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庶民の弁当

森野林檎(16)の朝は早い。

5時に起きて、身支度を手早く整えると、

洗濯機を回しながら、軽い掃除、お弁当のおかず、おにぎりを作り、冷ましている間に朝食の準備にとりかかる。。そうこうしている間に洗濯機終了の音楽が鳴り、洗濯物を外に干し終わると、まず、自分の分の朝食を食べ始める。

これが、だいたい6時半くらい。

もう一人の同居人は7時に起きると言っていたので、しばらくはこのリビングで自由な一人の時間だ。

食後に甘いミルクティーを飲みながら、

私は4月のある時から怒涛の如く私の身の回りに起こった出来事を思い返していた。


そして数日前から、家族と暮らしていたアパートを離れ、シェアハウスへ引っ越し、一つ年上の先輩との同居が始まり、環境が激変した私だけど、そうじ、洗濯、料理などは家族で暮らしている頃から、やっていたので、慣れない家電の操作を覚えてしまえば、負担ではなかった。


ただ、同居人の里見先輩の気難しさと、口の悪さにはもはや感心するレベルだ。


料理に手はつけるものの、口は不平不満のオンパレード。

掃除や、洗濯が雑だの姑も真っ青な細かさ!


それに何かといっちゃあ、君はバカなのか?って上から目線のあの物言い。

あんなんで、里見先輩よく女の子にモテていたなぁと不思議に思う。

歴代の彼女さん達は皆さんよほど辛抱強い方達だったのかしら。


まぁ、この同居自体、彼がすごく嫌がっていたのに、彼の両親の誘いに乗って、私が無理に話をまとめてしまったので、申し訳ないという気持ちもあり、多少八つ当たりをされても仕方ないのかなと。

なので、お坊っちゃまの罵詈雑言を大人の対応で、ふふっと笑顔でやり過ごしている今日この頃です。はい。


でも、今日はGW明けの月曜日。学校が始まれば、お互い離れる時間もでき、精神衛生上少しマシになるのではないかな。

などということを考えながら、食器を洗っていると、トントンと、先輩が二階から降りてくる音がした。


「先輩。おはようございます。」


「おう。」


先輩が眠い目をこすりながら、機嫌悪そうに洗面所の方に向かっている間に、トーストをオーブントースターに(薄いきつね色になるまで)さっと焼き、もとからできていた目玉焼き(きれいなピンク色で半熟)とウインナー(ジューシーなタイプ)、サラダ(細かいキャベツの千切り)のお皿をテーブルに運ぶ。

フィルターつきのレギュラーコーヒー(先輩がス○バで買ったものらしい)をカップの上に広げ、熱いお湯を注ぐ。


「朝食、テーブルに用意してます。」


「おー。」


先輩はのろのろとテーブルの席に着き、パンをかじりながら、テレビのニュースを見出した。


パジャマ姿で髪はボサボサ。ボーッとテレビを見ている先輩は、いつも学校で見かける先輩からは想像もつかない程、気の抜けた姿にも関わらず、生まれながらの育ちのよさがにじみ出ているというか、どことなく気品が漂っているのが、不思議だ。


そういうところ、夢ちゃんに似てるなぁ。


粗熱のとれたお弁当の蓋をしめ、ナプキンで包んでいると、思い出したように先輩が話しかけてきた。


「あ。森野。今日から学校だが、くれぐれも…。」


「はい。話しかけないですね。通りがかっても知らないフリで。家を出るのも時間差で。同居してる事は誰にもいいません。」


私は休みの間先輩から耳がタコになるぐらい聞かされたセリフを暗唱した。


「分かってるならいい。俺達は知り合いですらない赤の他人。肝に銘じとけよ!」


「はーい。それと、先輩。私実家にいるとき、

毎日家族の分までお弁当作ってて…。今日もうっかり勢いで作り過ぎちゃったんですが、先輩はいりますか?」


「ふっ、冗談だろ?昼くらいは自由にさせてくれ。いつもの料理の口直しに、食堂で日替わり幕の内定食でも食べるつもりだ。」


先輩のその言い草にカチンとしつつ、私は“日替わり幕の内定食”という言葉を聞き逃せなかった。


「日替わり幕の内定食って、あの一日限定20食の3000円の?」


豪華な食材をふんだんに使った、ボリュームたっぷり、季節のデザートまでついたあのメニュー!


他のものに比べて段違いに高いあのメニュー。一体誰が頼むんだろうと思っていたら、利用している人がここにいた!


(ちなみに、夢ちゃんはいつも、お家のシェフが作る豪華弁当を毎日持参しています。)


「ああ。もともと限定商品だが、俺なら密かに顔パスで、食堂の料理長に、更なる特別バージョンを作ってもらえる。旬の魚や野菜の天ぷらとかプラスしてもらえたりな…。」


季節の天ぷらって、今の時期だと鱚とか…?筍とか…?

