花言葉
ブオオォォーッ!!
5月連休2日目の朝。俺はけたたましい何かの排気音で、目が覚めた。
「?!」
見慣れた机、本棚、洋服ダンス、ラックに囲まれているが、配置が違う。
窓にかかっているカーテンの色柄が違う。
見慣れぬ天井。そして、今寝ているベッドの馬鹿でかさは一体…!?
ここはどこだ?と一瞬混乱したが、すぐに昨日の事を思い出した。
そうだ。今日からここで生活するんだっけ。
という事は階下でけたたましい音の何かを作動させているのは…。
「森野か…。」
俺は顔を顰めてため息をついた。
俺はルームウェアの格好のまま、階下へ降りて行った。
「おいっ。森野。一体何をやってるんだ?うるさくて眠れないんだが。」
「あっ。先輩、おはようございまーす。」
森野は朝っぱらから元気いっぱいの笑顔で挨拶してきた。
足元にはかなり旧式と見られる掃除機が転がっていた。
「何をやってるって、掃除をしているんですよ?ふふっ。先輩お寝坊さんですね。もう10時ですよ?まだ寝るんですか?」
「昨日はよく眠れなかったんだ。ゆっくり寝かせてくれ。」
「私との生活にワクワクして眠れなかったんですね?先輩、可愛いとこあるじゃないですか。」
「不安で眠れなかったんだよ!だいたい何だそのうるさい掃除機は?○ンバはどうした?」
「あ、○ンバさんは…。ちょっとまだ…。仲良くなれそうもないっていうか…。(ぶっちゃけ、どこに電気繋げればいいかも分かりません。)
なので、実家から昔使っていた掃除機さんを連れて来ました。音は大きいけど、まだまだ現役で動ける働き者のいい子ですよ。」
森野は問い詰められて、気まずそうに説明した。(途中、モゴモゴしゃべって聞き取れない部分もあったが。)
「何でもいいが、早く電化製品の扱いを覚えて、俺を煩わせないようにしてくれ!」
「はーい。あれ、先輩起きるんですか?」
階上ではなく、洗面所に向かった俺に森野が呼びかけた。
「もう、この状況じゃ寝れないだろう。諦めた。」
「朝食はどうします?」
「あるなら、リビングのテーブルに用意しといてくれ。」
「了解しましたー。」
森野はオッケーサインを出して、バタバタと、キッチンに向かった。
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「まず、目玉焼きが固すぎる。これじゃゆで卵と一緒じゃないか?黄身が半分位固まった半熟で、上に薄く白身の膜が張ってピンク色になった状態が理想だな。
あと、勝手に塩こしょうをかけるのはやめてくれ。半熟の目玉焼きの上に俺は醤油を数滴滴垂らして食べるのが好きなんだ。
パンも焼きすぎだ。今度から少し焼き色がつくぐらいで頼む。
この赤いウインナーはなんだ?
子供の弁当に入れるタコさんウインナーじゃないんだから、もっとジューシーなタイプに。
キャベツの切り方が雑だな。シャキシャキ感を味わえるよう、もっと細かくしてくれ。
あと、ドレッシングはこれ何を使っているんだ?半端な味のものなら、塩かけて食べた方がマシだ。
それから、オレンジジュースは果汁100%のものを。だいたいコーヒーが出ないなんて…。
?森野?聞いてるか?」
リビングテーブルの真向かいに座っている
森野は口をあんぐり開けて呆然とこちらを見ていた。
「いや。この基本的な朝食に、よくもまぁそこまで文句がつけられるものだなーと感心しておりました。これからの食生活が思いやられますね。」
森野は頭を振ってため息をついた。
「な、何だよ。家政婦扱いしていいって言ったのは君の方だろ?俺のおかげで調理器が使えるようになったくせに。」
昨日、IHクッキングヒーターの使い方が分からず、台所に立ち尽くしていた森野に救いの手を差し伸べてやったのは誰だと思っている。
しかも、昨日は残りの必要な荷物を受け取ったりお互いバタバタしていた為、夕食はレトルトカレーで我慢してやったというのに。
朝食ぐらい好きなものを食べたいと言ったってバチはあたらないだろう。
「ボタンの長押しを教えてくれただけですが、まぁそうですね。」
森野は不承不承肯定した。
「もしかして、先輩の家って優秀な専属の料理人がいらっしゃって、朝から華麗なワンプレートディッシュなど召し上がっていらっしゃるとか?」
「何だよそれ、どこの大富豪の家だ?」
「いや、親友のお家がそうなので…。」
「すごいな。友達の家!いや、ウチは普通に母が料理の支度をしているが。」
「理事長が…!お忙しいのに、お料理も上手なんですね。女子として憧れます。お味噌汁のだしとかは何でとっているんでしょうか?」
「ああ、かつお節と昆布で毎日とってるみたいだな。」
「わぁ、すごーい!ちなみに先輩は“○んだし”ってご存知ですか…?」
「何だソレ?」
「ああ、知らないのならいいです。分かりました。そちらは封印の方向で…。可能な限り頑張ります…ね…。」
心なしか森野の目元に疲労の色が浮かんでいた。
その時、テーブルに置いておいたスマホの着信音が鳴った。
着信元を見ると、従弟でクラスメイトの東恭介となっている。
電話に出ると、威勢のよい声が飛び込んできた。
『浩史郎はよっすー。』
『おー、どうかしたのか?』
『今日って空いてる?
