苛立ちの理由
頭がガンガンする。
体がだるくて重く、少し動くのも億劫だ。
情けないな…。かぜを引くなんて、中学のとき以来だ。あれはいつの事だったっけ?
俺はベッドに身を横たえ、ぼーっとする頭で考えていた。
「先輩。大丈夫ですか?入りますよ。」
部屋のドアをノックする音がして、無理に体を起こした。
やれやれ、寝かしといてくれよ。
「ああ。どうした?」
「あの、お粥作り直してきたんですが…。少し食べれませんか?」
遠慮がちにそう言うと、森野はお粥をもったお椀を載せたトレーを手に部屋に入って来た。
やばい。食欲がどうというよりも、頭がクラクラして、身を起こしているのが辛くなってきた。早くベッドに横になりたい。
「森野。すまないが、今熱で全く食欲がなくて、食べられそうにない。ご飯はしばらく
作らなくていい。それより、少し寝かし…。」
「や、やっぱり、お母さんの味つけと違うからですか?」
森野が思い詰めたように言った。
「はぁ?」
「急に環境が変わって、私の作るご飯がストレスになって、それで先輩体調崩しちゃったんじゃないですか?」
「森野、違…。つっ。」
大きな声を出そうとすると、ズキッと頭が痛んだ。
何なんだよ。こいつは?人が体調悪い中精一杯気を遣ってやってるのに、絡んできやがって。
俺は森野に対しての苛立ちと頭痛をこらえていると、森野は更に言い募ってきた。
「わ、私が先輩の気持ちを無視して、この同居を始めちゃったから、全部、全部、私のせいで…。」
「いい加減にしろよ!」
俺はズキズキ痛む頭を抑えながら堪えきれず怒鳴った。
「先輩…?」
森野は突然怒鳴り出した俺を見て目を見張った。
「そうだ。君のせいだ!君がいなければ、こんなとこに引っ越すこともなく、君のまずい料理を食べさせられることもなく、体調を崩すこともなかった。
これで満足したか?」
「先輩…。」
森野はいつものように言い返すこともなく、ただ悲しそうに俺を見ていた。
「そんな顔するな。こんな時に君の顔なんかみたくない。出てってくれ。もう放っておいてくれ。」
「分かりました…。」
森野はしょんぼりと部屋を出て行った。
俺はさっきの無理がたたって、倒れるようにベッドに沈み、荒い息をついた。
「俺は最低だな…。」
森野の泣きそうな顔が頭から離れない。
どうしてこういうどうしようもない状況にあいつはいつも居合わせるんだ。
あいつの顔を見ていると、イライラして、つい当たって、他の女子には口が裂けてもいわないような理不尽な事を言ってしまう。
あいつがもっと、根っから嫌な奴だったら、こんなに罪悪感を持たずに済むのに。
森野は言動が突飛で、俺には理解不能なところがある。そのせいで一緒にシェアハウスに住むはめにもなった。
だが、ここへ来てからのあいつは確かにすごく頑張っていた。慣れない環境で、家事の一切を
担い、俺の嫌味も笑顔で返し、お弁当まで作ってくれる。
俺に対する印象は決していいものではない筈なのに、それをおくびにも出さない。
体調が悪くなると、いつもの恨みを晴らすわけでもなく、親身になって心配し、世話を焼いてくる。
それが苛立たしいのだ。
多分今までのバックボーンが違うのだろう。
森野は今までの生活でも、忙しい学校生活を送りながら、家では弟・妹の世話や手伝いをし、
家族を気遣ってきた。
俺は裕福な両親のもと、自分の事だけを考えて好き勝手に生きてきた。
イケメンだとか、勉強やスポーツが出来るとか、周りの大人達や友達に褒めそやされるのをいい事に。
それがここでは、俺に出来る事といったら部屋に引きこもる事と森野に嫌味を言う事だけ。
あげく、財布を落とすわ、体調を崩すわ。
失敗した後の尻拭いも自分でできない。
自分の底の浅さや無力さを思い知らされる。
それを強いる森野が、俺は嫌いだった。
そして森野が、俺の暴言で傷つく顔をみると、
俺は自分が心底嫌いになるのだった。
俺は最低の気分で泥のように眠った。