考えただけで、よだれを垂らしそうな私に嘲るような笑みを浮かべて、意地悪く言った。


「じゃあ、庶民の朝食ご馳走さま。片付けよろしく。俺、もう着換えてすぐ出るから。

お昼休み、森野はせいぜい、庶民の弁当でも楽しんでくれよ。」


「くっそおおーっ。セレブめ!」


私は、涙目で握ったこぶしをふるふるさせて先輩の後ろ姿を見送ってから、出来上がったお弁当を見つめた。


「庶民の弁当バカにすんなよぉ?」


卵焼きはふわふわだし、煮物とか唐揚げとか冷めても美味しいんだぞ。

おにぎりだって、鮭、昆布、ツナ、梅干しと4種類もあるんだから。

たくさん作った分は夢ちゃんにおすそ分けして食べてもらお。


くすん。


❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇


「りんご!おーい、おはよう!」


校門に入るなり、名前を呼ばれ振り向くと、学校沿いの道路に横付けされた黒い高級車から降り立ち、手入れの行き届いたセミロングの髪の一筋をみつ編みにし、リボンでくくったお嬢さま風ヘアスタイルのこちらに手を振っている美少女がいた。


そう。わが親友夢ちゃんだ。


夢ちゃんはその場から私のところまで、全力疾走で走ってきて、どうっと抱きついてきた。


「りんごー!」


「夢ちゃん。うわわわ!」


私は夢ちゃんの華奢な体をしっかり受け止めつつ、余った分勢いを殺すため、くるっと一周回って着地させた。


「ふぅ。」


財閥の令嬢である夢ちゃんにケガをさせたら、私はおろか、SPの黒川さん、学校が責任を問われる大問題になる。

まずは事なきを得てほっとした。


その一連の出来事は周りの登校中の生徒達の視線をかなり集めてしまってはいたけど。


しかし、親友は、そんな事には全く頓着せず、

嬉しそうに私に語りかけてきた。


「久しぶり、りんごー。休み中は会えなくて寂しかったわ。どう?シェアハウスは?

あの例の二股男に変なことされてない?」


「ないない。あの人食事と風呂の時以外は部屋にこもりきりだもの。

食事の時は食事の時で、味つけをこうした方がいいとか、文句ばっかりで、そんな雰囲気じゃないもの。」


「何もないのはよかったけど、りんごにご飯作ってもらうなんて贅沢な事なのに、文句ばっかり言ってるなんて、許せないわ!私が代わって欲しいくらいなのに!」


うーん、夢ちゃんのご飯作ってあげるの楽しそうだけど、夢ちゃんのウチにいるお抱えのシェフとパティシエさん達が泣いちゃうよ。


向こうはプロだからなぁ。

それはそれで、気を使いそう…。


と、一瞬私は本気で考えてしまった。


「ねぇ、りんご。前にも言ったけど、あんなのを頼るぐらいだったら、ウチを頼ってもらってもいいんだからね。

部屋も空いてるし、タダでってのを気にするんだったら、空いた時間でメイドの仕事をしてもらってもよいし。」


「夢ちゃん。ありがとう!でも、今のところは、あそこでやっていこうと思ってるから大丈夫だよ。先輩も気難しいけど、(たぶん)根は悪くない人だし。」


私は夢ちゃんを、安心させるようににっこりと笑った。


「りんごがそういうなら…。でも、本当に無理だったら、相談してよ。」


「もちろん。頼りにしてます。夢ちゃん大先生!」


私は夢ちゃんに向かって、拝み倒すポーズをとった。


「あっ。そうそう。今日お弁当多めに作ってきちゃったんだけど、夢ちゃん少し食べない?」


「キャー!食べるたべる!今日のメニューは何?」


「唐揚げとウインナーと卵焼きと煮物におにぎりだよ。」


「やったぁ!昼休み楽しみだわ。」


私は親友とキャッキャっ笑い合いながら、教室に向かった。


❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇


昼休み、学級委員の夢ちゃんは、職員室で少し用事があったので、あとで中庭で落ち合うことにして、私は先にお弁当の場所とりに来ていた。


渡り廊下を抜けていく途中に、木製のベンチに力なくうなだれて腰掛けている男子生徒がいた。


「声をかけてはいけないあの人」こと里見先輩だった。


私は決められていた通り、何事もなかったかのように通り過ぎようとしたが、その時どこからか『グウゥーッ』という異音がした。


振り返ると、里見先輩がお腹のあたりを押さえて赤面していた。

どうやら腹の虫が鳴ったらしい。

私は迷ったが、周りに誰もいないのを確認すると、先輩から視線を外して、先輩の隣の辺りの誰もいない空間に向かって話しかけた。


「私は今、姿の見えない小人さんに話しかけています…。

どうしたんでしょう?