ヒマだったら、どっか遊びに行かねーかと思ったんだけど。』
『ああ、いいけど…。お前一人か?』
『うん、まあね。たまには二人もいいかなと思ってさ。じゃ、11:30に駅前のいつものス○バでどう?』
『ああ、いいよ。分かった。』
『じゃぁ、まったねーん。』
またも、ノリのよい声と共に電話は切れた。
「電話…お友達から…ですか?」
森野が遠慮がちに聞いてくる。
この聞き方は、もしかしたら電話の相手は女だと勘違いしているかもしれないが、いちいち森野に説明する必要はない。
「ああ。今からちょっと出かけてくる。お昼はいらない。夕方には戻ると思うから、夕食は頼む。」
「お昼はいらない…?わ、分かりましたぁ!
どうぞ、どうぞ!気をつけて行ってきて下さいね!」
森野はこんな嬉しい事はあるだろうかと言わんばかりに満面の笑みを浮かべて言った。
本当に腹の立つ女だ。
そんなに嬉しがる事はないだろ。くそ。
うるさい奴がいなくなってよかったな。
俺だってしばらく離れられてせいせいするっての!
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駅前のス○ーバックスに着くと、カウンター席で、恭介が軽く手を上げて迎えてくれた。
今どきのヘアスタイルをバッチリ決め、きれいめの色のシャツスタイルを品よく着こなした彼はいかにももてそうだった。
ま、俺も似たような格好だけど。
俺はトールサイズのドリップコーヒーを恭介の隣の席のテーブルに置いた。
「おう。急に呼び出して悪かったな。」
「いや。ちょうど家から抜け出したかったところだから助かったよ。」
「親父さんと喧嘩でもしたのか?」
「違う。前に言ったろ?生意気な後輩と同居することになったって。顔を合わせるのもうんざりしてんだ。」
恭介にはウチの事情は全部バレている。学校で噂の的になっているときは、皆が遠巻きにする中、奴だけは面白がってしつこく俺に付きまとい、事情を詳しく聞きたがったので、根負けして洗いざらい喋ってしまった。
「あー、もうあれ、始まってたんだ。やったじゃん。親公認で毎日ヤリ放題!」
「冗談やめろよ!あんな色気も胸もないような子供。全然好みじゃない。」
「そうか?1年の森野林檎ちゃんだろ?
まぁ、確かにお前の好みじゃないかもしれないけど、背ぇ小さくて、小動物系の顔立ちで
結構可愛いと思うけどな。」
「お前、彼女の事知ってるのか?すごいな。
さすが年下キラーと言われるだけはある。もしかして、1年全員の女子を把握しているのか?」
「いやいや、流石にいくら俺だって1年の女子全員は知らないよ。彼女、宇多川夢と仲がいいだろ?いつも一緒にいるから、それで名前を知ってるだけだよ。」
「宇多川って…。もしかして、宇多川財閥の?
