら、森野が話しかけてきた。
「私、先輩と人通りの多い場所に来たのは初めてなんですが、いつもこんなに周りの人に振り向かれるもんなんですか?」
「ああ、そういえば…。」
気付けば、すれ違う人は皆俺と森野を見ると、驚きと称賛の眼差しを向けてきていた。
「まぁ…、いつも少しはあるけど、今日は特別多いな。」
今日は着飾った森野がいるので、美男美女カップルとして、余計に人目を引いているのだろう。
「へぇー。イケメンさんって、いつも注目の的なんですね!こりゃ、一緒に歩く私も気が抜けませんね。欠伸とかしないように気をつけよう。」
森野は感心したように言った。
自身も注目を浴びているとは、夢にも思わないようだった。
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「うぅーん、ペアで使える食器。お茶碗や、お椀も、もうありますよね。
可愛いお皿色々あるけど、どっちかというと、もうお母様へのプレゼントって感じになっちゃうかな。」
食器売り場に並んだお皿のコーナーを見て回りながら、森野は考えあぐねていた。
森野は、ふと隣のコーナーに日本酒のおちょこやグラスが置いてあるのを目に留め、俺に質問してきた。
「ご両親はお酒とか飲まれます?」
「まぁ、嗜む程度には。どっちかっていうと、洋酒かな?たまーに、ワインの良いやつを開けたりしているな。」
「わぁ。素敵!じゃあ、ワイングラスとかどうです?家にいっぱいあるかな?」
「家にもあるけど、シンプルなデザインのものしかないし、そういうのは、いくつあってもいいんじゃないか?」
「じゃあ、ペアのワイングラスでオシャレ気なデザインのものを探すという事でいいでしょうか?」
「ああ。いいんじゃないか。」
「よかった。そしたら、あちらの方見てみましょう。」
大体の方針が決まり、森野は嬉しそうに壁際のグラスのコーナーに向かった。
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森野は壁際にズラッと並んだワイングラスを見比べて、首を捻った。
「ううーん、ひとえにワイングラスといっても、色んな種類がありますね。
ペアで可愛いデザインのものというと、この鳥とお花の柄が入ったのはどうです?ちょっと可愛すぎるかな?」
「いや、いいんじゃないか?」
「あっ、これワイングラスの脚に色がついてます。オシャレですね。」
「ああ、いいんじゃないか?」
「焼き物のワインカップもあるんですね。小さくて可愛い。高いけど。」
「うん。いいな。」
「これなんか、全体に絵柄が入ってメッチャカラフル!可愛いけど、ちょっと派手ですね。」
「いや、いいと思うよ。」
「え、いや、これはさすがにご両親には…。
って先輩!何スマホいじってるんですか!?」
「あっ、いや、すまん。」
森野の品定めが長くなりそうだったので、途中からスマホで明日の天気やらニュースやら見ていた俺に森野の雷が落ちた。
「いや、俺あんまりワイングラスとか詳しくないからさ、森野のセンスに任せようかと思って。」
言い訳をする俺に森野は手厳しく言った。
「何を言っているんですか?私だってそんなの詳しくないですよ。先輩の大切なご両親なんですから、形とか色とか好みをちゃんと考えて、心を込めて選んであげて下さい!」
こちらに向き直って、目尻を上げて怒る様子は美人だけに大変迫力がある。
「わ、分かったよ。ちゃんと選ぶからがなるな。」
俺は慌ててワイングラスの並ぶ棚に向かい立つと、ワインの脚に色がついたものの中から、レッドとブルーのものを取り出した。
「これなんか、ペアグラスとしてどうだ?」
「いいと思います。2脚で4000円ラッピングに数百円かかるとして、充分予算内で買えそうです。」
森野は満足そうにニッコリ微笑んだ。
「お父様お母様喜んで下さるといいですね。」
レジに向かう途中、森野はセール品のコーナーに目をとめて言った。
「ついでにちょっと見ていっていいですか?ホットミルク用に大きめのマグカップが欲しくって。」
森野はちゃっかり自分の買い物もしようとしていた。
「いいけど、早めに決めてくれよ。」
「はーい。お。あのピンクのマグ、セールで300円!安カワイくないですか?大きさもちょうどいいし。」
「色んな色があるな。ついでに俺も買っていこうかな。2個セットで50円引きって値札に書いてあるぞ。後でお金出すから、そのブルーの奴も買ってきてくれないか?」
「え。そ、それは、いいのですが…。」
森野は何故か気まずそうにモゴモゴと口籠った。
「何だよ?お金ならちゃんと出すって。何なら俺が買いに行こうか?」
「そ、そうではなくて…、色違いのカップなんて、ペアカップみたいになっちゃいますよ?」
森野は心なしか顔を赤らめていた。
「!!あ、ああ…。まぁ、同じ種類だからな。でも、家で使うなら、誰が見てるワケでもないし…。」
と、言い訳をしながら俺も気まずい思いで目を泳がせた。
「それに、私達っていつか離れる前提の同居じゃないですか。ペアカップなんか買ったら、別れるとき寂し…。」
「!!」
驚いた顔の俺を見て、森野は焦ったように言い直した。
「いや、そう!カップが!別れ別れになって寂しいんじゃないかと…!!」
「………。」
「あ!お客様用に、カップをもう2つ買い足せば、4コセットでペアカップじゃなくなりますね!うん。もう、これで解決!」
「森野…。」
まだ驚いている表情の俺を森野は叱るように言った。
「こらこら、先輩!ここはお決まりのセリフで突っ込むべきところですよ?」
「お決まりのセリフ?」
「君はバカなのか?そんな事もすぐに思い付かないのか!って。もう、ちゃんと仕事して下さいね?じゃ、私買ってきます!」
商品を入れた籠をもって、そそくさとレジに並びに行った森野を俺は呆然と見送った。
森野が言った事を心の中で反芻していた。
『私達っていつか離れる前提の同居じゃないですか。』
森野は家族で実家にやって来たとき、俺の事を『バグ』だと言っていた。
いつかは修整され、消える関係だと。
森野はいつもそれを考えてる。
俺は?
俺だって『モブ』キャラのくせに、付き纏う森野と早く離れたいと思っていた。
今も?
確かに今日の森野は『モブ』キャラとは思えない程可愛いけど、それ以前の森野は本当にずっと『モブ』だったか?
お花を貰って礼を言う森野。
財布を落とした俺の隣に弁当を置いていく森野。
体調を崩し、機嫌の悪い俺に怒鳴られ、泣きそうな森野。
食費を使い込まれ、泣いてがなる森野。
バイトの時疲れ果てた俺の姿を見て、笑っている森野。
いつの間にか、生活に心に、染み込むように馴染んでいた。
ブレない森野と同居一ヶ月にして、始まりと終着点も見えなくなったブレブレの俺。
森野と俺のこの事態に対する認識の差に遠く隔たりを感じていた。
「浩くぅーん!」
考え込んでいた俺に、大学生くらいのナイスバディーのお姉さんが甘ったるい口調で声をかけてきた。
「あやね…さん?」
なんと、俺の昔のセフレだった。