今朝日替わり幕の内定食をたべるって意気込んでいた人が、こんなところで空腹を抱えてしょんぼりしているなんて。

早く食堂行かなくていいのかしら?限定20食売り切れちゃうわ。」


里見先輩は、顔を顰めて私を一瞬見ると、気まずそうに目を逸して言った。


「俺は、今独り言を言っている…。目の前に大分頭のおかしい女がいるみたいだな。

今日は散々だ。家を出てから、財布を落として、今月の小遣い全部なくした。昼メシどころかジュース一本買えない。」


それを聞いて、私は意地悪い笑みを浮かべて言った。


「あらあら、小人さん。あのセレブな人、大変な目にあったみたい。お可哀そうに。さっ。私達は身の丈にあった庶民の弁当を美味しく食べましょうね。今日は唐揚げがカラッと揚がって、特別美味しくできたのよね〜。」


私はこれ見よがしに、弁当の包みを緩め、蓋をとって匂いを嗅がせてやった。

唐揚げの香ばしいしょうゆの香りが辺りにただよう。


「…くそっ。」


嗅覚を刺激された先輩は俯いてぷるぷる震えていた。


私は先輩の座っているところの隣に紙コップを3つ置くと、一つには、おにぎり数個、一つには唐揚げと、卵焼き、煮物、一つには、水筒のお茶をついで、割り箸を近くに添えた。


「お、おい、何だよ?同情してやってるなら…!」


いらん気遣いだとでもいいたげな先輩に私は

心外だというように言った。


「何の話ですか?私はあなたなんて知りません。姿の見えない小人さんにお弁当をおすそ分けしただけです。食べるなり、捨てるなり、小人さんが好きにするのでお構いなく!

さようなら。誰だか知らない先輩。じゃ、私は友達と、お弁当を食べる予定がありますので。


「〰〰〰〰」


そう言って、私はその場を通り過ぎた。


かなり距離をとって離れてから、一度ベンチの方を振り返ってみると、先輩が隣に置かれたお弁当を渋い顔でにらめっこしている姿が見え、私はくすりと笑った。


❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇


「小人さんから伝言なんだが…。」


夕食時、何故かいつものようには文句を言わず、黙って箸を進めていた先輩が、言いにくそうに切り出した。


「お弁当うまかった。ありがとうと言っていた。」


「そうですか。それはよかったです。“どういたしまして”と小人さんに伝えて下さい。」


私はにっこり笑って返した。


「それで、先輩は明日からどうするんですか?」


「え?」


「全くお金がなかったら、困るでしょう?

ご実家に相談した方が…。」


「いや、ただでさえ信頼をなくしているのに、そんな事相談できない。

その、申し訳ないが、明日から弁当お願いできないか。」


先輩がバツが悪そうにこちらを伺う様子は、飼い主の機嫌を伺う犬のようで、ちょっと可愛い。


「庶民の弁当でいいんですか?」


ニヤニヤして思わず、意地悪な返しをしてしまう。

しかし、先輩は切羽詰まっているためか、ホッとしたように言った。


「ああ。充分だ。ぜひお願いしたい。」


「ふふっ。じゃあ、いいですよ。お茶入れるんで、水筒があったら、出しといて下さいね。」


「ありがとう。」


「先輩。私に初めてまともにお礼を言ってくれましたね。感動です!あなたは腐ったミカンなんかじゃありません。人間です!」


「君は○八先生か。何気に失礼だな。人を礼も言えない奴みたいに。花をやったろう。」


「ああ、そうでした。花言葉で“ありがとう”を伝えてくれたんでした。シャイで口下手さんなだけですね。昭和の職人さんによくあるタイプっていうんですか?」


「いちいち引っかかる事を言う奴だな。

君と話していると、真面目に話しているのが馬鹿らしくなってくる。せっかく人が下手に出て頼んでいるのに…。」


先輩が憮然とした表情で本格的に機嫌を損ね始めたようだったので、私は慌てて謝った。


「いやいや、ごめんなさい。先輩が殊勝な態度をしていると、調子が狂ってしまって。つい、いじりたくなってしまいました。」


うん、と咳払いすると先輩は気まずそうに言った。


「まぁ、やってもらってばかりだとこっちも肩身が狭いから、君にできない事を手伝ってやるよ。」


「?」


「電化製品の使い方、分からないとこ教えてやるよ。」


「え、本当!? いいの?」


私は思わずタメ語になって、身を乗り出した。


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