ああ、そういえば、今年の新入生に財閥の娘がいるから、粗相のないようにって(暗に手を出すなよという意)母から言われてたな。」
「彼女は容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能で正に完璧な令嬢で、中学時代は男女問わず人気
が高かったが、人とは常に一定の距離を保って付き合っていて、特に親しい相手を作らなかったのに、高校入学してからは森野さんにべったりだから、彼女何者だろうって軽く噂になってたんだよ。」
「そんな大物とつるんでるなんて厄介だな。
なんとかあの小生意気な森野の弱みでもつかんで、脅してでも許嫁関係を解消したいと思っているのに。」
俺は渋い顔で舌打ちした。
「まぁ、お前さんの長所を生かして、できる事を頑張るしかないんじゃないの?」
「俺の長所って何だよ?」
「うーん…女ったらし?なーんてな!」
「あのな!」
俺はふざけてニヤニヤしている恭介を殴るマネをしたが、ふと思いついて、手を止めた。
「いや…いいかもしれん。」
「ん?何が?」
「今まで狙った女子で俺に惚れなかった子はいない。森野を色仕掛けで落として、俺の言うことを何でも聞くようにさせて、シェアハウスから追い出し、許嫁関係を解消させるってのはどうだろう。両親も森野の言う事なら聞くだろうし。」
我ながら名案を思いついたと思ったが、恭介は
首を捻って言った。
「うーん…。それはどうだろう?森野さんはお前が相手にしてきた女子とちょっとタイプが違うというか…。言ったら何だけど、見た感じまだ女じゃないというか…。そんな簡単に落とせるかな?」
「男性経験がないってことだろ?だからこそ、ちょっと攻められたらあっという間に陥落しそうじゃないか。」
「お前、やらしい意味にとったな。そうじゃなくて…まぁ、いいや。お前がそう思うなら、やってみたらどうだ?俺は難しいと思うけどね。そしたら、俺は宇多川さんでも狙って見ようかな?難攻不落の深窓の姫君。落とせたほうが今度メシでもおごるってのは?」
「それ、いいな。」
俺はかなりの勝率を確信してほくそ笑んだ。
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「ただいま」
玄関のドアを開けると、ふわっとかつお節の匂いがした。
キッチンの方で森野がバタバタ立ち回っている音がする。
「森野?」
カウンターテーブル越しに、キッチンの中を覗くと、エプロン姿の森野が額に汗を浮かべて鍋いっぱいの出し汁をザルにあけて、かつお節をこしているところだった。
「あっ。先輩、お帰りなさい。」
額の汗を袖で拭いつつ、こちらを振り返った森野に、俺はピンク色の大きな花束を差し出した。
「ただいま。俺のために一生懸命料理をしてくれてるんだね。そんな素敵な君にプレゼントだよ。」
「???? え?コレ何?くれるの?ありがとう…。
また随分大きな花束ですね。大きい花瓶あったかな?」
森野は訝しげな表情で花束を受け取り、俺の方をチラチラと窺っていた。
ふふん。俺の事が気になっているな。
森野はしばらく考えている様子だったが、ふと、
「ああ…。」
と何か思いついたように頷いた。
「新しい彼女さんに振られて受け取ってもらえなかったんですか?残念でしたねぇ。」
「何を言ってるんだ?君のために買ってきたんだよ。」
「あらあら、分かりました。ふふっ。そういう事にしといてあげます。」
森野は可哀想なものを見るような目で困ったように俺を見た。
いちいち気に触る女だな。
口説くどころか自分宛てのプレゼントと信じてももらえないって、どういうことだよ。
いや、怒ってはいかん。目的を忘れるな。
うん、咳払いをして改まった表情で俺は言った。
「君に話があるんだ。」
「はぁ。花瓶出しながらでいいですか?」
森野は食器棚から一番大きいグラスを手にとって呟いた。
「取り敢えず、これでもいいかな。」
「今まですまなかった。意地悪ばかりして。君があまりに魅力的で素敵なので、気を引きたいばかりに、そんな態度をとってしまっていたんだ。本当は君にとても惹かれている…。」
「先輩…?」
森野は目を丸くして、俺を見つめていた。
よし、グッときてるぞ。
「どうしたんですか?オオワライタケかツキヨタケでも食べた?」
森野は気持ち悪そうに自分の体を抱きしめた。
「だから、君はどうしてそんな反応なんだ。本当に腹立つな!普通の女子なら喜んで目がハートになるところだぞ。」
「やはり、先輩は女の子をかなりバカにしてますね。いつもそんな口説き方してるんですか?そもそも、私と先輩の間にはそういう感情は一切ない筈です。
一体何が目的なんですか?」
「そ、それは…。」
「何か目的があって私を口説くなら……。」
森野は例のペン型のボイスレコーダーを取り出してカチッとボタンを押した。
『君を初めて見たとき、俺の好みからは一番遠いところにいる子だと思った。つまり、俺にとって君は『モブ』キャラでアウトオブ眼中……
…』
「これと同じ位魂のこもった言葉を下さいね。」
「もー、それ本当にやめろ。」
俺はうんざりして答えた。
「あっ、これ花言葉の解説がついてますね。」
森野は花束に差し込まれていたカードを手にとった。
「ガーベラ(ピンク)感謝、カスミソウ感謝、親切、幸福…。
どの花も、ありがとうとか、感謝といった意味のお花ばかりで色っぽい意味ではなさそうですね。本当に私宛てに買ってきてくれたものなんですか?」
「?? 花屋の店員さんにいつも家事をやってもらっている女性に適当に可愛いのをって言って選んでもらったんだが。」
「じゃあ、これは家政婦として貰っておきますね。わーい!お花を貰うのは初めてです。
先輩、ありがとう。」
そう言ってふわっと笑った森野は持っている花束に全く似合っていないこともなかった。
その後の夕食時。
すっかり地に戻り、煮物の味つけが濃いんじゃないかやらご飯が柔らかすぎやら文句を言う俺に、森野は聞こえよがしにボソッと呟いた。
「“お手柔らかに”とか“もっと優しく”っていう花言葉のお花ないかな?
先輩にお返しに送ってやりたい。」




