記憶の中の女
あれは確か、中2の夏の日だった。
部活の朝練の後、公園のベンチでへばっていた俺は、あの人に会った。
あの頃、俺は勉強も部活も全てを完璧にこなそうと頑張っていた。
両親も、中1から付き合っていた彼女も、友人も
誰もが俺にそれを期待した。
俺も、それが自分の道だと信じて、成績は常に学年1位を保持し、テニスの部活ではキャプテンを務めた。
だが、勉強とは違い、キャプテンという仕事は
自分自身が努力していたらいいというものではなかった。
今日の朝練で、自分と同じ練習メニューの3分の2ぐらいを課しただけで、あまりの厳しさに部員達は音を上げた。
新入生の一人がボソッと不平をもらした。
「誰もがキャプテンみたいに、機械みたいに完璧ってワケにはいかないんですよ?」
「なんだよ、機械みたいって…。」
俺は入道雲が浮かぶ夏の空を睨みつけた。
そんなワケないだろ?俺だってしんどい中なんとかやってんだよ。さぼるための言い訳しかしない奴に何が分かるっていうんだ。
「そこの美少年。青春してるわねー。」
俺は背後から突然話しかけられて、驚いて振り返った。
そこには、日傘を差した20代前半位のワンピース姿の女性が佇んでいた。
白い肌、ウェーブのかかった綺麗な黒髪、白いレースのワンピースは起伏にとんだスタイルを際立たせている。
瓜実顔に紫がかった大きな目が輝き、
紅をひいた薄い唇はいたずらっぽい笑みを浮かべている。
こんなに綺麗な女の人を俺は見た事がなかった。
その人を見た瞬間、うだるような暑さも、蝉の声も全てが消えて、まるで別世界に迷い込んだような気がした。
その人は躊躇いもなく、俺に近づいて来て、正面に立つと更に話しかけてきた。
「若いのにー、眉間に皺を寄せてたら、ハゲちゃうわよ。ちょっと休憩したら?はい。」
そう言って、少女のように無邪気な笑顔で、スポーツドリンクのペットボトルを俺に渡した。
これが俺と桐生よし乃との出会い。
あの時俺は、喉が死ぬほど渇いていた。
彼女が与えてくれた癒やしの水を飽くことなく、求め続けた。
それが毒の水だとも知らずに。
『どんなに綺麗で清廉潔白そうな顔をしていても、女は皆同じ。嘘と打算と裏切りにまみれた毒虫を心に飼っている。
覚えておいてね。浩史郎…。』
彼女の言葉は今もこの胸に棘のように刺さっている。




