マザコン
『今日も、君は一段と素敵だね。君の黒曜石のような綺麗な瞳に見つめられると、僕は吸い込まれてしまいそうだ。クラクラしてしまうよ。
髪もサラサラしていて、その香り…男を惑わせるね。これ以上僕を夢中にさせてどうするんだい?』
森野は、恥ずかしそうに自分の髪を撫でつけた。
「やーん。そんなに褒められると照れちゃうなー。普通に薬局で買った安いシャンプーの香りなんだけど。」
『ところで、マイガール。今日は僕はどうしたらいいのかな?』
「今日はね。リビング、キッチン、玄関、洗面所の掃除をお願い。台所の隅っこの方、ゴミが溜まりやすいから、特に念入りにね。」
『オーケイ、ベイビー。君のために頑張るよ。
I LOVE YOU!BYE!』
「きゃはー!私も○ンバちゃん大好き!よろしくねー。」
金曜日の夕方。
森野と○ンバの一連のやり取りを、俺はとても冷えた目で見ていた。
「なぁ。その○ンバ変じゃないか。なんだよ、会話モード“ジゴロ”って。」
「なんで?素晴らしい機能じゃないですか。だいたい先輩が設定してくれたんですよ。
先輩もモード“マドンナ”で試してみたらどうですか?気持ちがアガりますよ。」
「ああ…うん…、また今度。」
あれから、俺が教えてやり、(まぁ、教えるといっても、説明書をダウンロードしたり、初期設定をしたり、初動を確認したりするぐらいだったが、)森野は家中の家電を使いこなせるようになった。
今や洗濯、掃除、食器洗いなどはボタン一つで終わるといっても過言ではない。
「文明の発達って素晴らしいですね。私、料理以外ほとんどやる事なくなっちゃいました。
空いた時間で、バイトでもしようかな。
先輩、いいですか?」
森野ははしゃいで聞いてきた。
「別に俺に聞かなくても。今まで通り家事をしてくれるなら、空いた時間で何をしようが君の自由だ。」
むしろ、家を空ける時間を作ってくれるなら俺にも自由に一人でいられる時間ができて、好都合というものだ。
「やったー!」
森野は両手をあげて、喜んだ。
「私、人と接するのが好きだから、接客系にしようかと思うんですよ。飲食店とかアパレルとか?」
「アパレル系はやめといた方がいいんじゃないか?」
「どうしてですか?」
「いや、アパレル系ってある程度容姿や服のセンスのレベルが高くないと厳しいだろ?森野はちょっと…。」
「なんだと、コラッ!
先輩はいつも一言多いんですよ。いつも不思議に思うんですけど、そんなんでよく女の子にもてていましたね。ちょっとは、○ンバを見習って下さい。」
「まさか。他の女子にはそんな事いうワケないだろ?女の子は本当の事より自分が言って欲しいセリフをピンポイントに言ってくれる相手を好きになるものだ。そこら辺はわきまえた言動をしているよ。本当の事を言えるのは、森野。お前だけだよ?」
俺は華麗な仕草で森野にウインクした。
「ちょっとした胸きゅんゼリフっぽく言ってるけど、それって私の容姿や服のセンスのレベルが低いって本当に思ってるって事だよね。
最低なんですけど。」
森野は俺をジト目で睨んできた。
「おっと、気付いたか。驚いたな。今日の森野は随分賢いじゃないか。」
「きいぃっ。次から次へとバカにしてー!
もう、分かりました。先輩はマザコンなんですよ。」
「は?なんでそうなる?」
「先輩は、そういう辛口な物言いとか、ダメなところを全部優しく受け止めてくれる大人の女性を求めているんじゃないですか?
先輩のお母さんみたいな。
まぁ、でもあんな完璧に素敵な女性はなかなかいませんからねぇ。結果的に複数の女子と付き合うという事になってしまうのでは…。」
森野は勝手に納得したようにうんうんと頷いた。
「はぁ?外からどう見えてるかは知らないけど、あの人息子には全然優しくないぜ?勉強でも習い事でも常に高いレベルを要求されて、弱音をはく事も許されなかったし。
どちらかというと、そういうタイプだったのは…。」
言いさして、長い黒髪の恐ろしく綺麗な女の姿が目に浮かんだ。
同時に胃に苦いものがこみ上げる。
「先輩…?」
よほど苦々しい表情をしていたのだろう。
森野が心配そうにこちらを見上げていた。
「君、嫌な事を言うな。」
あの人の事はしばらく思い出さないようにしていたのに、余計な事いいやがって。
「えっ。」
「人の事ばっかり言うけど、自分はどうなんだ?俺はバグでタイプではないんだろ?だったら森野の好みはどういう奴なんだ?答えてみろよ。」
急に俺に厳しい口調で問い詰められ、慌てつつ、森野は答えた。
「えっ、えっと、私の好きな人のタイプは、
いつも優しくて、人の事ばかり考えて自分の事は後回しで、辛い事があってもいつも笑顔でいる強い人。そ、それからちょっと和菓子とドラマが好きかもしれません。」
「いやに具体的だな。実際にそういう奴が身近にいるような…。」
「そそ、そうですか?」
「それなら、早くそういうタイプの奴とくっつけよ。さっさと、こんな実のない関係終わりにしようぜ。」
「先輩。あの…。」
「じゃ、俺上に行ってるから。今日は学校の課題が多いから、悪いけど、部屋食にしてもらっていいか?」
「あ、はい。分かりました。課題頑張って下さいね。」
森野はちょっとしゅんとした表情で答えた。
「ああ。じゃあ。」
俺は不機嫌になってしまった手前、
若干の気まずさを感じながら二階に上がって行った。
明日から、週末。この空気感で森野とずっと一緒か…。
他人と同居ってしんどいな…。




