○ンバ
取り敢えず、俺達はそれぞれの実家に到着の連絡をし、荷物の整理をした後、これからの生活について話し合うために、30分後リビングに集合しようという事になった。
スマホの短縮ボタンに入っている番号にかけると、発信音が数回鳴った後、母がおっとりした
声で出た。
『はい。あ、浩史郎、着いた?』
「ああ。今、シェアハウスに着いたとこだけど、何だよ?この一軒家は!?これじゃ、シェアハウスっていうより、新婚夫婦の新居みたいじゃないか!それに、俺の部屋のベッドの大きさと上に置いてあったブツはどういうつもりだよ?俺達は家畜の番いじゃないんだぞ!」
『浩史郎、怒鳴らないでよ。ちょっと落ち着きなさい。』
母は呆れたように言った。
『杉田さんから聞いたでしょ?シェアハウスの空きがなかったから、急遽一軒家を借りたの。他意はありません。広い部屋だからベッドは大きめにしてみたの。上に置いてあったのは、まぁ、万一の保険よ。使えって事じゃないわよ。大事なお嬢さん預かってるんだから、間違いがあったら私だってご両親に申し訳ないし。』
「だったら同居なんかさせんなよ…。」
俺は脱力して、げんなりと言った。
『あなたも、実家で私達に厳しい目で監視されながら針の筵で生活するより、可愛い女の子と自由で自立した生活をする方が楽しいでしょ?
ところで、森野さんはそっちにちゃんと着いたの?』
楽しくねーよ!と思いながら憮然と俺は答えた。
「いるよ。今実家に電話してる。」
『彼女は、やっぱりシェアハウスの事気に入らなそうだった?』
と、心配そうに母は訊いた。
心配する相手を間違ってないか?
「いや、彼女はここが気に入ったみたいだ。
部屋が可愛いってはしゃいでた。」
『本当?よかったわー。槇絵さんと一緒にお部屋のインテリア探したかいがあったわーっ。女の子はやっぱり可愛い家具が好きよねー。』
ここ暫く母のこんな弾んだ声は聞いたことがない。ずっと息子一人だから、娘が欲しかったんだろうか。
もう、いっそ森野を養子にでもして、ここで一人暮らしさせて、許嫁と同居解消してくれねーかな。
『それを聞いて、安心したわ。報告ご苦労様。何か分からない事があったらまた電話して。
あ、夕方頃までに適当に家電を見つくろったのを送るから。あなた、森野さんがしっかりしてるからって家事を任せっ放しにしては駄目よ。できる事をやってね。じゃあね!』
「あっ、おい…!」
俺が呼びかけたときにはもう電話は切れていた。
「くそっ。」
はぁーっと俺はため息をつくと、キャリーケースの荷物を整理し始めた。
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「あっ、せんぱーいっ。緑茶とほうじ茶どっちがいいですか?」
リビングに行くと、森野がリビングテーブルの上でお茶の準備をしていた。
「どっちでもいいよ。それより、早く座って。」
「はーい。」
森野はちょっと考えて急須に緑茶の葉を入れると、ポットのお湯をついで、湯呑に注いで俺の目の前に置いた。
「父方のおばあちゃんから貰った静岡のお茶です。美味しいですよ?」
森野はにっこり笑った。
「どうも…。」
俺は真顔で受け取って、森野に座るよう促した。
俺はテーブルの真向かいに座る森野に宣言するように言った。
「まず、君に言っておくことがある。俺達は親同士が勝手に決めた許嫁関係で、実情はただの他人だ。家族でも友人でもましてや恋人でもない。」
「はい。ただの学校の先輩と後輩の間柄です。」
「俺達は生活に必要最低限の関わり以外持たないということでいいな。家ではお互いのやることに干渉しない。学校でも、俺に一切話しかけないでくれ。許嫁関係や、一緒に生活している事がバレて、学校でウワサになったら、君だって困るだろ?」
「そうですね。分かりました。家ではお互い干渉しない。学校では話しかけないですね。気を付けます。」
森野は真面目な顔で、俺の言う事を復唱するように確認した。
「それから、俺は君と違ってこの同居生活を望んだワケじゃない。実家と同じ様に自由に過ごさせてもらう。家事とかは一切やらないからな。」
母に言われたことなど、守る気はさらさらなかった。こうなったら、森野が音を上げるまでこき使ってやる。
「ああ、それは最初からあてにしてないから大丈夫です。ふふっ。先輩お坊っちゃまですものね。下手にお皿とか洗ってもらって、ケガでもされたら事ですもん。」
小馬鹿にしたような森野の笑みにカチンときた。
「お坊っちゃまって何だよ?引っかかる言い方だな。」
「ああ、いえ、大事にされているってことですよ。先輩のお手を一切煩わせることなく、家事は私がやりますからご心配なく!」
森野はどんと胸を叩いてみせた。
ピンポーン!
と、その時家のチャイムがなって、森野がインターホンに出た。
「すみません。スマイル運輸です。お荷物お届けに上がりました。」
「何でしょうか?」
森野は俺を見て、首を捻った。
「ああ、母が夕方頃までに電化製品をいくつか送るって言ってたな。」
「そうなんですね。わぁ、有り難い!ちょっと行ってきますね。」
森野は玄関先まで飛んで行った。
それからしばらくして、リビングに戻った森野は、宅配便の箱を抱えて神妙な顔をしていた。
「先輩……。コレ……、何ですか?」
宅配便の箱は封が開いていて、中に薄くて丸型の電化製品が入っていた。
「…?○ンバだろ?」
「こ、これがあの、伝説の…!ど、どうやって使うんですか?」
「基本操作はボタンでできるんじゃないか?
取り扱い説明書見てみたらどうだ?」
「ないんです!紙切れが一枚入っているだけで。」
「あー。電子取り扱い説明書のバーコードがあるだろ?これをスマホでスキャンすれば…。」
「電子……。」
急に魚のような虚無の瞳になった森野に俺は問いかけた。
「森野……。もしかして、機械とかパソコン関係とか苦手なタイプか?」
「苦手です。超…苦手…。スマホのバーコード読みとかも、いつも、親友の夢ちゃんか、かっくんにやってもらってて…。」
「友達はともかく、小1の弟以下かよ!」
そんな森野に追い打ちをかけるようにまた玄関のチャイムが鳴った。
「こんにちは。エムワイ家電ですー。ドラム式洗濯機をお届けに上がりました。」
そして一時間後ー
「あああぁ…。」
森野はドラム式洗濯機、食器洗い機、○ンバ
に囲まれ、頭を抱えていた。
「森野んち、中流家庭で共働きって言ってたよな。これ位の家電揃っていなかったのか?」
「中流家庭っていっても、ウチは下の方で…!
こんないい家電持ってないです。お母さんも機械オンチだし…。
せ、先輩。電子取り扱い説明書ってどうやって見たらいいんですか?あ、あと最初使い方だけでも一緒に…。」
縋るような瞳で見てくる森野の頼みを俺は一蹴した。
「さっき、森野言ったよな。先輩のお手を一切煩わせることなく、家事は全部やるって。お坊っちゃまの俺には荷が重そうなんで、部屋に戻ってるわ。じゃあな!」
「あ、先輩待って!さっきの謝りますから、
せんぱーいっっ!!」
森野の悲痛な叫びを背に受けて、久方ぶりに胸のすく思いがしていた俺だった。




